第7話

 人を殺すことと魔物を殺すことに大きな差はあるのだろうか。


 という命題の討論をしている上層部を見たことがある。会議中の事だ。

 彼らの中には、否定的な人間もいた。魔物はあくまで魔物であり、人間を人間足らしめる自我がないと主張しては、人が殺されてならないのは、その知能と自我が自信を人間であると主張してやまないからだと。


 だがやはり、組織という物は多種多様な人間がいなければ成立せず、この命題に肯定的な人間もいた。

 肯定派の連中は、口をそろえてこう言った。


 魔法少女も、魔物と変わらないと。


 上層部自らが少女に魔法少女という立場、権限、能力を貸し、そうすることによって魔法少女には魔物と戦わなくてはならないという義務が発生するのだと。


 実際のところ、そんな義務は法の制限下にある日本においては存在できない。

 命を投げうってまで民のために戦いましょう、それが義務です。なんて話、おそらく誰も聞きたがらない。


 だが、魔法少女は違う。彼女らは、上層部の命令を聞くしかない。そもそも彼女らは、厳密には人間ですらない。


 いつからだろうか。上層部の都合の悪い人間が、魔物によって相次いで殺されるという事件が起き始めたのは。


 殺されたのは決まって、魔法少女を人間に数える命題否定派の連中だ。その筆頭だった統括協会の会長の弟も最終的には魔物によって不審死を遂げた。


 だが、ことの真相は違う。


 魔物を、自我と知能のない、魔力によって異能を得た影だと定義していた否定派からしたら、それらは自らの思想が恨むべきものだったとすら思えるような絶望だったのだろう。


 彼らを殺したのは、魔物ではない。同業者だった。


 つまり、魔法少女本人だ。


 ***


 影が辺りを飲み込んだ。もうすでにこの辺りを外から観測することは不可能に近いだろう。ハエからの魔力の供給がなくても、生きて帰れるだろうか。一瞬過ぎった考えはすぐに霧散した。


 綺麗に勝とうとしないのならば、自分が死ぬことはない。


 既に立証されてしまった最悪の現実から想定できる、これからこの都市にやってくるであろう災害は、未然に阻止できるものではない。

 おそらくは、レベル4以上がわらわらと集まっては、地方から都市部にやってくる際に起きる大名行列のように、都市部からその中心までを破壊して回る。


 そうなってしまえば、私のような集団掃討において全くの無力な人間は、もはやどうすることもできない。


 なるべく早い段階から時間を稼ぎ、敵の数を減らして、他の魔法少女らの負担を軽減する。それが私にできる最善の事だ。


 つまり、できる限り早く終わらせてリリスに連絡を取り、列強へと通達してもらう。地方に散っている列強を集めて、最大戦力でどうにかしなければ、最悪の場合東京が地方のそれと同じく消滅する。


 それだけはどうしても避けたい。


「統括協会と共倒れなんて、絶対にごめんだからな」


 四方から影が迫ってくるのを感じて、目を閉じた。次に目を開ける時に、全てが終わっていればどれだけ幸せか。


 だが、そんなこと起きているはずがない。

 召喚した、魔物と同数以上の使役物ペットが私を中心に敵を私に近づけまいとしている。


 こいつらは、私以外のすべてを等しく蹂躙する。

 レベル4の魔物たちだ。


 対して相手にしているのは、レベル4の魔物らが同時に二匹まで相手にできていることを考えると、高くても4、そのままなら3程度がいいところだろう。


 だとしてもその数だ。100は優に超えている。もし私より先に一般人がここを通り、こいつらを呼び出してしまっていたら。


 その混乱に乗じて組織化された影が一気に都市部へとせめて来たら。


 対処の仕様がなく、本部もろとも東京が陥落していた。


「お前らを使役しているやつはどこにいる」

「ギィァ、ア、」


 聞いたところで、答えが返ってくるわけではないことはわかっている。一種の挑発だ。こいつらに命令を下した後すぐになりを潜めたであろう別の魔物に対する、わかりやすい挑発でしかない。


