21話 茅葺三郎とは?

 自分のスマホを見ている。ドローンが飛んでいる。配信は続いている。まだ生きている。


「うぶなさまのお姿を拝見できたことを大変嬉しく思います」

『おい、顔色ヤバいって』

『首がやばい方向に曲がってる』

『うお地震』

『なになに』


―――

 

 それは思い出せないような幼い頃の夏。朧気で曖昧な何度も繰り返された日々の一つ。


「暇やな…」


 蒼もうぶなさまも用事があってこれなんだから俺は暇つぶしにと村を見て回っていた。ジジババは景気よく農作業しとるし、俺が手伝えることはほとんど無い。田舎道を歩き続け、自分の行ける範囲まで行こうと思った。


「何もないわ」


 遠く遠くに来たつもりでもそこは十字架や鳥居が山積みになったゴミ捨て場、まだ村から出てもいない。それらが折り重なって腐って酷い匂いを出している。


「もうそろそろ境界か」


 村の外の記憶がない。いや、幼少期、俺は村の外で生まれて、父に育てられてここに来たのだからあるはずなのだ。だが、何度思い返しても思い出せないのだ。


「…戻るか」


 俺はあの日、境界を超えれなかった。


―――


 自分のスマホを見ている。ドローンが飛んでいる。配信はまだ続いている。まだ生きている。


「私、茅葺三郎は初心名村の村長です。釣山薫のスマホを目視してた所、御戸開を拝見しました」

『顔が真っ赤』

『目もヤバい』

『うお、うぶなさまデカくなってる』

『釣山!!!吹き飛んだ!!!死ぬな!!!!』

『て、手が…』

『おいおい、マジで空ヤバいって!!!』


―――


 ちょっと昔の夏。いつでも思い返せるそんないつもどおりの日々。


 ダンジョンが出来てから俺は村の警備で色々回っていた。基本は大和に仕事を任せているが初心名村は山に囲まれた村。境界が曖昧な場所は俺が見たほうが早く済む。


 『一緒に行きたいです!!!』


 と言ってくれるのは嬉しいが正直、一人でぱっぱと見回ったほうがええ。飛び回るように走りながら木々に覆われた境界に辿り着く。一応、ロープと【この先初心名村】みたいな立て看板こそあるが誰だって乗り越えれる。


 不敬な連中がここを乗り越えてやってくるのだ。腹ただしい。


 セミの鳴声、酷く蒸し暑い、木の揺れる音、俺はその縄をじっと見て次の境界に向かった。


 俺はその日も境界を超えられなかった。


―――

 

 俺はスマホを見ている。ドローンが飛んでいる。配信は続いている。まだ生きている。


「はい、偶然見ました。ですが、そこに祈りはあります」

『あ、頭が落ちた…』

『やばやばやば!!!』

『蒼、顔塞いでないで頼む、動いてくれ!!!!』

『無理だって!!!』

『うお、また地震!!』


―――


 ずいぶんと見慣れた夏。変化のない村だからそんな日々の一ページを気まぐれに捲るように思い返す。


 離れで足を伸ばす。蒼もうぶなさまもいなくてどうにも暇である。ジジババの話でも聞きながら時間を潰しても良いのだがそれは勿体ない気がする。だが、このままでは昼の心地よさに負けて寝てしまう。何か身のあることをしたい。


「…思いつかんな」


 猟銃や刀の手入れは終わっている。仕事もすませている。食事も終わった。もう遊ぶか趣味の一つでも手をいれるかと思うがそういったものがまるで思いつかない。昼の良き日、こういう自己問答をするのも良いだろう。


 ………


「無いな、マジでないわ、気持ちええぐらいない」


 考えても何も無い。狩りや村の散歩ぐらいならあるがそれは業務の一環である。そういった村関係の要素を排除していくと俺自身に趣味や遊びがまるでないと気づく。そりゃ蒼やうぶなさまといれば遊ぶ方法は幾らでもある。だが自分だけでする娯楽や趣味が何一つないのだ。


