第12話
「お風呂に入ろう!」
「わ、どうしたの田中さん、じゃなくてテスラ」
「慣れないねぇ、レスタ」
「すみません、なんかもう脳内が田中さんで刷り込まれちゃってて咄嗟だとなかなかどうして」
まぁそれは別にどうでもいい。
それよりお風呂だ。
レスタにちょっと広めに結界を張って貰った今ここは森の中だ。
街はあのあとすぐに入口からそのまま出て、ぐるりと大きく迂回している。
比較的小さいとは言え、交易の街だから、人の出入りは多い。出て行くものの数もそれなりで、その中に紛れて外に出た。街道が複雑な分かれ道になり人がばらけた頃合いを見計らってレスタの結界を張って貰い気配を消した。そのまま横道に逸れて今ここ。
というわけで木陰に隠れながら身支度をして再び街へ!
身支度とはなんぞや。衣装変えだ。ちなみにウィッグも化粧も変えてるから3人ともほぼ別人の外見になっている。
今度は3人纏めてではなく、1人と2人に分かれて街へ入った。
1人は僕。2人はレスタとラキ。一応念のために。
なんでこんなことをしているかと言えばお風呂だ。宿だ。やっぱり宿には泊まりたい!
レスタの結界と現代キャンプ用品の数々を駆使しているから、普通の野宿よりはずっと居心地が良いし疲れだって貯まってはいない。それでもやっぱり、たっぷりの湯が張られた風呂や柔らかいベットは魅力なんだよ。いや宿のベッドはよっぽどグレード高くないと大抵固いけど、そこはほら、パソコンに保存してある布団を出せば一発解決しちゃうから。
最後に風呂に入ってからもう結構たっている。除菌シートやドライシャンプーや清拭やらで身ぎれいにはしてたけど、やっぱりちゃんと風呂に入りたい。
「……ないですねぇ、風呂付き宿」
「……ないねぇ、風呂付き宿」
「……そりゃよっぽどの高級宿でないかぎりないヨ、風呂付き宿なんテ」
風呂付きお宿はほんとうになかった。こういうところ、文化の違いを感じてしまう。
勿論全くないわけじゃないのだけど、基本的にこのあたりの人達は湯船に入る文化がほとんどないらしい。
宿の人の話では、帝国では割とそういうのが好きな人もいる、らしい。水の都と呼ばれている街は綺麗な水が豊富に使えることもあって、公衆浴場文化が発達しているんだそうだ。あと温泉も湧いてるらしい。素晴らしいね帝国!
「暮らすなら帝国の方が快適かもしれない?」
「基本的には帝国は『中央』と付随する周辺植民国の連合形式らしいからね。帝が中心の中央集権体制で強権的政治体制でハーレム帝一強すぎて微妙な国……って習った気がする。あの国の授業だから話半分にするとして、本で読んだ限りではそこまで酷い政治はしてきてない感じはしたかな。帝一強というより、帝一家による合議制って感じだった。ハーレムなのは各周辺植民国からそれぞれ妃を迎えてるからだし」
「そんなこと勉強してたんだ」
「してたんじゃないよ、させられてたんだよ」
補強知識は自主的に摂取したものらしい。中和しないとやってられなかったんだとか。
宿は4軒目で妥協を覚えた。
でっかいタライの貸し出しによる沐浴が可能な宿だった。お値段もそこそこだ。
室内は綺麗だったが、部屋に入るとレスタは「結界!」と一声叫んで結界を張った。
「どうしたの?」
「…………………………虫」
「ああ、なるほど」
頑なに見ようとしない部屋の隅を見ると、虫が結界で壁に押しつけられて圧縮されていた。ティッシュを取りだしぺいっとした。
割と野宿してるのにダメなんだなぁ、と思ったら、「最近結界張りっぱなしだったから油断してた……」と顔を覆ってふるえていた。普段は結界で完全シャットアウトしてるらしい。レスタの結界レベルが上がるのが早い理由の一端を垣間見た。
沐浴は3人交代で行った。タライは結構大きなもので、子供用の小さいビニールプールくらいあるんじゃないか――…………うん? あれ? こういうのを使えば、実は野外でお風呂、いけるんじゃないか? 何しろレスタの万能便利結界があるんだ。
2番目に入らせてもらった。最後で良いよって言ったのだけど、ラキが「ワタシが最後デ!」と譲らなかった。
「何調べてるの?」
「うん、お風呂」
「……お風呂?」
「今日みたいなのなら、野外でもいけそうじゃない?」
「…………それだぁ!」
「それな!」
『アウトドア』『風呂』そんなワードで検索したら、取りあえず色々と商品が出てきた。湯船そのものは……ああ、折りたたみ式のものがある、けど、このサイトは決済の出来ないサイト――…………あれ、出来る様になってるな?