 ハエはいない。魔力がなくなれば、私が使役している今現在この場にいる120の魔物と、敵である100の魔物が全て敵に代わることになる。


 なるべく私自身が魔法を使うのは避けたい。


「——ウゥ、」


 ハウンドが猿型の魔物の首にかみつく。外から見れば、空間にぽっかりと穴が空いたみたいになっているのだろう。


「魔力感知」


 本来人目のある場所でやれば、あまりにも目立ってしまう魔法だ。だが生憎ここは深夜の国道の巨大な影の中。魔力消費量も大した量ではないから、常時展開していても問題はない。


 足元の影が紅く照らされた。瞳が紅く光っているのだ。まるで創作上の蜘蛛のような神秘的な光を放っている。


 人前でやれば一瞬でただの人間ではないと感付かれてしまうから、なかなか使う事のない魔法。込めた魔力の量によって正確に敵の位置を把握できるため、重宝している。ここに来るまでの間しばらく使っていたものと同じ魔法だ。


 だが、影が弱すぎると把握できなくなることもしばしばあるため、その辺りは使い方次第だろう。


「104、98、92」


 このままいけば、おそらく数分後には外に出られる。

 敵損失20に対して、こちら側の損失は2。


 余裕だ。


「影よ――」


 さらに20体追加する。多勢に無勢にするのだ。建造物すら見境なく破壊する魔物たちだが、私を狙う事はない。それに、建造物すら、魔物が構築したこの影の中においては存在しない。


 おそらく、敵自身私を多勢に無勢の罠にかけようとしたのだろう。


 だが生憎、私の使う魔法は、本来魔物のみが扱う事の出来る物とまったく同じだ。


 猿の魔物が影の中を縦横無尽に駆け回るが、跳躍したところをハウンドにかみつかれ、勢いのままに飛び去ってしまったがために足がちぎれてしまっていた。


「75」


 このままでは拉致が開かないと思ったのか、魔物の一部が動きをやめて影に戻ろうとしているのが見える。

 が、ハウンドは攻撃をやめない。敵の一人を残すことなく、影に戻ろうとしている猿の腕にかみつき、無理やり空間上に引き戻した。


「68」


 もはや加速度的に敵の数が減っている。猿の青黒い血が辺りに水たまりを作っている。

 手を伸ばし影に込める魔力を少しだけ増やした。


 目をつむる。ハウンドの肉を引きちぎる音と猿の断末魔が木霊する。

 深夜二時。光のない影の時間。魔物からすれば、人を殺すには絶交のタイミングだが、魔物同士となれば話は変わる。


「43、28、12、」


 そして、最後の一体がハウンドにかみつかれ、絶命した。


「終わりか、影よ戻れ——おつかれ、よくやった」


 既に影に戻っているハウンドに紛れて、一番よく懐いているハウンドが私の元へ伏せの体勢を取っていた。


「うぅ……?」


 その瞬間だった。


 この場に別の魔物が現れたことを告げる、けたたましいアラートが作動した。

 地面を裂くように影から大人三人分程度の大きさの人型の魔物が現れる。帽子のような物を目深に被り、洋服まで来ているような影だ。

 その姿はまるで、人間のそれと大して変わらない。


「何しに、ここに来タ」

「……ただの散歩だよ。そっちこそ、何しにここに来たの?」


 会話が通じるようで、影は悩む様子もなく即座に返事をする。


「大量の生存シグナルの消灯を確認したため、確認に参っタのだが、」


 晴れかかっていた影が徐々に濃くなっている。臨戦態勢なのか、あるいは、最初から殺すつもりでここに来たのか。

 影が、悩み喘ぐように続ける。


「たった一人で、あの数の影を殺したというのカ」

「練度がなかった。豆腐みたいな陣形だったよ」

「お前は、魔法少女……?」

「ご名答。私は魔法少女で、調査の一環でこの辺りを散歩してた。どう? 言ってることは理解できてる?」


 影が頷くのが見えた。どうやら、こちらの言っていることは理解できているらしい。

 だが、同時に不思議そうでもあった。


「——影が、濃い」


 魔物は、影を察知できる。対象物の影の濃さで、その対象の強さを推し測ることができるのだ。

 これは魔法少女や上層部が一般にレベルと呼んでいるものと同じで、影が濃ければ濃い程個体としての強さも変わる。


「お前は、魔法少女では、ない」

「……いや、厳密にはそうなんだけど、一応魔法少女なんだよね」


 影が困惑した声を上げた。


「違う、お前は、影。魔法少女でハ、」

「だから――」

「違う、お前は……!」


 このままではラチがあかない。

 手にしていた杖に魔力を込めた。


「お前は、なかマ。仲間」


 どれだけ光が薄かったとしても、どれだけ魔法少女として適正がなかったとしても、私は魔法少女がやりたかった。今ではそんなこと微塵も思っていないが、既にやめるわけにはいかないところまで来てしまっているのだ。


