第4話 商品① 口裂け女の鎌・Ⅲ


 「そんな事件があったら、新聞に載っているはずよ」

 怒った顔の知美が、苛立つ声でコズエを責める。


 「へーー、すごいね。知美は新聞を読んでるんだ。

 今朝の政治欄にはどんなニュースが載っていたの?」

 コズエが嘲笑いながら返すと、知美は困った顔になった。


 困って口ごもる知美を見ると、コズエの心の黒い部分が刺激され、もっとからかってやりたくなった。

 「それよりさ、昨日なんか、家の中まで口裂け女が入り込んできたんだよ。

 もしかしたらあたし、口裂け女に狙われているのかも。どうしよ~~」

 笑いながら自分で自分の両肩を抱きしめ、怖がるふりをする。


 「そんなこと、あるわけないじゃん! 

 ウソばっかり!」

 「困ったことに、本当なのよねえ」

 ムキになる知美をさらにコズエはからかう。


 「やあ、コズエちゃん」

 知美の反応を見ながら笑っていると、不意に声をかけられて、コズエは振り向いた。


 そこにブレザータイプの学生服を着た少年がいた。

 中学生のようである。コズエより頭一つ半は背が高く、テレビで見るタレントのように整った顔立ちをしていた。


 浮かべる笑顔は優しそうで、同じクラスのガサツな男子たちとは大違いであった。

 しかし、知らない顔である。コズエは不審そうな顔で少年を見た。

 「誰ですか?」


 「きみのお兄ちゃんの友達だよ。

 ぼくが口裂け女に追いかけられた話を聞いたんだろ」

 「え……」

 コズエは言葉を詰まらせた。


 「なにを言ってるの。あれはウソなのよ」と言いたかったが、知美がいる前ではそうは言えない。

 コズエがどう返事をするか迷う間に、知美が驚いた顔で少年に問いかけた。

 「え? あ、あれ、本当の話だったんですか?」


 「そうだよ」

 少年が優しい笑顔で答える。


 「ここからすぐ近くだよ。

 そこの角を曲がったら、柳床川の道に降りられるだろ。

 よかったら、今から一緒にいってみようか? 

 大丈夫、まだ明るいから口裂け女は出てこないよ」


 「ね、ね、どうしよっか、コズエ」

 知美はさっきまでの不機嫌さは何処へやら、妙にそわそわした感じでコズエに顔を向けた。

 口裂け女のことより、ハンサムな年上の少年に誘われて、舞いあがっているようだった。


 「一緒に行こうよ」

 少年が笑いかけてくる。

 よく見ると、その笑顔が異様だった。


 顔立ちがあまりにも整い過ぎている。

 精巧に作られたマスクのような顔であった。

 目の縁に指をかけて引っ張ってみれば、顔の表面がパカッと外れて、その下から、人間では無い、何か別のモノが現れそうな気がする。


 「ね、コズエ、行ってみようよ」

 「さあ、コズエちゃん」

 知美と少年が、コズエに手を伸ばしてくる。

 コズエはゾッとして後退った。


 「あたしは、行かない!」

 そう叫ぶと背を向けて逃げ出した。


 二人が追いかけてくる気がして、背中の産毛がチリチリと逆立った。

 その恐怖を振り払うように走りながら、これは誰かのイタズラなのよとコズエは思った。


 お兄ちゃんに、塾通いの友達がいるなんて聞いていない!

 あたしをからかうために、誰かが仕組んだイタズラなんだ!

 そうよ。そうに決まってる。

 そう心の中で繰り返しながら、コズエは家まで走った。


 玄関のドアを開ける前に振り返ったが、少年も知美もいなかった。

 家に入って、自分の部屋に駆け込み、上着を脱いで背中の辺りを見る。

 上着の背中が、刃物によって切られていることも無かった。


 「……イタズラよ」

 安堵したコズエは、そうつぶやいた。


    ◆◇◆◇◆◇◆


 翌日。

 朝のホームルームで教壇に立った担任の先生は、心配そうな顔でこう言った。


「知美ちゃんが、昨日から行方不明になっています。

何か気がついたり、知っていることがあれば、先生に教えてください」



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