第5話 うぶなさまはかなえたがり
「どうにも騒がしくてすみません。なんかあったんですかね?」
「配信に乱れがあったんやね。困ったもんやわ」
『なるほどね』
『なあコウチャンネルの配信みた?』
『別配信者の話はマナー違反』
『見たけど最後の方音声が掠れてよう聞こえんかった』
『結局、コウと初心名村チャンネルって接触出来た感じ?』
『この感じだとない感じ?』
『多分そう』
『でもその後の配信無いで』
『まあ、コウやったらそのうち顔出すやろ。この前の配信でも引退仄めかして3日で帰ってきてたし』
『ってか近ごろの配信もやばかったもんな。ずっと炎上狙いだったもんな』
『コウも昔は良かったのにね…』
俺と蒼はぴったりとくっついて歩みながら配信を続ける。お供えになった配信者の話をみんなしてる。なるほんな、そういう奴やったんか。やっぱ供えて正解やったわ。
後ろには未だに咀嚼し続けるうぶなさま。口周りには血がべったりついてる。まあ久しぶりやし興奮するのも分かるわな。
「あー、さっちゃん。もうそろそろ見てきましたよ。ここが終わりですかいね?」
「いんや、脇道、それ道、隠し道にも入ってないからここが一番王道の行き止まりってことやろな」
少し開けた場所になる。暗い。闇が広がっとる。松明に火はなく、通りの雑魚モンスターがその身を焼いて灯火になってる。そして、それが消えたって事はここにはそういう雑魚がいないということ。
敵の本丸である。
「あー感じますよ。大物です。竜やないですかね」
「さっちゃん、ドラゴンっていうんよ。多分この深さで出てくるのってファイアードラゴンって種類らしいわ」
「ほーなんか、じゃあドラゴン退治したりますか」
俺は刀と猟銃を構える。奥の方からずんずんと歩いてくる。俺より数倍はある、赤い鱗、蛇のような顔、背中には大きな翼、でれもこれも見たことある部位やけどこれが一つになってるのは初めて見る。
俺はコメント確認用のスマホ、そのライトを付ける。相手の顔がよう見える。怒っとる怒っとる。寝床に入ってきた異物は嫌やろな。うぶなさまもそういうお顔をたまに見せる。
足に力入れてそのまま飛びかかろうとする。だが、ふと大きな何かが後ろで蠢いた。
見てはならん。
その場に跪く。
うぶなさまが御戸開されとる。
「さぶろう、さぶろう、いとしいさぶろう、お腹が満ちたわ、お願いを言って、望んだものを望むだけ、欲したものを欲しただけ、あなたにあげるわ」
かしゃ、かしゃ。頭を下げてるから姿は見えん。でもその手足先だけは少し見える。無数の黒い爪が太くなって地面を突き刺している、黒く長い髪は地面まで垂れている。その全貌は分からない。
「村の施設周りをお願いしようと思ったんですが少し計画を立ててからご相談の方を…」
「えー、いやや、いやや、今叶えたい。どうせお供えさんはいっぱい来るんやろ。だったら少し気軽にお願いし?そこにいる蜥蜴を殺したいでもええわ。なんならこのダンジョンをもっと大きくしてみる。叶えたいわ、願い叶えたいわ」
まずい、これは怒るよりも遥かに不味い。うぶなさまが上機嫌すぎると俺等とは明確に価値観が違う願いの叶え方をする。それは不味い。それで遊部村は消えた。
「では、そこにいる。ドラゴンを退治して下さい。説に願います」
「私も願います」
蒼は流石、分かっている。俺と同じく深く頭を下げている。その言葉に満足したんかまた獣臭さが周囲に満ちる。ドラゴンが唸り声を上げる。だが、その後の声は聞いたこと無い。
「ひぃ」
悲鳴は声帯が恐ろしさに絞られて出る音。どんな生き物やろうと大体同じようなもの。
「ひぃ、ひぃ、ひぃ」
それ繰り返して最後には音がなくなる。気配が消える。頭を上げる。ドラゴンの頭部はそこにはない。あるのは胴体だけ。無事終わった。うぶなさまをみる。相変わらずの美しさ、何も違ってはいない。
「蒼、もう大丈夫や。蒼?」
俺が彼女を見る。同じ様に頭を下げてその場に蹲っとる。何故か頭を上げん。
その前には…スマホがカメラを上向きにして置かれていた。ゆっくりとそれを持ち上げてその画面を見る。
赤い枠が出とる。蒼に聞いた。これは…録画中の意味である。
―――
数年前の夏
ダンジョンが急に出来たもんで蒼はそれに合わせて色んな事を準備しているようやった。
離れには沢山の機械が置かれており、俺は良う分からずそれを眺めるばかりやった。
「凄いな、蒼はこれ全部使いこなすんか?流石やな」
「いややね、そんな訳無いよ。何事も準備で揃えてるだけ、何が合ってもすぐ対応出来るように替えの機械ってのは合ったほうがええんよ」
「はー何事も準備が大事ってことやな」
俺は刀と猟銃、そして三種の神器を丁寧に清掃し、これからの無病息災を祈り社の方にお辞儀をする。それをみてクスクスと笑う声。離れでごろりと横になってるのはうぶなさま。完全に気が抜けとる。
「何笑ってるんです」
「だってえ、あっちに私はおらんのよ。こっちに向かってお辞儀するもんやない?」
「あのですね、こういう習わしってのは臨機応変にしちゃいかんのです。手順と作法の意味を考えてそれを継承する事に意味があります。それにうぶなさまが村をふらふらするからうぶなさま向いてのお辞儀だとみんな何処に頭下げたら良いか分からなくなります」
「もーそういう所は硬いもんね。でも、そういう所が気に入っとんよな。約束を守る人は大好きやわ」
うぶなさまは俺の膝に寝転んでる。俺は彼女の顔を撫でる。ぷにぷにと柔らかい頬やけどもその奥には何かがある感じ。手袋ごしに触っとるような感覚や。ただあまり探るのは良くない。うぶなさまを知りすぎてはいかん。
「床入れもだいぶ慣れてきてほんま旦那さんって感じやわ。お子が出来た時の名前も考えんとね」
「そですね、神子ですからね。きっと立派な村長になりますよ」
「でもまだ先でええわ、もう少しこの時間を愛でたいわ。ねえ三郎、私、欲しいわ」
「了解です」
俺は隣部屋に向かう。障子に囲まれた四畳半。その真ん中に万年床があり、いつでも床入れをすることが出来る。むせ返る男と女、獣の匂い。蒼ともさっきまでやったので、次はうぶなさまの番である。
「蒼、少しうるさくなるけど気にせず作業してな」
「分かってますよ、楽しんで下さい。あそうだ、さっちゃん」
ちょいちょいと手招きされる。俺が側に行くと蒼がひそひそ声を出す。うぶなさまはあんまり機械の話を聞かされるのが好きやない。賢い嫁やわ。
「もうそろそろダンジョン配信をするこれだけは覚えといて下さい」
スマホを俺に見せてくれる。
「この青い枠が出てる時は世界に向けて配信中、この赤い枠がでてる時はこのスマホに音も映像も収録してます。だからこれが見えたらあんま声出したらあかんですよ」
「分かったわ。それぐらいは覚えとく」
俺とうぶなさまは部屋に入り、服を脱ぎ始め、障子を閉める。そん時、蒼を目があった。少しばかし淋しげで…スマホのカメラがこっちを向いていた。
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