第16話 商品③ 殺人鬼からの手紙・Ⅴ


 トモ子は、何度か口をパクパクさせた後、「いやああああああ!」と大きな悲鳴をあげた。

 引っくり返る様に後ろに下がると、這うようにして玄関に向かう。

 そして、マンションから逃げ出すと交番に駆け込んだ。


    ◆◇◆◇◆◇◆


 警察が朝美の部屋を調べると、ベッドの下に潜んでいた男はすでに死んでいた。

 後頭部を重い刃物で割られていたのである。

 鑑識によって、死後三日が経過していることが判明した。

 斧は抱えていたのではなく、男の死体の横に置かれていただけであった。


 恐ろしいことに、ベッドの下には、さらに二つの遺体が押し込まれていた。


 一人は半分ミイラ化し、もう一人はゴミ袋で何重にも包まれた子供の死体であった。

 トモ子が見た男を含め、三人を殺害した凶器は、ベッドの下に置かれていた斧と判明した。


 そして朝美は行方不明になったままであった……。


   ◆◇◆◇◆◇◆


 数日後。朝美を心配するトモ子の家の郵便受けに手紙が入っていた。

 封は留められていず、消印も無い。直接、郵便受けに入れられた封筒である。


 部屋に戻ったトモ子が、中の手紙を確かめようとしたとき、警察からスマホに電話が掛かってきた。

 死体の身元が判明したとの報せである。


 斧の横に転がり、トモ子が発見した男の死体は、朝美の勤める小学校の教頭であった。

 ミイラ化した男は、朝美の元交際相手であった。

 死後約三ヶ月といったところである。

 そしてゴミ袋に包まれていた子供の死体は、捜索願が出ている朝美の受け持つクラスの男子生徒であった。

 朝美が問題児だと、トモ子に愚痴をもらしていた男子生徒である。


 そこまで話を聞いたトモ子は、まるで周りの風景が陽炎のように歪み始めているかのような錯覚に陥った。


 ……もしかして、犯人は。

 その考えを肯定するかのように、スマホから声が聞こえてくる。

 『おそらく犯人は……』


 トモ子は、その言葉を聞きながら、片手で封筒に入っていた手紙を取り出した。

 四つ折りにされていた手紙を開く。

 その文面を見たトモ子は、甲高い悲鳴をあげた。


 『もしもし、どうしました? 

 もしもし!』

 スマホから響く声が緊迫する。

 トモ子はスマホを落とし、いつまでも悲鳴をあげ続けた……。


   ◆◇◆◇◆◇◆


 「……つまり、これが、その手紙の入っていた封筒なんですね」

 ぼくがたずねると、おじさんは「そうだよ」とうなずいた。


 「見てごらん」

 ぼくは言われるままに、封筒の中から手紙を取り出した。

 四つ折りになっていた手紙を広げる。


 そこにはトモ子という女性に悲鳴をあげさせ続けた文章が記されていた。


 『大好きなトモ子へ。

 あなたをベッドの下に押し込むことは、

 まだ、あきらめてないわよ。  朝美より』


 ぼくは変な声をあげそうになった。

 殺人鬼はベッドの下ではなく、すぐ横にいたのだ。

 親友のふりをして、斧を振り下ろす機会を狙っていたのである。


 手紙をつまんだ指から手首、手首から肘、肘から肩へと、ぞわぞわとした悪寒が毒虫のように這いあがってくる。

 「……?」

 そして手紙を見るぼくは、あることに気がついた。


 肩まで登ってきていた毒虫のような悪寒が、一気に全身を走る。

 差出人の名前が、朝美であることに気がついたのだ。

 朝美先生と同名である。


 おかしい。

 おじさんは、ぼくが想像しやすいようにということで、朝美という名前を使って話したはずである。


 どういうことなんだろうか。

 たまたま殺人鬼と先生の名前が一緒だったのだろうか、それとも……。


 「おじさん、この殺人鬼の女性は捕まったんですよね?」

 「さあ、捕まったという話は聞かないね。

もしかしたら、逃げ延びて、今もどこかで小学校の先生をしているのかも知れないね」

 ぼくは手紙を封筒の中に戻すと、そっと棚に戻した。


 よし、決めた。

 明日からは真面目な生徒になろうと決心する。

 ぼくだって、ベッドの下に押し込まれたくはないのだ。


 「おや、顔色が悪いよ。

 その商品も気に入らなかったのかな」

 おじさんは嫌な、薄笑いを浮かべて言う。


 「きみは、なかなか厳しいお客さんだねえ」

 「いや、そうじゃなくて……」

 「そうだ!

 あれなら、気に入ってくれるかな?」

 おじさんは、小さく手を打った。

 ぼくの話を聞く気はまったくないらしい。


 「あれは……、こっちの棚だったな」

 そう言いながら、店の奥へと進み、棚の角を左へと回り込んだ。


 逃げるなら、今だ!


 「おじさん。

 ぼく、これから用事があるから!」

 そう言い残し、素早く出入り口へ向かおうとした瞬間、棚の向こうから、おじさんが気になる言葉を投げかけてきた。


 「いいのかい?

 これは、きみに関係のある商品だよ」


 ぼくは思わず立ち止まり、振り返った。

 おじさんは背を反らすような姿勢で、棚の角の向こうから顔だけを出し、ぼくを見ていた。

 どこか勝ち誇ったような表情を浮かべている。


 「……ぼくに関係って?」

 「きみは、この店の中に入ってきた時……」

 おじさんは、そこで黙り込んだ。


 「な、なんですか?」

 「いや、いいんだ。たぶん、私の勘違いだよ……。たぶんね」


 これはズルい。

 ぼくは迷ってしまった。

 ああいう話を三つ聞いた後で、ぼくに関係のある話と言われれば不安になってしまう。

 そして悩んだ末、おじさんにこう言った。


 「……ちょっとだけ。

 ちょっとだけ見てみようかな」

 ぼくは引き返すと、店の奥へと進んだ。

 

 棚で出来た角を曲がる。

 そこにいたおじさんは、手にオレンジ色のリュックサックを持っていた。


 たぶん、このときが、店を出る最後のチャンスだったのかも知れない。

 ぼくは、みすみすそのチャンスを逃してしまったのだ……。


       つづく

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