「村長という要素を抜くとどうも俺っていう存在はこんなにも気薄なんやな。ははは…笑っとる場合やないわ」


 自分にツッコミを入れる。だが寂しさは変わらない。俺の内側から出ている今やりたいこと…


「あ、あるやん」


 俺は蒼から貰ったスマホを取り出す。動画撮影、これはまあまあ好きなんよな。


 俺はその日、境界線を超えれそうになってた。


―――


 俺はスマホを見ている。ドローンが飛んでいる。配信は続いている。まだ生きている。


「はい、故に死罪も不当だと思います。はい、なので自らの死を否定して再臨します」

『ちぎれた、頭が、喋ってる』

『ってか胴体からなんか糸が出てる』

『やばやば』

『蒼もうぶなさまもなんか…わ、笑っとる』

『じ、地震収まった』

『空も戻ってる感じ!!!』


―――


 それは夏か思い出せない確か夏だった日、ダンジョンの中で軽く探索してたら一ヶ月程度立ってたのだ。そりゃ夏かどうか思い出せない。


「ってか、これはかなり好きなんよな」


「ん?何が好きなん?」


 蒼がスマホを片手にこちらに来る。俺がへへと笑いながらスマホを叩く。


「それよ、それ、こうやってさ世の中の人と話したりするのって立派な趣味と呼べるんやないやろか。自分で動画投稿とかしてみたいんよな」


「ふーん、隠れてそんな事するん?えーけど」


 蒼の拗ねた顔、俺としてはこれは譲れないと腕を組んでいる。そんな俺達をうぶなさまは見て笑っとる。


「ええやないの、三郎にだって私達に隠してやりたいこととかあるんよ。男の子やからね。でもあんまり私達を蔑ろにするのは好かんよ?大事にしてな?」


「そやそや、大事にしてー」


 二人に抱き着かれる。嬉しさを感じながらそれと同じぐらいの喜びが胸に詰まっている。俺はようやく自分の好きな物を見つけれた気がした。自分でやってみたいこと、自分でこれからも続けたいこと。


 そう、俺の趣味と呼べるもの、それは…


―――


 俺はスマホを見ながら釣山の方に向かう。腕が千切れて倒れている。俺の頭上にドローンが飛んでいる。後ろを見ればうぶなさまと蒼が抱きしめ合って喜んでいる。


 何か言ってるが聞こえない。


 今すべきことはそれじゃない。俺は持ってるスマホを釣山に向ける。絶叫してる。聞こえない。だが徐々に感覚が戻ってくる。


「そ、それは聞いてない!!!殺しても死なないなら!!!私が来る意味がない!!!!」


「俺は、俺は、境界線を超えたかったんよ。この村の先を見たかったんよ…」


 繰り返された走馬灯、それを思い返しながら今が思い出なのか現実なのか分からずに立っている。でもカメラを向ける手は止めない。


「でも、怖くて超えられなかった。ずっと、ずっとそうやった。でも、蒼が俺に外の世界を見せてくれた」


 俺は首を180度回転させて彼女を見る。蒼は泣きながら喜んでいる。うぶなさまはようやった、ようやったと言っている。ぞろぞろとジジババ達の足音も聞こえる。俺を見るなり皆何かを言っている。


「厄災が終わっとる」「三郎様が神様になっちゅうぞ」「ようやった」「本当の神旦那や」「これで次が起きる」「わしらを導いてくれる」「この村は安泰や」


 そしてジジババの声が合わさる。


 「


 意味は分からない。だが喜んでるのは嬉しい。首を戻す。釣山は怯えている。でもカメラは止めない。これは、これは俺の趣味なんや。


「俺は境界線を超えた。俺は外の世界を知ったんや、そして、俺は、俺は趣味を見つけた、俺は、俺はこれが好きなんや。色んな人と話したり、自分の秘密打ち明けたり、時には冒険したりするのを撮ったりする、これが、これが好きなんや」


「な、何、何がそんなに好きなの?」


 釣山の相槌に笑みが溢れる。まだ繋がりが不完全で喉からでた血が口から溢れる。首からも線上の血が流れる。目からも血が少し垂れる。でも、もう元に戻る。酷く心地よい。


「俺が好きなのは動画撮影」


 また一歩近づく。画面のコメントに笑う。


「そして…ダンジョン配信」


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