適当なサイズのものを選ぶ。そこまで大きくないから1人用だけど、それで必要十分だ。これはアウトドア用品じゃなくて、介護用品なんだろうな。
次の野宿の時に試そうと提案すると喜ばれた。僕も嬉しい。楽しみだ。
食事は美味しかった。具だくさんのシチューに香草焼き、ショートパスタのサラダ、デザートに果物まで付いてきた。お値段相当の納得のお味だ。3人で美味しい美味しいと仲良く賑やかに食事してると、たまに人が近寄って来ようとしては途中で「あれ? なんで俺こっちに歩いてきたんだ?」という顔をして回れ右することがたびたびあった。
こっそりレスタを見ると、ぱちーんと綺麗にウィンクされた。彼女の仕業だった。ありがたかったので小さく黙礼した。あとでちゃんとお礼も言った。
翌朝宿を発って、街を出た。門まではこっそり、その後は2:1で分かれて門を出た。
門を出て少し進んだところでふと何かを見つけたような演技をしつつ道を外れてレスタの結界!
三輪バイクを取り出して、いざ出発!
「そう言えば僕達、身分証みたいなのが何もないんだよね」
「物語とかだと、定番は冒険者ギルドで登録! かな。この世界も冒険者ギルドあるし、順当?」
軽快なエンジン音を響かせながら、ソフト結界を張りつつ、ゆっくりのんびり道を進む。進みながら、会話を楽しむ。
実はこっそり情報収集をしていました、とレスタは小さな胸を張った。
最初に同道していた冒険者たちから少しだけ話を聞いていたらしい。
冒険者、という名称が示すとおり、基本的には「冒険」――もとい探索と、それに伴う収拾や護衛が主な仕事になるらしい。
戦闘面をでっかく分ければ対人戦闘があるのは傭兵ギルド、動物相手は狩猟ギルド、そして魔物相手が冒険者ギルド、となるのだそうだ。なんで魔物が冒険者? というのは、基本的に魔物というのは探索の末に辿りついた先などの、辺鄙な場所にしか生息していないから、とのこと。複合する場合は予想で最も割合が多そうなもののギルドに割り振られるか、合同依頼になるらしい。
そのギルドに属してないと倒しちゃいけない、ということはないけれど、そのギルドに属してないと、買取にミソ付けられちゃうんだそうだ。
ちなみにこの3つのギルド、割と仲が悪いそうだが、依頼の都合から大抵1つの建物内に纏められている。なお一番幅を利かせているのは狩猟ギルドとのこと。肉の販売力は侮れないのだとか。あと単純に一番そっち系の被害や依頼が多いから。
また、ギルド自体は仲が悪いが、登録者はそうでもない。というか、単一登録自体が稀で、この3つ、掛け持ち登録者も結構いる。多いパターンは狩猟+冒険、傭兵+冒険。弓使いは全登録が多いのだそうだ。
登録については、この3つのギルドについては市民権などもいらない。ただし、誰でも登録出来る代わりに、魔術紋により魔術的な宣誓をその身に刻む必要がある。場所は主に手の甲。確認が容易で目立って誤魔化しが利かないところだ。
ギルドへの帰順、ギルドを通した契約の遵守、登録者同士の敵対禁止、が3つの柱と言われている。
これがかなりデカい。行動の制約、という意味で。
前身や本人の資質を問わず受入を行えるのは、この宣誓によるところが大きい。
そしてこの宣誓を行っているギルド員であることが、社会的な安心を周囲に与えることにも繋がる。なので、無頼の輩や流浪の民については、割と積極的にギルドへの登録がお勧めされることになる。
「帝国にもあるのかな、ギルド」
「あるよ。というか、この辺の国は大体同盟結んでる国だから、そこら辺は協定結んでるらしい。入ってないのは魔族領くらいじゃないかな」
魔族領はどこも一応国としては認めておらず、国交もない。孤立した僻地となる。
土地は痩せがち、魔物が多く過酷な環境の土地だ。精霊も多いから割と人外天国。
その土地柄故に、これまでどこも侵略はしなかったし、国として組み込まれることもなかった。その地域に住む小民族群を緩やかに束ねているのが魔王ということらしい。
……勇者とかヒロイックな精神性を持っているなら、そういう不自由な土地に移り住んで住みよく改革! とかも良いのだろうけど、正直そういうことは別に全くしたくない。テスラの身体は女の子だし、体力があふれ出るほどあるってわけでもない。筋力はむしろ平均よりちょっと――かなり下だ。出来れば文明的な生活を送りたい。というか、パソコンの通販があるとは言え、いや、むしろそれがあるからこそ、貨幣経済が円滑に動いている地区に住みたい。パソコン通信は大抵のものが買えてしまうスキルだが、タダではないのだ。原資がいる。
ラキは魔族領に戻りたい? と尋ねたら、「戻る?」と不思議そうな顔をされた。
ラキの母はこちらでラキを産んだので、ラキ自身に魔族領での思い出はなにもなく、思い入れもないのだそうだ。そもそもラキは半分魔族で半分は人族なので、魔族側でもそれなりに迫害されるそうだ。
それならもう、魔族領へ向かうのはなしである。
「それでは改めて。目的地は『帝国』! えいえいおー!」
「えいおー! 行きましょう『帝国』! 温泉の国!」
「えいえいオー!」
3人一緒なら、どんな旅でもきっと楽しい!
TS召喚物語 ふうこ @yukata0011
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