第24話 商品⑤ 遊園地のチケット・Ⅲ


    ◆◇◆◇◆◇◆


 遠足の日は晴天だった。


 裕子は控えめで目立たないタイプの女の子だったが、今日は笑顔が絶えずに、はしゃいでいる。

 遠足の場所が大好きな遊園地な上に、いつも陰湿ないじめをしてくるアキ子が休んでいるのだ。


 「次は何に乗ろうか?」

 同じグループの博美が言う。

 学校からフリーパスのブレスレットを受け取っているので、時間までは乗り放題である。


 遊園地を回るグループのメンバーは、裕子、博美、小春の三人であった。

 本来なら、ここにアキ子が入っているはずなのだ。


 「コーヒーカップにしない?」

 裕子が言うと、「いいね」「行こうよ」と、博美も小春も賛成してくれた。


 もしアキ子がいれば、絶対にこうはならない。


 『じゃあ、裕子ちゃんはコーヒーカップね。

 あたしたちは、ジェットコースターに行こうよ』などと言い出すのだ。


 『あたしもジェットコースターに行くよ』と言っても、『無理しなくてもいいのよ』と、さらに意地悪を言ってくる。

 そういう陰湿ないじめの得意なアキ子だった。


 そのアキ子がいない。

 裕子にとっては最高の遠足だった。


 コーヒーカップに乗った後、小春が「お化け屋敷に行こうよ」と言った。

 「ちょっと怖いなあ」

 怖気づいた裕子の背を「平気だって」と博美が押した。

 「押さないで。

 行くから、行くから」

 三人は笑い合いながらお化け屋敷へと向かった。


 博美も小春も、いつもより伸び伸びとしているように感じる。

 この二人も、アキ子が苦手だったんだなと裕子は思った。


 お化け屋敷に到着し、三人はカートに乗り込んだ。

 不気味な鬼が門番をする扉が開き、カートはガタゴトと揺れながら、ゆっくりと暗いお化け屋敷の中を進んでいった。


 「う~~、怖そう」

 「なによ、小春が行こうって言ったのに」

 情けない声を出す小春に向かって博美が言う。


 「だいじょうぶだって。

 全部、作り物なんだから」

 裕子がそう言ったとき、「ギャーーーー!」という絶叫と共に、天井から髪の長い女が、逆さまになって現れた。


 「いやあああああああ!」

 三人は盛大な悲鳴をあげて身を寄せ合った。


 その悲鳴に満足したかのように、逆さまになった女の人形は、キリキリと歯車の音を立てて元に戻っていった。


 「い、いい、今の、怖かったあ」

 「上からは卑怯よね。心臓が止まるかと思ったわよ」

 「ね、ねえ、また何か飛び出してくるんじゃない」

 ビクビクする三人を乗せたカートは、ガタゴト暗いお化け屋敷の中を進み続けた。


 暗闇の中でぼんやりと骸骨が浮かび上がる。

 壁の扉が開くと血まみれの男の人形が姿を見せる。

 どこからか念仏を唱える声が聞こえてくる。


 三人はそのたびに悲鳴をあげた。

 そしてカートは『地獄めぐり』と看板の立てられたスペースに入っていった。


 赤いライトでうっすらと照らされたそのスペースには、血に濡れた白装束を着た無数の亡者たちが折り重なって倒れている。

 もちろんマネキンである。


 「安っぽいマネキンよね……」

 裕子が精一杯の強がりを口にしたとき、不意にカートがガクンと止まった。


 「きゃあ!」

 「え、なに? 動かないの?」

 「どうしたの、これ?」

 三人が悲鳴をあげる。


 カートは亡者たちに囲まれたまま動かない。


 三人は不安そうにきょろきょろと周囲を見回した。

 カートが停止したことが、故障なのか演出なのか判断ができなかったのだ。


 と、博美が甲高い声をあげた。

 「ちょっと、見て! 

 アキ子よ! アキ子がいる!」


 博美が指さす場所、亡者の人形の中に、あきらかに人形とは違う、生々しい女の子の死体が転がっていた。

 血に染まって苦痛にゆがむ恨めしそうな顔は、三人がよく知るアキ子の顔である。


 「まさか……、似ているだけじゃないの?」

 裕子が言う。

 恐ろしくて顔をそむけてしまう。


 「でも、見てよ。

 その人形だけ、本物の死体みたいなのよ。

 ほら、ほかは全部、白い着物を着ている大人の人形なのに、洋服とスカートをはいた子供は、あの一体だけなのよ」


 「ね、ねえ……」

 小春が顔を伏せながら、裕子の服にしがみついた。

 「ほかの人形もおかしいよ。

 みんな、こっちを見てるよ……」


 小春の言葉に、裕子と博美は思わず周囲のマネキンたちを見回した。


 長い髪の女の亡者が、顔に垂れた髪の間からカートを睨んでいた。

 床に爪を立て、死んだ虫のように転がった亡者も、顔をあげカートを睨んでいる。

 天井に苦悶に歪む顔を向けた亡者も、ギョロリと視線だけをカートに向けている。


 折り重なる亡者たちのすべてが、視線だけはカートに、いやカートに乗る裕子たちに向けているのだ。


 「怖いよ。あたし怖い」

 博美が裕子にしがみつき、泣き出してしまう。

 しがみつかれた裕子も、恐怖で泣き出してしまいそうだった。


 そのとき、出口の方向から遊園地のスタッフが、懐中電灯を持ちながら現れた。


 「すみませーーん。

 ちょっと、電気系統が故障しちゃって、申し訳ないです。

 カートが動くまで、もう少し待ってくださーーい」

 能天気な声で近づいてくるスタッフに、博美が叫んだ。


 「早く来て! 

 ここ! ここに本物の死体があるんです!」

 顔をそむけながら、アキ子に似た何かが転がっている場所を指さす。


 「はははは、全部マネキンですよ」

 若いスタッフが、笑いながら近寄ってくる。


 「でも、そこに……」

 博美が指さす場所をスタッフが、持っていた懐中電灯で照らした。

 …………!?

 壁に設置された、赤いライトに浮かび上がるスタッフの顔が強張った。


 スタッフは慌てて腰のトランシーバーを取り出した。

 「おい、非常用の照明をつけろ!

 『お化け屋敷』は閉鎖だ!

 チーフに『地獄めぐり』に来るように言ってくれ!

 今すぐだ!」

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