第11話 商品② コックリさんの十円玉・Ⅴ


 耕太は、校舎の下に倒れている光男を想像した。

 しかし、光男は地面の上で動き回っていた。

 立ったまま四肢をデタラメに動かし、首をぐるぐると回している。

 人間と言うより、生き物の動きにすらみえなかった。

 

 そして、四つん這いの姿勢になった光男は、首を高く上げ、運動場を横切りはじめた。

 走ってではなく、跳ねながらである。

 さらに信じられないことに跳ねるごとに、光男のシルエットが変形していく。

 背中が丸くなり、首が前へと伸びる。

 手が長くなり、関節までもが増えたような動きをみせる。


 そして、光男は「げげげげげ」と鳴きながら、学校から逃げ出して行ってしまったのである。


 耕太たちは言葉を失い、光男が消えて行った方向を眺めていた。


 それから光男を見たものはいなかった。


    ◆◇◆◇◆◇◆


 「……どう思う?

 光男くんには、何かが取り憑いていたのかな? 

 それとも、何かが光男くんに化けていたのかな? 

 そうだとすると、本物の光男くんは一体どうなってしまったんだろうね?」

 語り終えたおじさんは、ぼくにそう問いかけた。


 その質問には答えずに、ぼくは逆に問い返した。

 「もしかして、その十円玉って……?」

 「そのときに使われていた十円玉だよ」

 おじさんが答える。


 本当だろうか? 

 それを証明するものなんて、何もないよな……。

 そう思いながら、棚の十円玉に視線を移したとき、その十円玉がスッと動いたような気がした。


 ギョッとして固まったぼくに、おじさんが話しかける。

 「そうそう、コックリさんをするときには、大事な注意事項があるのは知っているかな? 

 それはね、コックリさんが降りてきたら、十円玉が再び鳥居のマークへと帰るまで、決して指を離してはいけないと言うことなんだ。

 指を離すと……」


 「どうなるんですか?」

 「コックリさんは帰れなくなってしまうんだよ」

 おじさんが答えると、また十円玉がスッと動いたように見えた。


 いや、今度は確かに動いた。

 どうやら十円玉に降りた光男くんの霊は、まだ帰っていないようだった。


 「その十円玉、三百円なら、お買い得とは思わないかい?」

 おじさんが顔を近づけてくる。


 「と言うか、三百円もらっても欲しくないです」

 ぼくは、おじさんから顔をそむけながら答えた。


 「え、そうなのかい?」

 おじさんは意外そうな顔になった。


 いや、むしろ、こんな薄気味悪い十円玉を買うヤツなんていないだろう。

 意外な顔をされることこそ意外である。


 「ぼく、そろそろ帰らないと……」

 「まあまあ、待ちなさい。きみは、なかなかの商売上手だね」


 おじさんは薄い唇を舐めると、挑むような顔で、ぼくを見てきた。

 小学生に向かって、そういう顔をされても困ってしまう。

 「いや、商売って、ぼく、子供だし」

 おじさんを刺激しないように、ぼくは子供っぽい笑顔を作ってみせた。


 無邪気で『ボク、何モ分カリマセン』と言った笑顔だ。


 「これは、おじさんも、本気の品を出さなくっちゃいけないようだな」

 ぼくの苦心の笑顔を無視して、おじさんは「あれは、どこにやったかな」と言いながら、棚を探しはじめた。


 「ねえ、おじさん。

 なにか、その、ぼくら二人の間に、誤解があるようと思うんだけど」

 「素人が持つと危険な掘り出し物なんだが、それぐらいの品でなければ、きみを満足させられないようだからね。

 ふふふ、おじさんは負けないよ」


 誤解を解こうとする、ぼくの言葉も無視されてしまった。

 そもそも、負けないって、一体、いつ、何の勝負がはじまったんだろうか。


 おじさんは棚に頭を突っ込みながら、その危険な掘り出し物とやらを探している。


 後ろから押せば、そのままコロンと棚の中に納まって、おじさん自身が掘り出し物のひとつになりそうな姿だった。


 「あった、あった」

 本当に押してやろうかと思ったとき、おじさんはニコニコと笑いながら、棚から顔を出した。


 「これだよ」

 おじさんがぼくに見せたのは、小さな花のイラストが入った淡いブルーの封筒である。

 女の子が使っていそうな封筒であった。


 「きみはラブレターをもらったことはあるかい?」

 「いや、だって、ぼく、まだ小学生だよ」

 ぼくは首を振ったが、同じクラスでラブレターをもらった経験があるやつを何人か知っている。


 「この封筒の中には、熱烈なラブレターが入っているんだ。

 怖いほど熱烈なラブレターがね」

 おじさんは目を細めて、そう言った。


    つづく


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