第8話

 レスタが強権を発動し、テスラを侍女に据え直した。これは元から王様の許しを得ているのだから順当だ。住まいもレスタの隣室になった。ラキは、流石に侍女は無理だったが、部屋付の召使いにまで昇格させた。住まいはテスラの部屋が広い部屋だったので、ラキも同じ部屋に住むことになった。

 侍女の本来的な仕事としては、主人の化粧や衣装の手伝いやそれらの物品管理、補佐などになる。しかしこちらの世界の常識を持たないテスラには、補佐は全く務まらない。衣装についても、自分の衣装の脱ぎ着さえラキに手伝って貰っている現状だ。


「しかし意外な特技でした」

「日本製化粧品万歳、でもある」


 そう。通販があるのだ。日本製の化粧品が買えるのである!

 そしてなぜか田中は化粧ができる系男子なのであった。経歴をひもといてはいけない。

 レスタから「すごい、田中さんお化粧上手!」と誉められてちょっと照れた。テスラだから許された。ついでに自分の顔にも化粧した。テスラは大変に化粧映えする良い顔だった。めちゃくちゃ美人になった。

 化粧品以外も、シャンプーやコンディショナーやボディーシャンプーや入浴剤を取り寄せた。基礎化粧品である乳液や化粧水も欠かせない! 手入れをしたらラキも可愛く変化した。良き良き。

 あんまり3人が綺麗になったので、周りの女性陣もそわそわしだした。特に聖女召喚立役者のおばちゃんたちがおじさんたちを差し置いてもじもじしだした。分けて欲しいなーの眼差しが熱く注がれた。口にも出された。


「条件があります」


 譲る際にレスタはがっちりがっつり条件を突きつけた。テスラをちゃんと侍女として扱うこと。邪険にすんじゃねーぞ、なこと。ラキも同様なこと。それから毎日一定の時間、3人だけの時間をくれ! お茶するから! 自由時間プリーズ!

 全部飲ませた。割とあっさり通ったのは、おばちゃんたちの物欲故のことだろう。ありがたい。女性が美しくなりたい欲は古今東西凄まじいのだと実感もした。何しろ待遇が目に見えて良くなったしめちゃくちゃおばちゃんたちが優しく親切になったので。


 なお、テスラの能力は「金貨から化粧品などを合成する能力」であるということになっている。なにしろ読めない文字列だったので、そこは捏造し放題だ。これだと男にはあんまり価値がなく重要視されないけれども、女性からは重用される。ついでにお金も稼げるのである。能力を使うところは極力見せない方向性で行くことになっている。つまり、レスタの結界の中でしか使えないという設定も盛ってある。これでめでたく2人はニコイチとなったのだ。


 現在、レスタは忙しい。

 聖女として確定したことで、朝は礼拝、午前は聖女としての勉強、昼餉を取り、午後は世界情勢を学び、おやつと自由時間を挟んで、今度は城に登場した貴族の慰問だ。陳情を聞き、まとめ、王家へと提出する。向こうではそれを元にして魔族討伐の計画を練っているはずだった。夕食を食べた後は、スキル練習、それを終えると入浴と就寝。


 レスタ的にはさっさと出発したいらしい。問題は王子だった。王子が勇者に仕立てられずに、弱虫のままぐずっているのだ。

 あの惰弱な尻を蹴っ飛ばしたい、と小さく呟き続けるレスタはかなりストレスたまっていそうだ。


 数日後、情勢は突然動き出した。

 なんと市井にもう1人王子が見つかったという報が入ったのだ。現王の子ではなく、現王の兄の私生児だった。厳密には王子ではないが、王家の血筋で有り、私生児とは言え、下位ではあれども、継承権を持つ王家の男子であることには違いない。魔王討伐に出るはずであった王子は、「新たに見つかった血族が一族の中で立場を固めるために、功績を譲ろうと思う」と言い出した。言い換えれば「魔王討伐お前がやれよ」だ。


 そして、2人は新たな王子と引き合わされた。


「よろしく、お願い、します……」


 初顔合わせの消え入りそうな声に共感を覚えた。レスタとテスラを前に、恥ずかしそうに頬を染めてほぼこちらを見られない純情そうな様子も良かった。すごく共感出来た。分かる。美女2人を前にしたらそうなるよね! とニコニコした。クソ王子とは違うの、とても良い! と思った。


 なおクソ王子は、テスラとレスタを前にして初見こそその美貌に声を失ったものの、すぐに下卑た笑いを浮かべて無遠慮にレスタの肩を抱き寄せ、「この大女が外れた方か」と横に控えていたテスラの胸を鷲づかみにした。あまりのことに真っ白になって声を出せないテスラの代わりに、レスタが怒髪天を衝く勢いで怒り狂った。即座に結界を発動し、王子を壁へと叩きつけたのだ。ムカデか壁についたゲボの後でも観るような目で彼を見下ろし、「ゲスが」と呟いたレスタは格好良かった。

 流石にその結界は即解除して怪我は証拠隠滅で癒やしたものの、その後は自分たちの半径3mで結界を張り巡らし、笑顔の防御壁を築いて慇懃無礼に応対した。レスタは王子に対して色々言っていたが、まとめて直訳すれば「一昨日来やがれ」だった。王子は心の折れた目をして帰っていった。……彼が魔王討伐行きたがらなくなったのはそれが原因の1つでもあったかもしれない。


 話はトントンと進んで行った。

 王家としても、彼が最後の人材だ。行き渋られても困るのだ。


 新たな王子は元々騎士の家の出であった。幼い頃から真面目で堅実、剣術の稽古もサボることなくきちんとこなし、実力を積み上げていた青年だった。王子などよりはるかに即戦力な人材だった。

 しかし身分的には高くはない。軍や部隊を率いるのは重圧だろうと、免除された。代わりに数名の冒険者が付けられることとなった。少数精鋭で魔王領に侵入し、魔王を討ち果たしてこいと命じられた。魔王が登場する以前の魔王領は、それほど脅威ではなかったのだそうだ。かの王さえいなくなれば、魔王領も元の状態へと戻るだろう、と。


 王子と冒険者グループ(盾士、軽戦士、レンジャー、薬士)、聖女、その侍女と召使いが一名ずつで合計8名。

 王家から与えられたのは携行食糧に幌の付いた中型の馬車と馬、野営道具一式、武具一式のみだった。


 冒険者グループは「こりゃあんまり期待されてねぇな」と笑っていた。

 別に期待されていないわけではないのが地獄味あるんだよなぁ……。

 通販は便利なもので、様々なものが購入出来る。つまり、盗聴器だって購入出来る。というわけでレスタに依頼されて購入し、それなりに活用もしていた。城の内情は筒抜けである。ちゃんと証拠として記録も残してある。


 先のダメ王子の方が王位継承順が上の為、色々あちらこちらの役人や貴族が少しずつ色々なものを忖度した結果としての今なのだ。誰もが新王子に期待していないわけではなく、失敗を願っているわけでもなく、自分たちが手を抜いているつもりもなかった。しかし関与する部署も人も多岐に渡り過ぎるほど渡っており、皆が少しずつ忖度した結果として、どうしようもない今が生まれた。


 ゴトゴトと揺れの酷い馬車に乗って、後方で小さくなっていく王都を思う。

 漸く出てこれて、心底清々した。

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