第5話
裏表が激しいといわれたことがある。いつの事だったかは覚えてないけど、いろんな人にそういわれたような気がする。
例えばお母さんとか、友達とか。もうみんな会えないし、探そうにもどこにもいないけど。
そもそも裏表ってなんだろうといつも思う。人によって態度を変えることの何が悪いのか、わたしにはわからない。
それが人同士のかかわりをより楽にしてくれるのなら、わたしはよろこんで敵にもなる。あるいは、敵だと思っていた人の味方になることも厭わない。そういうつもりで生きてる。
だから、裏表が激しいことを否定してるみたいに言われることに少し疑問が残る。それの何が悪いのか、私にはわからない。
***
『シェーレという魔法少女から実名での友人登録申請が来ています』
部屋の隅で体育座りして天井を眺めていると、使い魔が突然現れた。呼んでもないのに出てくるのは、もう慣れた。用もないし呼ぶこともないから、勝手に出てきてくれるだけ楽でいい。
「承諾しといて」
『承りました』
いうと、すぐに虚空に消える。
昼間のレベル5の掃討の時、後ろで逃げていた魔法少女らがそうであったように。
影から生まれて、光を得るために生きている。魔物というのは、光を好むモノを好いては、その順に殺し捕食するらしい。レベルというのは魔物の持つ影の濃さであり、高ければ高い程影が濃い。つまり、それだけ光を吸収するということだ。
使い魔も元は魔物の一種だった。知能だけが高いレベル1の魔物だ。知能が高いからこそ、弱いことを自覚し、魔法少女の側に付いた。狡猾で高慢な魔物のとある種族。
ふと手元のスマホに視線だけを向けると、橘さんからメッセージが飛んできていた。
《投げやりに解散してごめん。さっき言ってたカフェは今ハエに調べさせてるから、他にやりたいこととかあればいつでも言ってね》
個チャが来るなんていつぶりだろうか。友達だった子たちはもうみんないないから、自分のプライベート用の端末はずっと充電がない状態を保っている。この前もらったこの魔法少女用の端末も、もらってからずっと時間を確認するくらいにしか使っていなかった。
《ありがとうございます!! お言葉に甘えて、ちょっと考えてみますね!》
とりあえず、追加してくれた橘さんに連絡を返す。
彼女は、魔物を使役することができる、いわば洗脳魔法を使う魔法少女だった。使い魔はハエで、浮遊する猫のような見た目をしている私の物より、影の印象が強い。
きっと彼女自身が影に近い存在なのだと思う。私と比べてずっと。
リリスさんは、確かうさぎだ。白いうさぎが使い魔の彼女は、おそらく私よりも光としての属性が強い。だからこそ影に狙われ、何度も死にかけているのだろう。
多分、橘さんは彼女の日向としての属性が強いことを知っているから、あの人を最初に戦場に出したのだと思う。
頭がキレて、その上魔法少女としての経験や力量も十分すぎるほどある。レベル5をほぼ単騎で倒しきるほどの知識と実力。
わたしには到底合わない相手だ。
《うん。私はそろそろ寝るから。また明日》
気付いたら、もう何分も前にそんな連絡が来ていた。通知音が怖くて、スマホから一切音が鳴らない設定にしているのを忘れていた。
《おやすみなさい!》
急いで返事を返す。もう寝てしまっているだろうか。まあ、仮に寝てしまっていても構わないのだけれど。
彼女がどれだけ寝ようが、使い魔がどれだけの間を休眠していようが、私が眠りに付ことは多分ない。
ちょっとだけ寝ることはあるとおもうけど、深い眠りにはつきたくないし、何よりつくことができない。そういう病気か、もしくはストレスだと思う。
朝起きた時に冷や汗にまみれていて、呼吸が荒く今にも死ぬ寸前といったあんな状況になっているのは嫌だ。
身近な誰かが死ぬところは見たくない。人なら誰しもが思ってそうな事だけど、一度も見たことがない人と、もう何回も見てきた人では、思い描ける状況の鮮明さが違う。
わたしの中で、もう何回彼らが死んだかわからない。
眠る度に夢に見るのだ。家族や友達が、体を引き裂かれて死んでいく様を。
自分の背中を裂いた魔物が、にやりと笑って口を開けているところを。故郷が魔物らに蹂躙されているのを、ただ茫然と眺めているだけだった魔法少女の姿を。
