第6話 商品① 口裂け女の鎌・Ⅴ
「どうしたの! コズエちゃん!」
背中から聞こえてくるクラスメイトの声を無視して、コズエは学校を飛び出した。
怖い、怖い。何なのよ!
あんな伯父さんなんか知らない!
一体、何が起こっているのよ!
息を切らしながら、家までの道を走りつづけ、コズエは家の中に逃げ込むように入った。
急いでドアを閉め、震える手で玄関ドアの鍵を掛ける。
そのとき、キッチンでトントンと、包丁がリズム良くまな板を叩く音に気がついた。
母親が料理をしているのだ。
安堵したコズエは、キッチンへと飛び込んだ。
「お母さん!」
母親を呼んだ瞬間、ギクリとして立ち止まった。
流し台に向かって立っていたのは、母親ではなく、白いコートを着た髪の長い女なのだ。
横顔が見える。
ゆらゆらと小さく上半身を揺らし、うつむき加減に手元を見る女性の横顔の下半分は、マスクに覆われていた。
右手には、不気味な曲線を描く鎌を持っていた。
聞こえていた音は、まな板の上で食材を刻む包丁の音ではなく、まな板を何度も叩く、鎌の切っ先の音であったのだ。
恐怖で動くこともできないコズエは、自分が口にしたウソを思い出した。
『……家の中まで『口裂け女』が入り込んできたんだよ。
もしかしたらあたし、口裂け女に狙われているのかも』
台所に立っていた女は、まな板を鎌で叩くのを止めて、ゆっくりとコズエの方を向いた。
まつ毛が長く綺麗な目をしている。
しかし、その目はガラス玉のように感情が欠落しているようにも見えた。
そして、女がマスクの下から問いかけた。
「私、きれい?」
◆◇◆◇◆◇◆
話しを聞き終えたぼくは、「ははは」と乾いた笑い声をあげておじさんを見た。
「う、うん。ちょっと怖い話でした。
でも……、ウソなんでしょ」
「さあ、どうかな」
おじさんは意味深に首をかしげるだけで、ウソだとは言わなかった。
「じゃあ、コズエちゃんは、どうなったんですか?」
「だから、最初に言ったじゃないか。四十六人目になったんだよ」
まだ手にしていた鎌を、ぼくは慌てて棚に戻した。
棚に戻した鎌の柄の黒ずみは、手垢などではなく、血の染み込んだ跡のよう見えた。
コズエちゃんという女の子が、一体、なんの四十六人目になったのかは聞きたくなかった。
「おや、その鎌は気に入らなかったのかい」
おじさんは残念そうな顔になった。
そんな話を聞かせて、気に入るとでも思ったのかと、むしろ、ぼくの方が聞きたかった。
「その横にも、掘り出し物があるよ」
おじさんがそう言ったが、ぼくはもう帰るつもりでいた。
ところが、次のおじさんの言葉で立ち止まってしまった。
「これなんだけどね。
値段は三百円。
安いけれど、価値のある掘り出し物なんだ」
三百円ならば、ポケットの中のお小遣いで十分に買える。
「どれですか?」
ぼくは、おじさんが見ている棚を横からのぞき込んだ。
「これだよ」
おじさんが示した場所には、一枚の十円玉がポツンと置かれていた。
「……これ、十円玉ですよね」
「そうだよ」
十円玉が三百円……。
馬鹿らしくなって帰ろうとしたぼくは、あることを思い出した。
もし、この十円玉がアレならば、何万円、何十万円の価値があるかも知れない。
「……触ってもいいですか?」
「かまわないよ」
おじさんの言葉を確かめたぼくは、そっと十円玉を指先でつまんでみた。
つづく
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