第18話 商品④ 誰かのリュックサック・Ⅱ
◆◇◆◇◆◇◆
山の話だよ。
きみは、ハイキングは好きかな?
一歩一歩、自分の足で山を登り、たどり着いた山頂から見る景色は最高だよね。
そういう体験がきっかけとなって、本格的に登山をはじめる人も多いらしいね。
登山を人生に例える人がいるけど、まったくその通りだと思うよ。
……え? 登山の経験? 私が?
いやいや、他人から聞いた話さ。
私は登山なんて、そんな疲れることはしないよ。
……それにね、山は怖いんだよ。
ん?
ああ、軽装や準備不足で遭難をした人の話かって?
最近そう言う人が増えているよね。
いや、そうじゃないよ。
そういう話も怖いんだろうけど、私が話したいのはそんな怖さじゃない。
それはきみも分かっているだろう。
はははは、嫌そうな顔になったね。
でも、聞きたいんだろう。
なんたって、きみに関係のある話なんだものね。
さあ、なにから話そうか……。
うん。こう言う話は聞いたことがあるかな。
登山道を歩いていると、すれ違った登山者同士は「こんにちは」と声をかけ合うだろう。
あれは素敵なマナーだよね。
でもね、声をかけちゃいけない場合もあるんだ。
前から来た登山者が赤い帽子を被っている場合だよ。
そんな時は気をつけて、相手をよく見てから声をかけなくっちゃいけないんだ。
どうしてかって?
歩いてくるのが、赤い帽子を被った登山者なんかじゃなく、『ザクロ』かも知れないからだよ。
『ザクロ』の意味を知りたいだろ。
それはね、落石に巻き込まれ、自分が死んだことに気づかずに、山の中をさ迷い続けているモノのことだよ。
登山者の間では『ザクロ』や『スイカ』なんて呼ばれているんだ。
うん、そうだよ。きみは鋭いね。
赤い帽子に見えていたのは、落石で割れ、血で染まった頭なのさ。
『ザクロ』はね、一人じゃなくて、何人かが一列になって山をさ迷い歩いているんだ。
間違って『ザクロ』に声をかけてしまうと、その列の最後尾に、いつの間にか並ぶことになってしまうんだよ。
そして『ザクロ』たち一緒に、延々と山の中を歩き続けることになるんだ。
……ね、山は怖いだろ。
気軽なピクニックコースでも迷うことがあるんだよ。
いや、迷わされることがあると言った方がいいかな。
登山道を歩いていると、茂みの向こうから「助けて下さい」と手を振る人がいるんだ。
すぐ近くだ。大変だ、怪我でもしたのかな?
そう思って茂みをかき分けて近づくと、いたはずの人が消えている。
あれ? と思い周囲を見回すと、今度は少し離れた木の陰から「こっちです。助けて下さい」と、手を振っている。
「すぐ行きます」と声をかけてそこまで行くと、また消えている。
そして今度は、すぐ下の小川の向こうから「ここです、助けて下さい」と手を振っているのが見える。
斜面を下って小川を越えると、また消えている。
そうやって、何度も移動するうちに、気がつくと助けを求めていた人はいなくなっているんだ。
不思議に思って辺りを探すと、さっきの人が岩陰に倒れている。
「だいじょうぶですか!」と、慌てて声をかけながら走り寄ると、それは生きた人間じゃない。
服を着た骸骨なんだよ。
薄汚れ、あちこち破れているけど、さっきまで助けを求めていた人と同じ服を着ているんだ。
本人は何週間も、いや何ヶ月も前に死んでいたんだろうね。
肉は山に棲む小動物に食べられて、すっかり骨だけになっているんだよ。
じゃあ、助けを求めていた、あの人は何なんだったんだろうね……。
「助けて」の声に誘い込まれた人は、骸骨を発見し、ともかく誰かを呼びに行こうとするんだけど、帰り道が分からない。
あっちかな、いや、こっちから来たかなと行き来するうちに、助けに来た人もすっかり迷ってしまうんだ。
そして飢えと疲労で倒れ、何日も何十日もたったころ、すぐ近くを誰かが歩いているのが見えるんだ。
「助けて下さい」と叫ぶと、声に気づいたその人は、キョロキョロとしながら少しだけ近づいてきてくれる。
「そっちじゃない。こっちです」とまた叫ぶと、またその人は少しだけ近づいてきてくれる……。
そうだよ、分かるかい?
いつの間にか自分が、生きている人を呼び寄せる死霊になっているんだ。
え? ああ、ごめんよ。
きみに関係のある話だよね。
『スクエア』の話をする前に、山は死んでしまった人すら迷わせる場所だってことを知ってほしかったんだよ。
もちろん、人を迷わせる場所は、山だけに限らないんだけどね。
じゃあ、『スクエア』の話をしようか。
これは冬山を登った四人の大学生の身に起きた、不思議な出来事なんだよ。
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