第14話 商品③ 殺人鬼からの手紙・Ⅲ


    ◆◇◆◇◆◇◆


 トモ子はお土産のケーキを手にして、朝美のマンションを訪れた。


 朝美とは高校からの親友である。

 別々の大学に進み、卒業後、トモ子は証券会社の経理課に勤め、朝美は教員免許を取って小学校の先生になった。


 社会人になっても、週に一度は連絡を取り合っている仲である。

 ただ、ここ半年ばかりは、朝美の愚痴を聞くことが多くなった。


 彼氏がデートの日に寝坊をしてケンカになった。

 学校の教頭先生が嫌味ばかりを言う。

 逆らってばかりの生意気な男子生徒がいる。

 そのような話である。


 いつもは「大変ねえ」と無難な相槌を打っていたトモ子だが、三日前の電話で、少しばかりたしなめる言葉を口にした。

 「ねえ、朝美。ちょっと気にし過ぎだと思うよ。

 あなたは小学校の先生になったんだから、児童のお手本になるように、もう少し落ちつかなくっちゃ」

 ただ、これだけの言葉である。

 これだけの言葉がきっかけで、ケンカになってしまったのだ。


 トモ子はそのときのことを思い出した。

 『トモ子には、子供の相手がどれだけ大変か分からないのよ!

 だれでも出来る経理仕事じゃなくて、人間を相手にしている仕事なの!』

 スマホから朝美のヒステリックで無礼な言葉が響き、トモ子も思わず言い返してしまったのである。


 「でも、あなたが選んだ仕事でしょ!

 愚痴を言っても始まらないじゃない!

 それより、自分で改善する努力をしたらどうなのよ」

 スマホの向こうから返答は無く、『ふー、ふー』と朝美の荒い息遣いだけが聞こえてくる。


 「……朝美?」

 少し言い過ぎたかなと、トモ子が思ったとき通話が切れた。


 朝美から通話を切ったのだ。

 かけ直そうかと思ったトモ子だが、そこまで下手に出ることもないと思い、結局、かけ直すことはしなかった。

 そして、今日の昼、朝美からメールが届いたのである。


 『この前はごめんなさい。

 仲直りがしたいから、今日、一緒に夕食を食べない?

 学生の時のように泊まっていってよ。

 約束だよ。楽しみに待ってるね』


 「いきなり今日だ、約束だって言われても……、相変わらず、自分勝手なんだから」

 メールを見て苦笑いでつぶやいたトモ子だが、断ろうとは思わなかった。

 トモ子も朝美のことが気になっていたのである。


 そして、仕事を終えると家に帰り、大急ぎで着替えや化粧品などの用意をして、朝美のマンションにやってきたのだ。


 ギクシャクしたらヤだなあ……。

 そう思いながらチャイムを鳴らすと、すぐにドアが開いた。


 「いらっしゃい!」

 朝美が笑顔で現れる。

 朝美の笑顔を見た途端、トモ子の胸の奥に残っていたわだかまりが消えた。



 「これ、お土産のケーキ。

 今日は夜通し話しちゃおうか」

 トモ子も笑顔で、ケーキを差し出した。


 一緒に食事をして、他愛のない話で笑い合う。

 高校生の時のように楽しい時間が流れた。

 「ねえ、前に話していた、クラスの悪ガキはどうなったの?」

 「ああ、あれね。一発、ガツンとやっちゃったら、静かになっちゃったわ。なんだかんだと言っても子供よねえ」

 朝美がおかしそうに笑って答える。


 「やるじゃん、朝美先生。

 じゃあ、ほら、嫌味ばっかり言う教頭は?」

 「あいつはね、学校からいなくなったの」

 「マジ? 転勤? 良かったじゃない」

 「ホント、せいせいしちゃった」


 「それじゃあ、新しい彼氏はできたの?」

 「……それは、まだなんだよねえ」

 朝美がしょんぼりした顔で溜息をつくと、二人は笑い合った。


 「そろそろ、シャワーを浴びる?」

 「朝美から先にどうぞ、私は……」

 そこまで言ったトモ子は、ギクリとして言葉を詰まらせた。


 壁に立てかけてある大きな姿見。

 一瞬、視界に入ったその姿見に、信じられないものが映っていたのだ。


 それはベッドの下に潜んでいる男の姿である。


 「どうしたの?」

 「え、あ、わ、私は後でいいよ」

 トモ子は平静を装いながら答えた。


 心臓の音が早くなる。

 ベッドの下に潜んでいるなんて、まともな男であるはずがない。

 いつ忍び込んだのか……。

 部屋の主の朝美は、まったく気がついていないようだった。


 落ち着くのよ。落ち着くのよ。

 トモ子は心の中で自分に言い聞かせる。


 悲鳴をあげて「ベッドの下に誰かいる!」だなんて叫んだら、飛び出してきた男に、どんな目に遭わされるか分からない。


 男がベッドの下から出てくる前に、さりげなく朝美と二人で、この部屋から逃げ出さなければならない。


 今、トモ子の視界の中に姿見は入っていなかった。

 とにかく、もう一度、確かめなければと思った。


 しかし、直接、ベッドの下を覗きこむなんてことは出来ない。

 もう一度、姿見で確認するにしても、まともに見れば、姿見越しにベッドの下の男と視線が合うかも知れない。

 そうなれば、自分が気づいたことが、男に知られてしまう。


 ごく自然に、男に自分が気づいたことを悟られないようにしながら、確認しなければならないのだ。


 「着替え、着替えと……」

 トモ子はそう言いながら体勢を変え、持ってきた自分のバッグに手を伸ばした。


 姿見が視界の片隅に入った。バッグの中身を確かめるふりをしながら、姿見に映るベッドの下をそっと確認する。


 ……いる。中年の男が体を横向きにして、ベッドの下に潜んでいた。しかも斧らしき凶器を抱えている。

 トモ子の背に冷たい汗がドッと流れた。


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