第5話 商品① 口裂け女の鎌・Ⅳ
コズエの鼓動が跳ねあがった。
背中に冷たい汗が流れる。
知美が休んでいるのは知っていたが、まさか行方不明になっているとは、思ってもみなかったのだ。
まさか……。
まさか知美は、あの少年に連れて行かれたまま……。
「せ、先生……」
そこまで言ったコズエは、慌てて口を閉じた。
昨日のことを話したら、どういうことになるのかが想像できたのだ。
自分の作り話に出てきた少年が本当に現れて、知美を連れて行った……。
そんな話は、絶対に信じてもらえない。
「こんな時にウソをつくなんて!」と、きつく叱られるに決まっていた。
それに、もし、信じてもらえたとしても……。
コズエは身震いした。
知美が行方不明になったのは、そんな話をした自分のせいだと、責められると思ったのだ。
「コズエちゃん、何か知ってるの?」
先生とクラスメイトの視線が、一斉にコズエに集まった。
「し、心配です……。知美ちゃんが、早く見つかるといいと思います」
集まった視線の中で、コズエはそう言った。
休み時間になると、クラスメイトの中に、「もしかして、本当に口裂け女が出て、知美をさらったのかも」と、言い出す女の子が出てきた。
耳をふさぎたくなるコズエの周りに、女の子たちが集まってくる。
「ね、コズエちゃんはどう思う?」
「知らない!
そんなこと、ある訳ないでしょ!
あんなの作り話だよ!
あたしは何も知らない!」
コズエが否定すればするほど、逆に疑う女の子たちが増え、コズエが何かを隠しているかも知れないと言い出す女の子まで現れた。
コズエにとって針のむしろの上に座るような時間が過ぎ、ようやく下校時間になった。
下校時間には、知美が行方不明になったことで不安になった多くの親たちが、学校まで自分の子供たちを迎えに来ていた。
運動場では、迎えの無い児童たちは集団下校をするようにと、先生たちが呼びかけている。
コズエの母親は来ていなかった。
コズエが集団下校のグループに入ろうとしたとき、クラスメイトの一人が呼びに来た。
「コズエちゃん。伯父さんが迎えに来ているよ」
「伯父さん?」
「ほら、あそこ」
クラスメイトが運動場の一角を指さす。
そこには中年の男が、こっちに向かって、優しい笑顔で手を振っていた。
その男の左手は包帯に巻かれ、三角巾で吊るされている。
コズエの背筋にゾワリと冷たいものが張りついた。
コズエに親しげな笑顔を向ける男は、今まで見たこともない男だったのだ。
そもそも、コズエの父親にも母親にも男兄弟はいない。
「ねえ、もしかして、あの伯父さんなの?
口裂け女に追いかけられている子供を助けた伯父さんって」
別の女の子がコズエに言う。
「じゃあ、左手の包帯って、その時、鎌で切られた怪我なのね」
「すごい。あの話って本当だったんだ」
集まった女の子たちが口々に言う。
その女の子たちの向こうから、存在するはずの無い伯父さんが近づいてくる。
よく見ると、笑って細くなった目に光彩は無く、真っ黒な闇でコズエを見つめていた。
「ヤア、コズエチャン、ムカエニキタヨ」
「あ、あたし一人で帰る!」
伯父さんと名乗る不気味な男が声をかけた瞬間、コズエは背を向けて逃げ出した。
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