第20話 商品④ 誰かのリュックサック・Ⅳ


    ◆◇◆◇◆◇◆


 「大変だ!」

 「点呼した時はそろってたんじゃなかったのか?」

 「とにかく、もう一度確認しよう」


 三人のインストラクターは真っ青になった。

 濃霧に包まれた山の中に、数人の子供を置き去りに来てしまったのだ。


 インストラクターたちは二手に分かれ、一人が集めた子供たちをふもとの旅館に預けると、残る二人は急いで山へと戻っていった。


 山に戻った二人は、はぐれた子供たちの名前を大声で呼びながら再び登山道を登るが、ねばつくような霧が視界をさえぎり、子供たちを呼ぶ声すら飲み込んでしまう。


 霧は一向に晴れず、日は暮れていく。

 このままでは、子供たちを探す自分たちまで遭難してしまう。

 そう判断したインストラクターは、警察と消防に携帯で連絡を入れると、やむなく山のふもとまで引き返した。


 警官や山岳救助隊、地元の消防団が集まったときには、完全に日は沈み、濃霧だけが残っていた。


 山岳救助隊や地元の人間であっても、この状況で山に入ると、二重遭難が起こる危険があるとされ、捜索は夜明けとともに行われることになった。


 翌朝、捜索隊が行動を開始しようとしたとき、ようやく霧が晴れはじめた登山道から、四つの小さな影が現れた。

 「おい、あれを見ろ!」

 消防団の一人が叫んだ。

 霧を掻き分けて現れたのは、四人の小学生であった。

 四人は自力で下山してきたのだ。


 「無事か!」

 「怪我はないか?」

 駆け寄った捜索隊は、四人の子供たちを囲み、毛布を掛けると温かい飲み物を飲ませた。

 衰弱はしていたが、幸い誰も怪我はしていないようであった。


 「歩けるか? 

 歩けない子は背負ってあげるから遠慮なく言うんだぞ」

 「とにかく旅館まで戻ろう」

 安堵した大人たちがそう言うと、男の子が口を開いた。


 「待ってください!」

 四人の中の最年長、六年生の男の子である。


 「きみは?」

 「六年の深沢サトシです。

 聞いてください、昨日の夜に不思議なことがあったんです」

 「分かった。

 話は旅館に戻ってから聞くよ」


 「それじゃダメなんです。

 今、ここで聞いてほしいんです!」

 サトシは固い表情で訴える。


 他の三人の子供たちも、サトシに賛同するように大人たちを見る。

 子供たちのただならぬ様子に、大人たちは顔を見合わせた。


 「……いいでしょう。

 幸い怪我もしていないようだし、話を聞いてから旅館へ向かいましょう」

 山岳救助隊の隊員が許可を出し、サトシは昨日のことを話しはじめた。


 濃霧で列からはぐれてしまった四人は、六年生のサトシを中心に、みんなで励まし合い、勇気づけるために歌を歌い、時に冗談を言って笑い合いながら歩き続けた。

 そして、日が暮れる前に山小屋を発見したのだ。


 その山小屋は何年も前に放棄されたのか、毛布や暖房器具は無く、ガランとした広い物置のようであった。


 時間が経つにつれ、どんどんと気温が下がってきた。

 四人は身を寄せ合い、レジャーシートまで被ったが震えは止まらない。


 このまま夜になり、眠ってしまうと凍死するのではと思ったサトシは、リュックから出したお菓子の残りをみんなに分けると、それぞれ山小屋の四隅へ移動するように言った。


 「いいかい、今からぼくの言うことをよく聞くんだよ」

 サトシは年下の男の子たちにそう言った。


 「一人ずつ、壁沿いにゆっくりと移動するんだ。

 そして、角に立っている仲間のところまで来たら、仲間の肩を叩く……」

 こうして真っ暗な山小屋の中を一晩中、順番に移動しながら、サトシたちは朝を迎えたのである。


 そして濃霧の中、自力で下山を果たしたのだ。


 「そうか、山に騙されたのかい……」

 サトシの話を聞いた地元の消防団員の一人がうなずいた。

 髪に白いものが混じった、やや年配の消防団員である。


 「山に騙された?」

 インストラクターの一人が不思議そうな顔になる。


 「よく考えてみな。この子が話した方法で小屋の中を回るには、五人が必要なんだよ。

 だけど、子供たちは四人しかいないだろ」

 消防団員の言葉の意味を理解したインストラクターが、表情を強張らせた。


 「それで、その……」

 サトシが説明を続けようとするのを年配の消防団員が、優しい目でさえぎった。

 「いいんだよ。気にしなくていいんだ。山は時々、人を騙すものなのさ。

 全員無事に帰って来られたのなら、それでいいじゃないか。なあ」


 「違うんです!

 そうじゃないんです!」

 サトシは泣き出しそうな顔で声をあげた。

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