第6話
「テスラ! 何をぐずぐずしているの!」
「あ、は、はい……っ! ちょ、ちょっと待って――」
「言葉使い!」
「ひぃっ! すみ――も、もうしわけございま……せん? しょ、少々、お待ちくださ――」
「良いからさっさとおし!」
ぴしり、と鞭で背を打たれて必死で悲鳴を飲みこんだ。ここで悲鳴を上げるとあと2~3発追加が来るのだ。
これ以上叩かれるのはごめんなので、テスラの細腕で必死に荷物を抱えた。重すぎて手がぷるぷる震えた。
召喚されてから数日が経っている。侍女として付いたはずのレスタの側には行けず、完全に下女として扱われていた。力仕事や水仕事だ。
僕自身もだけれど多分テスラもこうした仕事には慣れていない。手も綺麗なものだったし。筋肉の付いていない腕では大したものは持てなくて、運べないことを散々に罵られ鞭打たれた。打ち方も巧妙というか、痛いけれど打つ度毎に位置を変えてダメージが重ならないように工夫され、しかも服の上の表からは見えない場所ばかりを打たれていた。布地が痛む皮膚に擦れて、それだけで涙が滲みそうになるけれど、泣くと余計に打たれるんだ……。
夜は下女の子たちが詰め込まれている雑魚寝の部屋で、食事も同じなんだけど、いきなり追加された新入りにそこの子たちはあまり良い顔をしなかった。食事はメニューこそ同じだけど量は彼女達の半分以下だ。……しかし、そりゃそうかも、なのだ。出来る仕事は半分以下で、……きっとこれでも、彼女達はかなり恩情を掛けてくれてる。これは勝手な予想だけど、食事総量、多分ほとんど変わってない! 正直申し訳なさがすごい!
「……あんたさァ、なんでこんなとこ来たんだヨ」
「へぁ?」
「だってあんた、よいトコのお嬢さんだロ? 手も足も綺麗なモンだしさァ」
なんとも不思議なイントネーションの女の子がテスラの抱えていた荷物からひょいと1つを自分の荷へと移してくれた。そしたらようやく、まともに動けるようになった……か、感謝……!!!
汚れてざんばらな赤髪をざっくり束ねた少女だった。同じ下女部屋の子だ。ボロボロの服から伸びる手足はすんなり長く、肌は程良く日焼けしている。顔立ちは……ちょっと険があって怖かった。なのに、声は優しい。なんだか不思議。
「よいとこ……? ではない……ような? あ、でも、ご飯は貰えてたからよいとこ……?」
「手足痛めなくて済む場所で仕事しておまんま貰ってたンなら、よいトコだヨ」
つまらなそうにそう言い捨てると、その子はさっさと歩き去る。早い。テスラより沢山荷物持ってるのにすごい。
結局その日もレスタには会えず、仕事も他の人より出来ず、従ってほとんどというか、ついに全くご飯が貰えない状態で雑魚寝の寝所に引っ込むことになってしまった。腹がぐぅぐぅ情けない音を立てていたら、うっさいよ! って四方からぼこぼこ蹴っ飛ばされた。容赦がない。痛い。
仕方がないのでもそもそ起き出して部屋から出た。うるさいと迷惑だし……。
「……おなか、空いたな……」
ひもじいは、つらい。
寒いのは雑魚寝部屋の人口密度が高いので割となんとかなっていた。夏は地獄かもしれない。
しかしひもじい。
……なにか、食べ物が、欲しい。切実に欲しい。喉も渇いたけど、下手にてきとうな水を飲むと腹を下す。初日に下した。
「でも僕の能力はパソコン……」
残念ながら食べられないのである。
呟いたら出てきたので、なんとなく画面を開いた。窓の絵が青い画面に浮かんでいて、懐かしくて、寂しい。ポテチとコーラが恋しい。菓子パンとか貪りたい。
半ば無意識にブラウザを立ち上げて通販サイトを開いていた。うおぉぉ……美味しそう。食べたい。注文出来ないかな、出来ないよなぁ………………出来ないのかなぁ……???
電子マネーが登録されてたし、残高まだちょこっとあったし、……出来ちゃうのでは?
とりあえず、試そう……あんパンと、ペットボトルのお茶、とか……?
買えた。えっ、買えた!?
決済が終わるとふわりと目の前にダンボール箱が浮かび上がった。思わず手を差し伸べると、その手の中に落ちてきた。中身が中身だからか、めちゃくちゃ軽い。バリバリとテープを剥がせば、中にはごく普通にビニール袋で包装されたあんパンとペットボトルのお茶が入っていた。マジか。
恐る恐るビニールを破って、ぱくりと咥えた。もぐもぐ。美味しい。甘い……すっごい、甘い。涙が滲んだ。甘さが沁みる。舌が幸せ。めちゃくちゃ美味しい。美味しい!!!
