第10話 商品② コックリさんの十円玉・Ⅳ


 「へ? 今のなに?

 『そいつ』って、オレのこと?

 オレがニセモノだって言ってんの?」

 十円玉が示した文字を読み取った光男が、キョトンとした顔になって言う。

 周囲のクラスメイトたちが「くすくす」と笑った。


 「光男、十円玉にニセモノ扱いされてるじゃん」

 「いや、オレは、あの十円玉の方が光男だと思うな。

 ほら数字の10に、光男の面影があるじゃん」

 「うんうん、似てる」

 男子たちが、適当なことを言って笑いだす。


 「おい、耕太。

 質問していけば、どっちが本物か分かるんじゃないか?」

 ヒロトがあおるように言う。

 ヒロトも十円玉が示した言葉を信じていない様子であった。


 「光男くんの好きな女子の名前を聞いてみたら?」

 女子が提案し、耕太がコックリさんに問いかけた。

 「コックリさん、光男の好きな女の子は誰ですか?」


 十円玉は一度アラビア数字の3へと動き、再び平仮名へと戻った。

 そして、文字の上を移動していく。

 『3』『く』『み』『の』『さ』『と』『う』


 「えーー、佐藤さんなの?」

 「光男くんて、一組のアキエちゃんが好きなんじゃなかったっけ?」

 女子たちが騒ぎ出し、光男は困った顔になった。

 「秘密だよ。秘密。

 それ、当たってねえし」

 「先週の算数のテストは何点でしたか?」

 見物人の中から声が飛んだ。

 すると十円玉は、耕太が聞く前に動きはじめた。


 『1』『2』

 「十二点かよ」

 誰かがあきれたように言い、見物人たちがドッと笑い声をあげた。


 「ふざけんな!

 オレはそんな馬鹿じゃねえよ!」

 光男が顔を赤くして文句を言う。

 と、ひとりの女子が気味悪そうな顔になって口を挟んだ。


 「……それ、当たってる。

 私、となりの席だから、テストが返ってきた時に、光男くんの点数が見えちゃったの。

 十二点だったわ」

 その女子の言葉に、中途半端な沈黙が流れた。


 「……本当なのか、光男」

 「違うって言ってるだろ」

 耕太が問うと、光男が不機嫌な顔になる。


 「……光男は先週の火曜日の放課後、オレと二人で遊んだんだけど、どこで何をした?」

 ヒロトが光男に向かってではなく、耕太が指を乗せる十円玉に向かって質問をした。

 ヒロトの顔からは、さっきまで浮かんでいた笑いが消えている。


 すぐに十円玉が動きはじめた。

 『こ』『う』『え』『ん』『て』『か』『ー』『と』『け』『ー』『む』


 「……公園てかーと?。

 いや、違う。『公園でカードゲーム』だ」

 耕太が十円玉の移動した文字を読み、ヒロトに顔を向けた。


 「当たってるよ」

 ヒロトが笑わずに答えた。


 「おいおい、変な言い方は止めろよ。

 いつも公園でカードゲームをしてるじゃないか」

 光男がわざとらしい笑顔になり、ヒロトに向かって言う。


 「してねえよ。

 お前と公園でカードゲームをしたのは、火曜日が初めてだよ」

 ヒロトが薄気味悪そうに光男から距離を取ると、他のクラスメイトたちも顔を強張らせ始めた。

 何か妙なことが起こっていると、気が付き出したのである。


 教室の中に、じわりじわりと不気味な非現実感が漂いはじめた。


 十円玉に指を乗せたまま、耕平は光男を見た。

 つばを飲み込み、真剣な口調で問う。

 「なあ、光男。コックリさんじゃなくて、お前に聞くぞ。

 お前の右膝に傷があるよな、それは何のケガだ?」


 「え? 右膝の……、ああ、自転車でこけたんだよ」

 光男が曖昧な笑みを浮かべて答える。


 耕平は「あたり」とも「はずれ」とも言わず、十円玉に視線を戻した。

 「コックリさん。光男の右膝の傷は、どうして出来たんですか?」

 十円玉がすぐに動き始めた。


 『し』『ん』し』『や』『の』『か』『い』『た』『ん』『て』『こ』『け』『た』


 「……しんしや?」

 真司が怪訝な顔でつぶやき、耕太の顔を見る。


 「神社だよ」

 耕太は強張った顔で答える。

 「『神社の階段でこけた』だ」

 耕太は硬くなった視線を光男に向けた。


 「コックリさんの方が正解だ。

 オレ、光男がケガをした時、一緒にいたんだよ」

 全員の視線が光男に集まっていた。

 もう誰も軽口を叩かず、誰も笑っていない。


 さっきまで笑いを浮かべていた光男までもが、無表情になっている。


 「お前、本当に光男か?」

 「お前、本当に光男かだって?」

 耕太が聞くと、光男は無表情な顔のままで問い返してきた。


 「おい、ふざけんなよ」

 「おい、ふざけんなよだって?」

 光男は壊れたボイスレコーダーのように、同じ言葉で問い返す。


 「おい、光男」

 「ちょっと、やだ」

 「冗談なんでしょ」

 クラスメイトたちが騒ぎ始める。


 「おい、光男だって? 

 ちょっと、やだだだって? 

 んでしょ。冗談。冗談っててて、こここ公園でカードげーむ、ひみひみ秘密だって? 

 じててしゃ、だろって?」

 光男の口から出てくる言葉が支離滅裂になっていく。


 そして、光男が大きく目を見開くと、「げげげげげげ」と人間のものとは思えない不気味な鳴き声をあげた。

 表情を変えないまま、喉を大きく動かし「げぇげぇげげ」と鳴く。

 まるで巨大なカエルが咆えているような声である。


 女子たちが、一斉に悲鳴をあげた。


 鳴き声をあげた光男は、ガクガクとデタラメに手足を動かし始めた。

 椅子や机をひっくり返し、まるで壊れたロボットのような動きで窓に向かって進んでいく。

 そして、窓を開くと、三階の高さから、ためらいもなく外に飛び出した。


 「きゃああああ!」

 「光男ッ!」

 女子たちがさらに高い悲鳴をあげ、耕太や真司たちも、十円玉から指を離して窓に駆け寄った。


 「光男!」

 光男の名前を呼び、耕太は窓から身を乗り出して下を見た。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る