【18】護衛騎士と爵位


「さあ、お茶にしようかヴィオラ夫人」


宮廷の中庭に茶会の席を用意させ、レオカディオ第三王子殿下は私をそこに導いた。手ずからガーデンチェアを引いて私を座らせ、殿下も対面に腰を下ろす。


ルシウス様とともに帰る途中で、まさか第三王子殿下から『二人きりのお茶会』を命じられるなんて……。殿下の美貌は微笑しているようにも真顔のようにも見えて、何を考えているのかいまいちよく分からない。


――ねぇ、エデン。殿下はなぜ私を呼びつけたのかしら?

と、心の中のエデンに意見を求めてみた。


(すみませんが、俺にもさっぱり分かりません)

――え? でも、竜伐隊時代のご友人なんでしょう?


エデンは口をつぐんで考え込んでいたけれど、結局答えは出なかったようだ。

(……レオの考えることは、今も昔もよく分かりません。本人に直接聞いてみてはいかがですか? 彼は公の場面を除いてマナーをまったく気にしないので、単刀直入に聞いた方が早いです)


――それじゃあ……。

「あの……殿下、なぜ私をお引き留めになったのですか?」

「ん?」


配偶者と並んで帰路につく途中で、半ば強引に妻だけが呼び出されるなんて。こんなのは普通ではない。


しかし、殿下は小首をかしげてふしぎそうな顔をしていた。

「ルシウスと一緒に帰りたかったのかい? あまり夫婦仲が良さそうには見えないし、俺が割り込んでも問題ないかと思ったんだが。個人的に、俺はあなたと話をしたかったんだ」


殿下の一人称が、「私」から「俺」に変わっていた。公私で口調を変えるタイプの人らしい。


私は、居住まいを正して尋ねた。

「レオカディオ殿下は、魔塩に関することをお聞きになりたいのですか? でしたら先ほどすべてお伝えしましたし、今後魔塩に関することは六領同盟を介していただきたく存じます」

「いや。魔塩のことじゃない」


快晴の空のような殿下の碧眼が、私を見ている。

「俺は前から、あなたと話がしてみたかった」

「前から……?」


「ああ。エデン・アーヴィスが生きていた頃から、かな。あなたも知っていると思うが、俺は王国騎士団竜伐隊に所属していた――エデンはその頃の仲間だ。当時のエデンが口癖のように『ヴィオラ様はすばらしい主人だ』と言っていたから、どんな女性なのか関心があったんだよ」


――エデン……私の話をしていたの?

と、心の中のエデンに問いかけたけれど、彼は返事をしてくれなかった。どこか気まずそうに、押し黙っている。


一方の殿下は、遠い昔を懐かしむような表情で紅茶を飲んでいた。


「本当に、あの日々が懐かしいな。死に物狂いで訓練するのも、瘴気から湧いた魔物を倒すのも、災禍の竜と対決するのも命懸けだった。だがやっぱり、俺はあのころが一番『生きてる』って感じがして幸せだったな。俺はエデンをとても気に入っていたよ。面白くてな、あいつ……見てて退屈しなかった」


殿下は口元に淡い笑みを浮かべて、去りし日を愛おしむような、失った日々を寂しがるような複雑な表情をしている。


「エデンと親しくしてくださっていたんですね」

「俺は親しいつもりだったよ。だが、あいつはやたらと他人行儀だった。だから『友としてふるまえ』と命じたんだ……妙な話だろう?」


レオカディオ殿下は淡く笑っている。でも、やはりその表情はどこか寂しげだ。


「あいつは隊の中でも群を抜いて強かった……俺なんかよりよほどな。狩り殺した魔物の数も、切り落とした災禍の竜の首の数もあいつが一番だ。いつもいつも率先して、危険を顧みずに切り込んでいく。俺は昔エデンに聞いたんだよ、『そんなに戦うのが好きなのか?』って。だが、あいつの答えは意外だった――『少しでも早く故郷に帰りたいから、さっさと全部片付けたいんだ』と言ってきた」


