二話
そこは秋田の地。
この地では、自然が人を愛で、人が自然を崇めるている。
人々は見えない神の存在を、大いなる自然を通じて感じ取っている。
人は祈りを捧げ、許されながら生きている。
この地には圧倒的なまでに美しい自然があった。
人々は祈る。
『どうか田畑に豊穣という光を齎してください…』
『どうか濁りのない水をお与えてください…』
『どうか大地が震える前に猶予をお与えてください…』
『どうか動物達の力をお与えてください…』
『どうか豊漁を齎してください…』
『どうか冬を越せぬ母に満開の桜をみせてください…』
と。
すると。
大館能代に舞い降りた太陽の子達は、お土産として金の稲穂を差し出した。
ニテコの清水のような澄んだ水が井戸から湧き出した。
地鳴りが天女の声となり、横手盆地が空に浮遊した。
出羽富士よりも高い空を鯨が泳ぎ、人々を乗せ運んだ。
男鹿半島の身近い海の海中に城下町が現われ大漁となった。
大雪にも拘らず、角館の桜が満開となった。
秋田の自然は太古の昔、現世の創々主である神が創生した。
神は自然を創り終えた後、最後に秋田の人々を創生した。
そして神は人に次のように忠告した。
【人の身魂は自然からの借り物なのだ】と。
【人が自然に対し決して驕り高ぶるな】とも。
人は恐れ多くも神と契約した。そして言う。
『命尽きし時、身魂は秋田の自然へと還します』と。
『我らは祈り崇めます。どうか我らに自然の慈悲をお与えください』とも。
すると人の前から神が消えた。
人々の目の前に 美の国あきた という自然が現われた。
慈悲深い自然は人を愛でていた。人は祈ることで安寧を享受していた。
秋田の地では暫くは、自然と人は善い関係を続けていた。
人は自然に従順であった。
が、しかし。
ある時、神は憤怒した。
【欲にまみれた祈りが多すぎる】と。
【人の祈りがいつの間にか欲に溢れるようになった】とも。
秋田に住まう民は、知らず知らずのうちに契約を破っていた。人々は焦った。
鉄と鉛で出来た巨大な稲穂を背負い、白神の山に登り贖罪を果たそうとした。
しかしそれは無駄だった。そして自然は人を愛でることを止めた。
自然は人に牙をむいた。
太陽の子らは自身の細胞核を分裂させ、田畑を黒く染めた。
井戸からは汚水が溢れ、腐った水を飲んだ子どもが大勢死んだ。
空に浮遊している大地が落ち、大地震や大津波で多くの人が行方不明となった。
空から舞い降りた鯨が、人を飲み込み殺した。
海中の城下町は廃墟となり、人々は藻屑となり死んだ。
桜の花弁はどす黒い血雪へと変わり、地を覆いつくした。
何よりも、稲穂が毒を持った大鎌へと変貌し、人々の首を刎ねた。
多くの人が死んだ。
死人の身は、腐敗したが地に拒絶され、自然に還れぬまま屑となった。
死人の魂は、来世へと還ることが叶わず世に溢れさまよい、
屑と
残った人々も飢え、苦しみ、死に恐怖した。
人々は自分達が大罪を起こしていたということにようやく気付いた。
後悔した。嘆き後悔した。ひどく後悔した。
が、あまりにも遅すぎた。
最後、残された人々は祈った。
もうどうしようもないと分かってはいたが、祈りを一つにした。
皮肉にも人の数が減ったことで、祈りを一つに束ねることが出来た。
再び、人々の前に神が現われ言った。
【祈りを束ねることが必要だ】と。
【汝らには永遠の犠牲者が必要だ】とも。
人は恐れながら言った。
『永遠の祈り子を捧げます』と。
『どうか、どうか我らにもう一度、自然の慈悲をお与えください』とも。
そして、神が眩い光を放ち、人の前から消えた。
人々の目の前に 美の国あきた という自然が再び現われた。
それを見た人々はようやく安堵した。もう二度と同じ過ちは犯すまいと心に刻んだ。自然を崇め奉ろうと、決して祈りを乱すまいと。
現われた自然の中に一段と際立つ木々があった。満開の桜並木だ。
だが、一本だけ異様な咲き方をしている木がある。絢爛な咲き方ではあるが、花の色はまるで血の色。枝から零れる花々は、勢いよく躯体から飛び散た血しぶきのように咲いている。地に落ちた花弁は、乾いた血のようにどす黒い。
その桜木の下には一人の赤子がいた。
赤子は血に染まっていた。
千秋が万斛。
ここは秋田の国、別名美の国あきた。
空から鯨が下って来る。
鯨の後ろには客車が引かれており、車窓から一人の女性の顔が見えている。
その彼女から、話は始まる。
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