第19話 商品④ 誰かのリュックサック・Ⅲ
四人の大学生は、日帰りのつもりで、その山を登ったんだ。
冬と言っても、険しい山では無かったし、余裕だと思っていたんだね。
ところが山頂近くで天候が急変して、猛吹雪になってしまったんだよ。
一面の雪で右も左も分からない。
それどころか、空も地面も真っ白になって、上下の感覚すら怪しくなってくる。
これはホワイトアウトと言って、稀に起こる現象なんだ。
しかも、気を抜くと尾根から体が浮きあがりそうになるほどの強烈な風が吹きつけてくる。
風と雪にどんどんと体温を奪われ、四人が死を覚悟したとき、運よく山小屋を発見したんだよ
山小屋に転がり込んだ四人は一息ついたけれども、風と雪から逃れられただけで、室温は外気とほとんど変わらない。
運の悪いことに、山小屋ストーブはあったが、燃料となる薪は一本も残っていなかったんだ。
どうしようかと悩む間に日が暮れはじめ、ますます気温は下がってくる。
日帰りのつもりだったため、寝袋も無ければ食糧といえるほどのものも持ってきていない。
リュックの中には、ライトも無かったんだ。
このまま眠れば、確実に凍死してしまう。
そこでリーダーは、山小屋の中が真っ暗になる寸前、仲間に対し、一人ずつ小屋の四隅に移動するように命じたんだ。
暗くなった山小屋の中で、リーダーはこう説明をした。
最初の一人が壁を伝って次の角まで移動する。
そして、その角にいる仲間の肩を叩くんだ。
肩を叩かれた仲間は、最初の一人にその場所をゆずり、自分は次の角へと壁伝いに移動する。
そして、次の角にいる仲間の肩を叩く。
肩を叩かれた仲間は、肩を叩いた仲間に場所をゆずり、壁伝いに次の角へと進む。
そして、次の角にいる仲間の肩を……とね。
これを一晩中続け、順番に角から角へと移動していけば、たとえ途中で眠ってしまったとしても、すぐに仲間に肩を叩かれて目が覚めるから凍死することは無いだろ。
壁を伝って進むから、真っ暗になっても迷うことは無い。
リーダーはそう説明をすると、自分が最初の一人になり、すでに真っ暗になった山小屋の中で、ゆっくりと壁伝いに、次の角に向かって移動をはじめたんだ。
壁沿いに移動する四人のルートが四角。
英語で四角は『square(スクエア)』。
だから、この都市伝説は『クスエア』と呼ばれるんだよ。
そうして四人は一晩中山小屋の中をぐるぐると回り続け、ふらふらになりながらも朝を迎えることができたんだ。
そして、やってきた救助隊に救出されたのさ。
ところが、救助されたリーダーは、あることに気がついて真っ青になった。
分かるかな。
分からないかい?
よく考えてみれば、これは五人いなければ成立しない方法なんだよ。
いいかい、四人の仲間をA、B、C、Dとした場合、Aが最初の角を出発してBのいる角に移動する。
次にBはCのいる角へと移動する。
CはDのいる角へと移動する。
そしてDが移動する角は、元々はAがいたはずの角なんだけど、この時点でAはBのいた角に移動しているわけだから、Dは誰の肩も叩くことは出来ないはずなんだ。
ね、おかしいだろ。
それでも一晩中四人が山小屋を回り続けたと言うことは、自分たち以外に、真っ暗な山小屋の中に、もう一人、誰かがいたってことなんだよ……。
もしかすると、それはザクロだったのかも知れないよね。
ふふふ、そんなに怖がらなくてもいいよ。
ああ、そのリュックの話だよね。
きみは子供の体験ツアーというものに参加したことはあるかな?
そう、子供たちだけでキャンプをしたり、スキーやカヌーを学んだりするツアーだよ。
もっとも親御さんたちが同行しないだけで、ちゃんと大人のインストラクターがついているんだけどね。
ある夏休みのことだよ。
夏山を登る体験ツアーに参加した子供たちが、『スクエア』までも体験することになってしまったんだ。
参加したのは小学校四年生から六年生までの子供たち。
夏の山といっても馬鹿にしちゃいけないよ。
標高が100メートル高くなるごとに気温は0.6度下がり、風速が1メートル強くなるごとに体感温度は1℃下がると言われているんだ。
悪い条件が重なれば、夏の山でだって凍死してしまうことはあるんだよ。
その体験ツアーの一行はね、運の悪いことに登山の途中で濃霧に巻かれてしまったんだ。
手を伸ばすと、自分の手の先が、ぼんやりと霞むほどの濃霧だよ。
危険を感じた三人のインストラクターは、子供たちを集め、山のふもとまで戻ることにしたんだ。
足元に気をつけ、時間をかけて、ようやくふもとまで戻った時、インストラクターたちは大変なことに気がついたんだ。
子供たちの人数が足りないんだよ……。
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