第21話 商品④ 誰かのリュックサック・Ⅴ


 「山小屋を出る時に、このリュックが……」

 サトシがオレンジ色のリュックを差し出した。


 「きみたちのリュックだろ? 

 ツアー参加者の印のリボンもついているじゃないか」

 インストラクターがリュックの肩ベルトの金具に結ばれた、緑色のリボンを見て言う。


 「でも、ぼくたちは全員、自分のリュックは持っています」

 サトシをふくめ、四人はそれぞれが緑色のリボンを結びつけたリュックを持っていた。


 「気になって、このリュックの中身を調べたら、デジカメがあったんです」

 サトシはリュックのチャックを開けると、中からデジカメを取り出した。


 「画像を再生したら……」

 サトシはデジカメを操作して、それをインストラクターに渡した。


 画像が再生された画面には、サトシをふくむ四人が笑顔で写っていた。今、自力で下山してきた四人の顔である。


 「これは一体、誰のリュックで、誰がこの写真を撮ったんですか? 

 本当に列からはぐれたのは、ぼくたち四人だけだったんですか?」


 サトシの言葉に、山岳救助隊の一人が驚いた顔でインストラクターを見た。

 「ちょっと待ってください!

 行方不明者は、五人だったんですか!?」


 「い、いえ、行方不明になっていたのは、この子たち四人だけです。

 昨夜、何度も確認しました。

 間違いありません」

 インストラクターたちは顔を見合わせ、互いに頷き合う。


 「じゃあ、このリュックの持主は一体……」

 全員が山の方向に視線を向けた。

 山は未だねっとりとした、どこか生き物のようにうごめく霧を漂わせていた。


    ◆◇◆◇◆◇◆


 「……その時のリュックがそれだよ」

 おじさんがそう言った。


 「どうだい、掘り出し物だとは思わないか。

 きみになら安く……」

 「ちょっといいですか」

 おじさんの言葉をさえぎって、ぼくは言った。


 「このリュックが掘り出し物かどうかは別として、たしかに不思議な話でしたよ。

 でも、今の話のどこが、ぼくに関係しているんですか?

 まったく関係ないですよね」

 ぼくは口元を引き締めて、おじさんを睨んだ。


 おじさんはリュックを売るため、いや、『都市伝説』を話して聞かせたいがために、ぼくにデタラメを言ったと思ったのだ。

 しかし、おじさんに動じる気配は無く、逆にぼくに質問をしてきた。

 「きみは、独り言を口にする癖はあるのかな?」


 「ないですよ」


 「そうか。

 実はね、話し声が聞こえた気がして見にきたら、店の中にきみがいたんだよ」

 「……話し声ですか?」

 おじさんの言葉にぼくは急に不安になった。


 たしかに、おじさんが現れる前に、ぼくは何かしゃべっていた気がする。

 あれは独り言だったのだろうか? 

 それともぼくは、誰かに話しかけていたのだろうか?


 なんだか急に自信がなくなってきた。

 ぼくは本当に一人で、この店に入ってきたのだろうか? 


 まさか、このリュックの持主のような誰かと一緒に……。


 店の中にうっすらと冷たい霧が漂っているような気がして、ぼくは思わず身震いをした。


 「リュックはお気に召さなかったようだね」

 ぼくの手からリュックを引き取ったおじさんは、それを元の棚に戻した。


 「じゃあ、こっちにおいでよ。

 たしか、きみが欲しがりそうなものが、この辺りに……」

 おじさんは棚を移動した。


 なぜだろう。

 ぼくは見えない糸にでも引っ張られるかのように、おじさんの後をついていってしまった。

 もしかして、『ザクロ』と挨拶を交わした登山者も、こんな風についていってしまったのだろうか……。


 「あった、あった。これだよ」

 棚の角を曲がると、おじさんは一枚のカラフルな紙切れのようなものを手に取っていた。


 「次の掘り出し物だ」

 手渡されたその紙切れは、遊園地の入園チケットだった。


 新品では無い。

 破られて半券になった、使用済みのチケットである。

 今までの商品の中で、一番使い道が無さそうなものであった。

 しかし、もうぼくは不思議に思わなかった。


 この店の商品は、商品そのものより、その商品にまつわる『都市伝説』に価値を置いているのだ。


 「きみは、遊園地は好きかな?」

 おじさんがそう聞いてきた。


           つづく

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