別に、だからといって魔法少女になったわけではない。あの時何もしなかった魔法少女を責める気持ちなんてないし、実際私が攻められたものでもない。
でも、ずっと恨んではいた。もしあの魔法少女たちが強くて、戦うことができていたら、私たちは助かったんじゃないかとたまに思う。
それからすぐに、被害孤児として
「ここなら魔物の被害は少ないよ」
と言っていた職員の声を今でも覚えている。
けど、それからすぐにその街にも魔物が出現した。
被害はなかった。ただ、私の記憶にあったにやりと笑う気色の悪いアイツらの姿が、より鮮明に脳に刻まれる事となった。
それからだった。寝る度にあの時を夢に見るようになったのは。
寝れなくなって、学校にも行かなくなった。人と付き合うのが怖くなって、外に出れなくなった。外に出る度に、誰かに言われている気がするのだ。
「あの子のせいで
って。
それを言うのは他人ではない。他の誰でもなく、わたし自身だ。
だから、私の中の意識を変えなければ、その声が止むことはない。わかっている。わかってはいたけど、初めての一歩を踏み出すことも、着地することも出来なかった。
先立つ金にしわがれて、気づけば、その日一日を生きることができなくなっていた。
今日は何日か。もう一度スマホに目線だけを落とす。
六月十四日。
私が魔法少女になったのは、丁度一週間前の事だった。
***
「お待たせしました!」
スマホを眺めていると、少し離れた場所から声がした。
誰だろうと思う暇もなく、走ってきた水瀬ちゃんと目が合う。白を基調としたワンピースに青い髪が印象深く、まるでどっかのお嬢様の様だった。
「ううん、待ってないよ。いこっか」
得に会話することもなかったから、すぐに歩き始めた。
彼女が行きたいといったカフェは本部のある東京の機能都市の方から少し離れたところにあるらしい。ここでの地名があっているかはわからないが、地図的には文京区辺り。
勝手な印象だが、水瀬ちゃんは人と話すのが好きなのだと思っていた。その印象とは裏腹に、常に必要なこと以外は何も話さない。
確かに昨日は休暇と特別手当に気分が高ぶっていたようだが、その効用も冷めたのか、今の彼女は心なしか、いつもより元気がない。
「何かあったの?」
聞いてみると、すぐに表情に華が戻った。何を考えているのかわからないというより、何も考えていないの方が正しいかもしれない。
「何もないですよ? あ、この辺来るの初めてなんですよね」
「そっか。私も普段はあんまり来ないかな。前は会議の帰りに寄ったりしてたけど最近は行ってなかったから」
そういえば、水瀬ちゃんの素性について私はまだ何も知らない。
普通の関係ならそんなものを交わす必要なんてないのだろうが、指導者と部下ならその限りではないというのが一般論だ。
「元からこの辺に住んでたの?」
「違いますよ。最近引っ越してきたんです」
「なるほどね。ここより都会な場所日本にないけど、どう? 住みやすい?」
我ながら雑談がへたくそだ。
転移してからの三年間、する前を含めたら約20年間ほとんど会話していなかったのが祟ってうまく話せている気がしない。
「住みやすいかどうかはちょっとわかんないんですけど……。あ、でも、家から出なくても生活できるのはいいなって思ってます!」
「その分お金はかかるけどね」
「それが立ち行かなくなったので魔法少女に……」
家から出なくても生活できるかどうかは、東京か地方かに限らずどこでもできそうなものだが。
「お金のために魔法少女に?」
「そうです。一番稼ぎがいい職業だと聞いたので、」
魔法少女には、一種の適正のような物がある。
相対する魔物の特徴に照らし合わせた時の有利属性のような物に、どれだけ近しい存在であるかの審査のような物だ。
影に対して耐性があり、希望とか未来とかいうキラキラしたモノをどれだけ信じているかみたいな感じだ。
うつ病の反対とでも思ってくれていれば間違いないだろう。
「怠惰な生活をしてたら生きていけなくなりかけちゃって、本部に頭を下げたら適正があるからリリスの下について現場に行けって言われたんです」
「不運だな」
確かに、生きるために魔法少女になるという決断をできるなら、少なからず適正があるかもしれない。
