【22】果たせなかった夢

――深夜。

第三王子レオカディオは、王宮内の自室のベッドに寝転んで天井を睨みつけていた。

「……はぁ、まったく。俺は何をやっているんだか」


レオカディオがヴィオラ夫人を呼び止めたのは、きちんと謝罪をするためだった。彼女の騎士エデン・アーヴィスを死なせることになったのは、自分が不甲斐なかったせいだ――謝っても死者が帰ってこないことくらい分かっているが、それでも謝らずにいられなかった。


「謝罪の上で、エデンが彼女に告げずに終わった『想い』を代わりに伝えてやろうと思った。そうすることがエデンへの、俺なりの誠意だと思っていたんだが……」


結果として、ヴィオラ夫人を激怒させることになってしまった。


「ったく、俺って奴は。どうにも他人の気持ちが分からなくて困る」


よくよく考えてみれば、死んだエデンの恋心など伝えられたら、ヴィオラ夫人が困惑するに決まっている。


傑出した魔法の才を持って生まれたレオカディオだが、他人の気持ちを推し量るのが非常に苦手だ。相手の気持ちがよく分からない。能力的な偏りは自覚できているが、どこをどう直せばちょうど良くなるのかいまいち分からない――だからこの世は生きづらい。


「エデン、お前がいないと寂しいよ。生まれて初めてできた『友達ライバル』だったのにな……」


絞り出すように、レオカディオはつぶやいた。


「王子としての役割とか魔法の才能とか、そんなの正直、どうでもいいんだ。常識とか良識とかも、ほとんど全部興味ない。……でも、お前に負けると悔しかったし、お前と一緒に訓練するのは楽しかった。お前と絡むと、自分の気持ちがすごく動いて『生きてる心地』がしたんだ。……なのに、死なせちまった。すまない」


竜伐隊時代のことを、レオカディオは思い返していた――。


   ***


持って生まれた魔法の才と、この国で最も尊い血筋。レオカディオは、生まれたときからその2つを与えられていた。


災禍の竜が出現したのは、レオカディオが十代半ばのころ。国中の武芸者と魔法使いが召集されて王国騎士団竜伐隊として編成され、訓練を経て竜討伐へと投入されていった。レオカディオは王子ゆえに召集免除されていたが、自分の意思で部隊に加わることとした。


「父上、私も戦わせてください。王家で唯一魔法の使い手である私が戦わなければ、王家の沽券にかかわります。私はこの国を救うべく身を捧げます――結果死ぬとしても本望です」

……というお綺麗な大義名分を並べ立ててみたが、レオカディオの本音は違った。不謹慎だと承知しつつも、彼は窮屈な宮廷生活に飽き飽きしていたのだ。


魔法の才能を活かして派手に暴れてみたい。事前調査によれば自分は『稀代の魔力量を誇る天才』だそうだから――それで死ぬなら死ぬで良い。


そんなふうに考える自分は、頭のおかしい奴なのだろう。生きるも死ぬも、勝つも負けるも他人事。心に感情の火が灯らない自分は、どうしようもない出来損ないなのだと思った。


そんな矢先、竜伐隊の訓練時代にエデン・アーヴィスと出会った。


レオカディオはこれまで、自分より強力な魔法を扱える人間に会ったことがなかった。だが、レオカディオはエデンに負けた。魔法訓練の際に完膚なきまでに叩きのめされ、生まれて初めて「悔しい」と思った。


「おいお前……! なんだその強さは。俺ともう一度勝負しろ!!」

 レオカディオはエデンにしつこく絡んだが、エデンはまったく彼を相手にしなかった。


「お言葉ですがレオカディオ殿下。殿下は模擬戦をする以前に、基礎的な身体訓練を課した方がよろしいかと思います。魔法だけに頼っていては、おそらく災禍の竜を前にしても早死にするだけです」


真顔でそんなことを言われて、本当に悔しかった。だからその日から、レオカディオは必死に訓練を行った。一方的にエデンをライバル視して、事あるごとに絡んでいた――しかしエデンはレオカディオには構わず、ひたすら訓練を続けていた。


圧倒的な魔法の才に恵まれていながらもエデンは日々淡々と鍛錬を積み、実戦に出てからもすさまじい勢いで戦功を立てていった。だからレオカディオは、エデンに尋ねた。


「ずいぶんと命知らずな戦い方をするが。お前、そんなに戦うのが好きなのか?」

――どうせ「国の為」とか「故郷の為」とか、そういう小綺麗な答えが返ってくるんだろうな、とレオカディオは予想していた。だが、エデンの答えは違う。


「俺は早く帰りたいだけだ」

「は?」


エデンは生真面目な奴だ。だから、尋ねれば全部バカ正直に教えてくれた。


「少しでも早く故郷に帰りたいから、さっさと全部片づけたいんだ。ヴィオラ様がノイリス家にいられる時間は、もうあまり長くないだろうから」

「どういうことだ?」


ヴィオラ様というのは、エデンが仕える主人の名前だ。


「ヴィオラ様はいつか他家へ嫁いでしまうから――それまでのわずかな期間だけでも、護衛騎士として支えたいんだ。それに被害がノイリス領に及ぶ前に、早く倒して戻らないと。ヴィオラ様はご家族や領民のためなら、どんなにつらくても我慢してしまうから。俺が守らないと」


