第3話 商品① 口裂け女の鎌・Ⅱ


    ◆◇◆◇◆◇◆


 「コズエちゃん。ウソはいけなんいだよ」

 「ウソじゃないよ」

 知美に責められ、コズエは口をとがらせる。


 学校の帰り道である。

 知美のいうウソとは、口裂け女の話であった。


 昨日の昼休み、コズエはクラスの女の子たちに、口裂け女の話をしたのだ。

 中学生の兄の友達が、口裂け女に遭遇した話である。


 「柳床川の横に道があるでしょ。

 そうそう。川沿いの道。

 夜の十時過ぎぐらいに、お兄ちゃんの友達が、そこを自転車で帰っていたの。

塾の帰りだったんだって」

 五、六人の女の子たちが、コズエの周りに集まって話を聞いている。

 集まった女の子の中に知美もいた。


 「あの道、電車の線路の下を潜る短いトンネルがあるじゃない。

 そこを通り抜けようとした時、トンネルの入り口に、誰かが立っているのが見えたんだって。

 こう、自転車で、だんだんと近づいていくと、それが白いコートを着た髪の長い女の人だって分かったの。

 ゆらゆらと小さく上半身を揺らしながら、独りで立っているのよ」


 「……怖い」

 誰かがつぶやく。


 「で、お兄ちゃんの友達は、その女の人の横を通り過ぎようとしたんだけど、すれ違う時に声を掛けられたの。

 聞き取れなくて、思わずブレーキをかけて、『なんですか?』って振り返ったら、こっちを向いた女の人が、『私、きれい?』って聞いてきたの」


 コズエは一呼吸置き、クラスメイトたちの顔を見回した。

 女の子たちは、緊張した顔でコズエの話を聞いている。

 それに満足したコズエは、話を続けた。


 「……その女の人の顔を見たら、マスクをしているのよ。

 お兄ちゃんの友達は、口裂け女のことを知っていたから、何も答えずに、慌てて逃げ出したの。

 必死に自転車のスピードをあげてね。


 そうしたら、後ろからタッタッタッタッと足音が迫ってくるんだって。

 それが早いのよ。

 自転車で逃げているのに、どんどん足音が近づいてくるの。


 恐ろしくなって、後ろも見ずに自転車のペダルをこぎ続けていると、今度は足音どころか、耳のすぐ後ろで『ハッハッハッ』って、息遣いまで聞こえてきたのよ」


 話を聞く女の子たちの顔が強張っていく。


 「それでね、無我夢中になって逃げていたら、いつの間にか息遣い足音も聞こえなくなっていて、なんとか、家の前まで帰ることができたんだって」


 話を聞く女の子たちは、安堵の表情を浮かべた。


 「家に入って鍵を掛け、まだ心臓をドキドキさせたまま、上着を脱いだら……」


 「うわわわわわ!」っと、コズエは急に大きな声を出した。


 驚いた女の子たちが「きゃあ!」と悲鳴をあげる。

 椅子から転げ落ちそうになる女の子も出た。

 それを無視して、コズエが話を続ける。


 「……って、声をあげたの。

 どうしてだと思う? 

 着ていた上着の背中を見たら、鋭い鎌で切られたように、スッパリと斜めに裂けていたからなのよ」


 「も、もう、急に大声出したら怖いじゃない!」

 「口から心臓が飛び出るかと思ったわよ!」

 文句を言う女の子もいたが、それでもみんな楽しそうに、「怖かったあ」「コズエって怖い話がうまいよね」と、感心した顔でコズエをほめた。


 これが昨日の話である。

 そして今日。昨日の話がウケたことに気を良くしたコズエは、再び口裂け女の話をしたのだ。


 近所に住む柔道三段の伯父さんが、口裂け女に追いかけられている子供を助け、口裂け女と二時間にわたって死闘を繰り広げた話である。


 話の途中から、クラスメイトたちは声を出して笑いはじめた。

 「そんなことあるわけないじゃん」

 「本当だって。伯父さん、左手を鎌で切られて二十四針も縫ったんだよ」

 「なによ、その具体的な数は」

 「今まで口裂け女と五回闘って、三勝三敗の五分だって」

 「こらこら、数が合わないでしょ」

 「そこが不思議なところなのよね」

 コズエが難しい顔でうなずくと、再びみんなは笑い声をあげた。


 もちろん、昨日の話も今日の話も、どちらも作り話である。

それでもコズエは本当だと言って譲らなかった。


 「伯父さんと口裂け女は、『強敵』と書いて『ライバル』と読む関係なんだよ」

 「なによそれ」

 クラスメイトが笑いながら「無い無い」と手を振ると、それに対してコズエが「困ったことに、本当なのよねえ」と難しい顔をすると、それでまた笑いが起こるのだ。


 クラスメイトにしても、コズエが本気で言っているとは思っていない。そう言うやり取りを楽しんでいただけである。

 ところが真面目すぎる知美だけは、それが許せなかった。


 そして学校からの帰り道、「ウソはいけない」という大正論を振りかざして、学校からの帰り道、延々とコズエを責めてきたのである。

 コズエも意地になって「ウソだよ」とは言わなかった。

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