ちなみに私は、一切適正がなかった。
じゃあなんでこの仕事してるんだって話。
「そしたらリリスがあんな感じで、いろいろあってこうなったと」
「そうなんです」
大体わかったかもしれない。
彼女が引っ越してくる前のことはわからないし、踏み込むべきでもないだろうが、少なくとも彼女が魔法少女になった理由ならわかった。
「お金のために魔法少女になる子は割とたくさんいるけど、そういう子に限ってすぐに死んじゃうんだよね」
「半端な決意だからってことですか?」
「いや、お金を稼ぐ手段がまっとうな物じゃないから、本人もまっとうな精神状態じゃないことが多いの」
これは他の仕事にも言える。
魔物のいない元々の日本なら、自殺率において無職や分類不能職業の次に多いのが労務工程作業者だった。
彼らをまっとうな職業ではないといっているわけではなく、労働階級的に選んでそうしたわけではない職業の人間の方が恵まれた国においては不幸を抱えやすいという話だ。
つまり、死ぬ前の私の事だ。
「魔法少女ってよくネットで叩かれてるじゃん。知ってて魔法少女になるんだから既に血走った眼をしててもおかしくないよ」
「わたしは。……ずっと普通ですよ」
「だといいんだけど。数か月も人が死ぬところを見てると、誰でも嫌になる物だよ」
ましてやそこにいわれのない悪口までついてくるとなると、死にたくなる気持ちもわからなくない。
「……そんなの、たった一回見ただけでも、嫌になる物ですよ」
水瀬ちゃんが俯きがちにそういうと、そこから閉ざした口が開くことはなかった。
***
結局カフェに付いたのは昼を過ぎたころだった。
どっかの誰か。もとい私が道に迷って、五分で着くはずのところを30分かけてしまった。アホでしかない。
私がいた世界とは別の日本だというのに、ちょっと地形が似ているからって同じものだと考えて地図無しで歩くなんて、数十年前の記憶を頼りに樹海を歩くような物だ。
「……このパフェ、大きいというより、山ですね」
呆れたような声を出した水瀬ちゃんの顔は見えない。
俯いているのでも、近くにいないのでもない。
目の前にあるパフェの入ったグラスで顔が見えないのだ。
「これ、トロフィーかなんかに乗っかってるんですか?」
「……50センチはあるね」
中年の胃には応える。いや、今は10代の少女なのか。
中年だった価値観には応える、の方が正しい。
いや、別に中年では無いのか。32歳。
とりあえず、見ただけで胃が持たれそうなほどに巨大なトロフィーパフェがそこにはあった。
「念のため一個にしといてよかったね」
「ほんとにそうです。大きいにしても限度ってものがあるじゃないですか」
パフェ越しにパフェの悪口を言う中高生の少女二人というのも状況としては面白いのではないだろうか。
パフェの気持ちになれば気が気ではないが。
「……誰か呼べる人いないんですか」
「リリスくらいしか……」
「もうリリスさんでいいです」
「う、うん」
流石に二人では食べきれないらしい。私もこれを完食出来ている未来が見えなかった。
手元に目を落とし、リリスにメッセージを打つ。
めんどくさがりな彼女だが、流石に今日は休暇を取っていたらしく、二つ返事で応じてくれた。
巨大パフェを食べ終わったのは、それから1時間後の事だった。
それと同時にハエのシグナルが消えたことを表す通知が入った。
スマホに目を落とし、シグナルロストの位置を特定する。ハエはどうやら、影の中に入ったようだった。
「近いうちに、大きな仕事があると思う」
私がそういうと、リリスが怪訝そうな顔で言った。
「アンタほど使い魔を酷使させてる魔法少女もなかなかいないわよね」
「しょうがないよ。影に入るなら、生身の人間よりハエの方が余程適してるんだから」
「それで言ったらアンタも影から出てきたみたいなもんだけどね」
意味深なことをいうリリスに、水瀬ちゃんが不安げな顔をする。
「……そんなの今更だよ。私は所詮、ただの人擬きだから」
***
起伏のない話で申し訳ありません。
星やハートなど、励みになります。ありがとうございます。
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