なんてささやかな願望なんだ……。と、レオカディオは呆れていた。

「ははっ。バカだな、お前!」

「……馬鹿だと?」

眉をひそめるエデンに言った。


「竜を殺した者には、国王父上が褒賞をお与えになるんだぞ? 竜を殺すつもりなら、褒賞で『爵位が欲しい』と言えばいい。きっと伯爵位くらいは貰えるから、ノイリス家と対等だ。ヴィオラ嬢に求婚しろよ」


「――求婚!?」


エデンにとっては、思いも寄らないことだったらしい。耳まで真っ赤になって目を輝かせながら、視線をうろつかせているエデンの姿はおもしろかった。


「ガキかよお前。喜び過ぎだ」

「お、俺は喜んでなんか! ……だが、そうか。爵位があれば……。求婚も……」


なんだよ、こいつどこまで純真なんだよ……と呆れつつ、レオカディオはエデンのことを気に入っていた。エデンをからかったりライバル視したりしながらも戦禍の日々を戦い抜いて、いつしか部隊最強の二人と呼ばれるまでになった。


――だが、エデンは死んでしまった。俺をかばって重傷を負い、最後は竜と相討ちで死んだんだ。



災禍の竜が討ち取られ、この国は復興に向かい始めた。

今の平和はエデンのおかげなのに、エデン自身の夢は叶わない。愛する人に、想いを伝えることさえできないなんて。そんなのは、あまりに不憫だ。


国王はノイリス家に褒賞を与えた。褒賞にはヴィオラ嬢の縁談も含まれており、『ヴィオラ嬢を第三王子妃レオカディオの妻としてはどうか?』という案も浮上していた。だがレオカディオは断固拒否した。


――エデンが恋していた女性を、俺が横からかすめ取るなんて御免だ。


結果としてヴィオラ嬢は、ルシウス・クラーヴァル公爵のもとへと嫁いでいった。


   ◆


竜亡きあとに王国騎士団竜伐隊は解散され、今のレオカディオは魔導庁の長官職を預かっている。

竜に汚染された『灼血土』の活用法を模索していた矢先、六領同盟なる組織によって灼血土から魔塩を作る方法が報告され――しかも、その考案者がヴィオラだと知った。


レオカディオは、ヴィオラと会って話してみたかった。


だから魔塩の件にかこつけて宮廷に呼び出し、無理やり茶会の席を開いた。エデンを死なせてしまったことを謝罪して、彼が告げられなかった想いをヴィオラに告げてやろうと思った。その結果――



『黙れレオ!! 余計なことを言うな! お前に何の筋合いがある!?」



声を荒らげたヴィオラの姿を思い出し、ヴィクターは困惑していた。

「それにしても、ヴィオラ夫人のあの怒り方……やたらとエデンに似ていたな。主従だからか……?」


それにしても『レオ』だとか『お前』とか。いきなり口調が変わったのはなぜだろう。ヴィオラの姿に、はっきりとエデンが重なって見えた。


「まるでエデンが乗り移ったみたいだった。……まさかな」

ふふ、と小さい笑みを漏らしたそのとき。


――すとっ。


という微かな物音が、バルコニーの外から聞こえた。

硝子戸の外に、人の気配がする。



レオカディオは剣を取り、窓辺に近寄った。カーテンの隙間をそっと覗き見る。

満月を背負って、誰かがバルコニーに立っていた。


ルームドレス姿の若い女性だ。

長い黒髪は目を引く色でもないはずだが、凛とした佇まいに釘付けになった。

ほっそりとした小柄な体躯に美しい顔立ち、紫の瞳が印象的な………………。


「ヴィオラ夫人!?」

来訪者の正体がヴィオラだと気付き、レオカディオは硝子戸を開いた。

「こんな夜分にどうした!? いや、そもそもどうやって王城内に――」


「レオ、危急の件だ」

ヴィオラの表情と声音の鋭さに、レオカディオは息を呑んだ。今の彼女の態度はまるで、エデンそのものだったから……。



「ここまでは東街区89番通り廃商店の地下倉庫に通じる通路を利用してきた。ともかく、俺の話を聞いてくれ」

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