夢中で食べて、食べ終わって、息を吐いてから、お茶も飲んだ。苦みが口の中の甘さを洗い流してくれる。洗い流されてしまうのがちょっと惜しくなってしまうけど、お茶も美味しい。とても美味しい!!! 安心! 安全! 素晴らしい!!!
「……おいしかった……」
「なにガ?」
「パンとお茶……」
「そんなモン、どこにあったのサ」
ぎょっとした。思わず手の中のビニールをくしゃりと握りつぶした。
「……あ、ああああ、あの……!?」
「うん。だから、どこにあったノ?」
「あの、いえ、その……す、すみませ、いえその、申し訳ありませ――」
「ワタシにそういうの良いからサ。なンか良い匂いするしさァ? 何、してたノ?」
どうしよう。……食べていた物はもうないし、とぼけてしまえば――
その時、テスラの目に少女が手にしていたものが目に映った。手の中に隠すように、彼女は小さな小さな、パンの欠片を持っていた。良く見れば、その少女は荷物の時にも助けてくれた赤髪の子だった。
「あの……僕……」
「ひもじいのなくなったンなら、良いけどサ」
「よ、よくはないかも! あの! 僕、僕……テスラ、です。あの、あなたは? 名前、まだ、知らなくて」
「ウン? ……あんた、変わってンね。ワタシはラキだヨ」
「ラキ……、その、ありがとう。ご飯、分けてくれようとしたんだ……よね?」
「ああ、あんた要領わっるいからさァ。ロコツに飯抜かれたのに、文句も言わないシ。こっそりあんたの分、とっといたんだヨ」
良い子だ……! 自分だって、別にお腹いっぱい食べれてるわけじゃないのに! 僕の分まで……すごい、良い子だ!
つっかえながら「ありがとう」と告げると、にかっと笑って「良いってことサ!」と手にしたパンを自分の口に放り込んだ。証拠隠滅らしい。
それから、少しだけ叱られた。遠慮なんてしてたら餓死しちまうヨ! って。
「テスラ、愚図だし、力もないしサ、そりゃ、仕事ぜんっぜん出来ないけどサ」
「うん、ええと、はい……ごめんなさい……」
「でもサ! 働いてンだから、飯は食いなヨ! 少ないって文句言わないと、どんどん減らされていっちまうヨ!」
「う、うん……」
「そんでサ、これ、何?」
「これ?」
「うん。この、四角いノ」
……うん。パソコンだね。てか、見えてたのか。
「それにサ、その手にあるのも。何? なんか、綺麗ダ。ガラス?」
「あ、ううん。これはビニールで、ゴミ……あ、このゴミどうしよう。ゴミ箱……」
その時ふと、画面の上のゴミ箱が目に入った。この中に捨てられたら便利なのになぁ。と、出来心で手にしたゴミでゴミ箱アイコンにそっと触れた。消えた。ゴミが。……ゴミが消えた!?!?
「えっ、消えた!?」
「消えた……ねェ? 吸い込まれたみたいだったヨ?」
「じゃ、じゃあひょっとしてこの中に――」
ととん、とディスプレイのゴミ箱をタップすれば、そこが開いた。そしてその中に入っていた――「ビニールゴミ」って。
「えっ、じゃあひょっとしてこれも?」
入った。「ペットボトル(空)」だって。わぁ。あ、ついでにダンボールも。うん、入った。「ダンボール(小)」。
すごい、このパソコンのゴミ箱機能……!!!
そしてゴミ箱を空にすれば中身も空になった。すごい!
感動しつつ、通販サイトを立ち上げてさっきと同じようにあんパンを購入した。……お茶はいいか。
購入するとさっき同様箱が目の前に現れた。受け取り、箱を開けて中身を取り出す。ダンボールはささっとゴミ箱に。
「はい、どうぞ」
「……ン? なに、これ?」
「パンだよ。甘いよ」
「甘い? パンが?」
「えっとねぇ、こうやって開けるの」
バリバリとビニール袋を破って中身を半分外に出して手渡した。ぽかん、とした顔のラキを促すと、パクリと一口――後はもう、ぐわっと見開いた目を閉じることなく、一気にもぐもぐ食べ出した。
「……はぁァ……なにコレ……うまァ……」
「うん。美味いよね、あんパン」
「こんな美味いの、初めて食べたヨ。テスラ、凄いんだナ。魔法使いだったのカ?」
「違うんだけど、えーっと、お金を払って買い物したの。この箱で。もっとも、もうお金ほとんどないんだけど」
「そうなのかァ……えっ、なのに、ワタシなんかにくれて良かったのカ?」
「うん。ラキは僕を助けてくれたし、助けようとしてくれたし。お礼」
「そんなァ。こんないいモンもらっちゃったら、もっと助けなくちゃいけなくなるだロ!?」
笑う彼女の手からゴミを受けとろうとすると、彼女はそっとその手を避けた。綺麗だかラ、これ、とっておくんダ!って。……ゴミだよ?
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