「——分類上は、ね」


 杖から魔力があふれる。念のため魔力を温存しておいてよかった。

 イレギュラーの出現は予期していなかったが、魔力が残っているのならば問題はない。


「とりあえず、私は一旦ここから離れなければならないから、しばらくの間眠ってて」


 放たれた魔力が敵の体を覆いつくしていく。


「……う、ウァァ、」


 人型の影は頭を押さえ苦悶の声を上げた。が、それは一瞬で収まってしまった。


「待って、なんで、」

「なぜ、魔法少女が、影の力を、使う」


 中途半端な使役になったり、あるいはその場で動かなくなってしまったり、そうした失敗例はこれまでいくつもあったが、そもそも影を振り払われてしまうという状況に遭遇したことはなかった。


 焦る気持ちを抑えて、一度冷静に考えてみる。


 既に一回目のアラートが鳴ってから時間が経ってしまっている。

 つまり、ここでもう一度影を呼び出してこいつにぶつけた場合、駆け付けた魔法少女たちを敵と認識して、攻撃してしまうかもしれない。


 しかし、ここでこいつ単体相手に魔法を駆使して戦ったところで、そもそも使役ができなかった。勝てるわけがない。


 ならどうすればいいか。


「……一旦逃げるか」


 影の中を飛ぶように走り、私はその場を離れようとした。

 だが、人型の影がそれを許さない。


「——サせない」


 私の前に回り込み、どこから取り出したのかわからない剣を私に向けていた。


「面倒だなっ」


 振り下ろした剣先が胸元にわずかに触れる。不思議と痛みはないが、影の侵食によって体内がその内ぼろぼろになってしまうだろう。


 さっさと逃げるか、この場でこいつを殺すかしないと、最悪命が危ない。


「話しタい」

「……話したら逃げしてくれるの?」


 影は相変わらず、私の行く先々に周りこんでいる。寸前のところで剣先をよけ何とかなっているが、数発でもあたってしまえば、こいつを殺せる確率も、こいつから逃げきれる確率もがくんと下がる。


「それはナい、お前は、魔法少女。なら、敵」

「でもさっきは仲間って、言ってたじゃん……!」


 影を照らすように青白い光を放つ。もはやなんて名前の魔法かは忘れたが、リリスが使ってるやつの超下位互換みたいな、糸の魔法だ。


 至近距離だったのだが、しかし、影には効いている様子がない。


「いや、殺さナイ。話しタイ、だけ……!」


 直後、カウンタ―に当てられた剣先が、私の杖を弾き飛ばした。影の手先から足元に岩の弾のような物が放たれる。翻り中空から杖を取り返しに行くが、空中では、体を思うように動かせない。


 すぐに影の剣が脇腹に突き刺さり、痛みに視界が歪む。


「——ッ、わかった、話すだけだな、」


 諦めて応じる以外に方法があるとは思えなかった。

 杖は手元になく、魔法をすぐに使うことはできない。

 この状況で他の魔法少女がここに来たとしても、私は足手まといにしかならない。それ以上に、こいつに人質に取られさえすれば誰も迂闊に動けなくなる。


「何を聞きたい」

「……その力、誰のものダ」

「誰のものかは覚えてない」


 わき腹から滔々と血が流れている。影の作ったモノだろうと、人の体を裂けるらしい。


「なら、お前は本当に魔法少女なのカ」

「そうだといってるだろ」

「言い方を、変える。お前は、影ではない、のカ」


 昨日のリリスの言葉が頭を過ぎる。

 その質問には、素直に肯定することができなかった。

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