(……やめろ、レオ)

心の中のエデンが、殿下を遮ろうとする。しかし殿下に聞こえるはずもなく、話はさらに続いていった。

しかし殿下は不意に口をつぐみ、大きな悲しみの色を浮かべた。


――どうしたのかしら。

次の瞬間、殿下は私に頭を下げてきた。


「!? あの、殿下? 頭をお上げください……!」

「実は『ふたりきりで話をしたい』と言ったのは、あなたに謝罪をするためなんだ。……エデンが死んだのは、


――え?


「災禍の竜との戦いの際、エデンは俺を庇おうとした。だから隙ができて、死んだ」


ひどく沈痛な表情で、殿下はそんなことを言う。

まったく、想像もしなかった言葉だ。


「災禍の竜の8つの頭のうち、7つはすでに切り落としていた。しかし最後の一つの頭に、エデンは食らいつかれた……俺の身代わりになったんだ。俺を庇ったりしなければ、あいつは生きてあなたのところに帰っていたに違いない」


本当に、すまない――。と、顔が見えないほど深く、殿下は頭を下げている。


私は。

私は、どう返事をすればいいの?

たしかに、エデンはすでに生きていないのかもしれない。

でも私の心の中で、今も一緒に同居している。

殿下の謝罪をどう受け止めたらいいか……私には分からない。



呆然と俯く私に、なおも殿下は言葉をつづけた。


「あいつは、竜を狩ることに心血を注いでいた。竜殺しの褒賞として、爵位を望むつもりだったんだ」


エデンが爵位を望んでいた? そんなのは、初耳だ。

幼いころから一緒に過ごしてきたけれど、エデンには出世を目指す素振りはなかった。

魔法の才能を活かせば富も名誉も手に入るはずなのに、彼はノイリス家の騎士として、片田舎にとどまりたがっていたんだもの。



――爵位を賜るつもりだったの? エデン。

と、心の中のエデンに尋ねてみたけれど、エデンはなぜか答えてくれなかった。





「エデンは爵位を得て、あなたに求婚するつもりだった」



――!?


私は耳を疑って、顔をあげて殿下を見つめた。殿下の悲しそうな瞳に出会う。

「エデンはあなたを愛していたんだ」

もう一度、殿下は言った。


「しかし身分の低い自分には愛を請う資格がないと、最初あいつは諦めていた。『せめて一秒でも早く故郷に戻り、護衛騎士としてヴィオラ様を支えたい』と言っていた。だから俺は、あいつに言ったんだ――竜を殺して、その手柄で爵位を得ればいいじゃないか、と。エデンは目を輝かせ、俺の提案を受け入れていた」


「黙れレオ!!」


雷のように鋭い怒声が、『私』の口からほとばしっていた。『私』はバン! とテーブルを叩き、荒々しく立ち上がっていた。

……これは私の意志ではない。いつの間にかエデンに、体を乗っ取られてしまった。怒りに任せてエデンが叫ぶ。

「余計なことを言うな! お前に何の筋合いがある!?」


虚を突かれた様子で、レオカディオ殿下がこちらを見ている。

「……夫人?」


「終わった夢を他人に暴かれるほど、不快なことはない! それに、死者の想いを生者に打ち明けてどうするんだ!? ただ迷惑なだけじゃないか! どうしてお前ってやつは、いつも独善的なんだ!!」

エデンは怒っていた。わなわなと震える声で、ひたすら殿下を罵倒し続ける。


ひとしきり叫び終えてから、エデンはハッと口を押さえた。体を乗っ取っていたことに、ようやく気づいたらしい。


「……っ、」

エデンは、ひどく困惑していた。レオカディオ殿下の視線を恐れるように背を向けると、そのまま走り出してしまった。

「おい、待ってくれヴィオラ夫人!」



居たたまれない様子で、エデンは中庭から駆け去っていった。

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