第9話 商品② コックリさんの十円玉・Ⅲ


 耕太の小学校では、コックリさんが流行っていた。


 先生たちは「コックリさんは禁止です。学校にお金を持ってきてはいけません」と注意をしているが、それを素直に聞かない生徒は、必ず何人か出てくる。

 先生の言うことを聞き、コックリさんをしない生徒だって、クラスで誰かがコックリさんを始めれば、ちゃっかりと見物をする。


 そういうわけで、昼休みに耕太と真司、時雄の三人がコックリさんをはじめると、その周囲をクラスメイトたちが取り囲んだのである。


 「何、集まってんだ?」

 「コックリさんだよ」

 二日間、風邪で学校を休んでいた光男の声と、それに答えるヒロトの声が、耕太の耳に聞こえた。


 耕太は顔を上げることなく、人差し指を置いた十円玉を見つめている。

 十円玉には真司と時雄の人差し指も乗っていた。


 「コックリさん、コックリさん、おいでになりましたら『はい』の方へとお進みください。

 コックリさん、コックリさん、おいでになりましたら……」

 みんなの視線を受ける中、耕太が、真司、時雄と声を合わせて、何度も繰り返してコックリさんを呼ぶ。

 しかし、三人が指を乗せる十円玉は、鳥居の位置からピクリとも動かない。


 「全然、動かないじゃん」

 光男のつまらなさそうな声が聞こえてきた。


 「昨日は動いたんだよ。

 質問の答えはデタラメだったけどな」

 笑いを含んだ声で答えるのは、やはりヒロトである。


 「三人の中の誰かが、適当に動かしているんじゃないのか?」

 「本当に、コックリさんが降りてくる時もあるみたいよ」

 「えーー、本当に?」

 光男とヒロトの会話に、他のクラスメイトたちも加わる。


 見物人の声がうるさくて集中できない耕太であったが、そもそも耕太自身、本当にコックリさんが十円玉に憑いて、動かしているとは信じてはいない。

 残る二人の内、どちらかがそっと力を入れて、動かしているんだと思っている。

 耕太自身も、今までに何度か、十円玉に力を入れて、動く方向を操作したことだってあるのだ。


 ただ、真剣にやってみれば、もしかして、本当にコックリさんが現れるんじゃないかなという気持ちも、ほんの少しだけはある。

 だから、真司と時雄に、今日は一切のインチキ無しでやろうと約束し合ったのだ。


 「コックリさん、コックリさん、おいでになりましたら……」

 動かないや……。

 やっぱり、コックリさんなんていないのかな……。

 何度目かのコックリさんを呼ぶ言葉を繰り返した耕太は、あきらめ半分でそう思った。

 そのとき、不意に十円玉が動いた。


 見物していたクラスメイトたちが、「おお!」と声をあげる。

 いつもは、じわじわと動く十円玉が、いきなりスーーと大きく動いたのだ。


 耕太も思わず「わっ」と小さな声をあげた。

 十円玉の動きが、これまでとはまったく違う。

 乗せていた指が、置いて行かれそうになるほど、唐突で速い動きである。

 真司か時雄のどちらかが動かしているとは思えなかった。


 十円玉は『はい』の方向には動かなかった。三人の人差し指を乗せたまま平仮名の方に進むと、動いては止まり、動いては止まりを繰り返したのだ。


 『た』『す』『け』『て』


 十円玉が止まった文字を順に読むと、『た』『す』『け』『て』となった。


 「おい、今の『助けて』って動いたよな。

 なんだよこれ」

 耕太が顔を強張らせて言う。


 「耕太のイタズラじゃないの?」

 「違うよ! 本当に動いているんだよ!」

 見物人の言葉に耕太が振り返って反論する。


 「なあ、真司も時雄も動かしてないよな?」

 顔を戻し、耕太は二人の顔を見て確かめる。


 「してない。なんか今日は変だよ」

 「お、おれ、怖いよ」

 二人とも目が脅えていた。

 気の弱い時雄などは、恐怖で泣き出しそうな顔になっている。


 見物しているクラスメイトたちの半分は、薄気味悪そうな顔になり、残りの半分は、耕太たちの手の込んだイタズラだと思い、ニヤニヤと笑っている。

 光男もニヤニヤと笑っていた。


 「耕太。質問してみろよ」

 見物人から声がかかり、耕太は覚悟を決めると、コックリさんに問いかけた。


 「コックリさん、あなたの名前はなんですか?」


 見えない糸で引っ張られているかのように、十円玉がスッスッと動き、『み』『つ』『お』と示した。


 「みつお?

 なんだよ、オレと同じ名前か?」

 光男が笑う。

 耕平が次の質問をする前に、また十円玉が動いた。


 『そ』『い』『つ』『は』『に』『せ』『も』『の』


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