第4話
「——それで、
「……そのように記憶しています」
慇懃な所作で答える赤髪。もといリリス。
真名をアマリリスというのだが、最早誰もそのことを覚えていない。
「敵前逃亡は許さない、というのがうちらの前線における規則だといっていたはずだが、なぜ危険を冒してまで少数精鋭で戦った」
「……現場において、足手まといとなりうる数人を逃がしてから応援を呼んだ方が、撃破率が高いと考えました」
華奢かつちんまりとした見た目とは相反するような威圧感。
列強二位の金髪の魔法少女。魔法少女としての名前は確か、スイセンだった。
最後にあったのは二年前だ。列強の中でも一、二を争うくらいには会話が通じない。
自分の中にある正義を集団の正義だと信じているタイプの、他の意見は絶対に聞き入れない頑固なやつだ。
「敵を前にして下位の魔法少女らを逃がした、これが意味するのが何かお前にわかるか?」
「……いいえ、皆目見当もつきません」
「なら、シェーレ、お前ならわかるだろう」
急に矛先が自分に向いて、思わず変な声を上げそうになった。
元々招待されているからこの場に来ただけで、叱られるために来たわけじゃない。
適当にやり過ごしたい。
「……敵前において逃げてもよいという意識を植え付ける事となります」
「そう。
「……申し訳、」
「謝罪を求めているわけではない」
ならなんで攻めたんだよ、というツッコミは置いといて。スイセン――セリカは本当にそう思ってる。
彼女は謝罪や詫びといった形式的な物を嫌う。はっきり言えば意味がないからだ。
謝罪をすれば罪が消えるわけではない。お詫びの品を渡せば何かが帳消しになるわけではない。
彼女の場合、二度目はないという確証が欲しいのだ。
「……まあいい。私も前線にはしばらく出ていない。こんなことでお前を責める資格はないだろう。問題はお前だシェーレ」
セリカが刺すような視線を向けてくる。
「なぜ、三年間も音信不通だった」
「……会いたくなかったからです。皆様方に」
「だから、それはなぜだと聞いている」
いつもこれだ。永遠になんでなんでと聞いてくるやつ。反論できるところが見つかるまでずっと質問を繰り返す。
「強いて言うのなら、面倒事を頼まれたくないからです」
「面倒事か」
反論されると思ったのだが、案外そうでもないらしい。
「まあ、列強はお前を買っている。今回のレベル5も、お前がほぼ単独で対処に当たったとこいつから聞いているからな」
現場の指揮を執ったのは自分だといったが、相手にしたのは私だと話したらしい。
罪だけを背負って手柄は私に譲るとは。成長したじゃないか。
「その上でお前個人にする依頼なら、面倒くさいものが多くなるのもしょうがないことだな」
セリカの方も、私の知っている彼女より何倍も話しやすくなっている。前は一言目に文句を言い、二言目にはキレていた。それに比べれば、随分とましだ。
「しかし、それでもお前にしかできない仕事という物はある。お前が魔物を使役、あるいは一時的な支配下に置けるという情報に間違いはないな?」
「その情報は誰からの物ですか?」
「それは言えない。匿名希望さんから、とでも言っておく」
……私と一緒に戦ったことのある魔法少女は、その大体が二年以内に死んだ。
私の情報が残っているとすれば、リリスか、今の列強のセリカ以外のメンバーのうちの一部と、上層部のさらに一部くらいだが。
そんなものを知ったところで意味はないだろう。
正直に答える。
「……その情報にある通り、私は魔物を使役することができます。数分単位の短期間から死ぬまでの長期間に及ぶまで、相手を支配下に置くことが可能です。相手の力量次第ですが」
「つまりお前は使役した魔物を利用して新人の教育ができる、という解釈であっているな?」
「……は?」
話が予想外の方向に飛んだ。
確かに私は魔物、あるいは人間ですら使役することができる。
が、それと魔法少女を戦わせて新人教育を行えるかどうかについては疑問が残る。
そもそも、私はそこまで器用な人間ではない。
「お言葉ですが、私の使役は一度下した命令に忠実な犬を作るわけではありません。一分一秒私が操り続けなければならないため、そこまで器用なことはできないかと」
「なら、その魔物の支配をやめて戦わせ、危険が及んだらまた使役する、でいいのでは?」
「……」
確かにその通りだ。しかし、使役している魔物はどういうわけか回復することができない。おそらく、私が彼らの傷を癒すプロセスを知らないから命令を下せないからだと思うが、それでは、使役する魔物の総数が減り続けることになる。
現状使役している総数が多少減るのなら問題はないが、数年に及べば塵も積もればだ。
「ですが、」
「できるのかできないのか。まず私の質問に答えろ」
だが、再び顔を上げるころには勝利を確信した威圧感のある金髪がいた。
「……できます」
「よろしい。なら決まりだ。リリスの後任が見つかるまで、お前にしばらくそっちの青髪の教育を任せる」
「え……? 私の新人研修は終わったんじゃ、」
「はぁ? まだ実戦が浅いだろ。レベル3程度なら単騎で倒せるくらいの実力を付けられるまでは、どんな魔法少女だろうと研修中であり新人だ」
だとしたら、今生きている魔法少女の大半は研修中になる気がする。というツッコミは、くちの中だけに留めておいた。
水瀬ちゃんが唇を尖らせる。詳しい話は聞いていないが、リリスの新人教育は私の頃と同じく適当に戻っているらしい。おそらくは教育と称して何もしてもらえなかったか、その逆で全部まかせっきりにされたかのいずれかだ。
「それとも、後方支援系の非戦闘員になりたいか?」
正直私的にはもうそれで構わないのだが、水瀬ちゃんは違うらしい。
首を横に振り、セリカの目をまっすぐに見つめていった。
「みんなを守るのが、私の仕事です」
「よろしい。なら、青髪の指導はしばらくお前に任せる。リリスは、一旦解雇だな。以上。解散」
「ちょ、解雇って待——」
セリカの声で私と水瀬ちゃんが同時に部屋を出た。リリスだけがその場に残り、何か言い合いをしているようだったが、何も聞こえない。というか、聞こえないふりをした。
「ついてきてしまって申し訳ありません……」
部屋を出るなり、水瀬ちゃんがそういった。
一瞬何の申し訳なさだと疑問に思ったが、おそらくは私が彼女の
「大丈夫だよ。こっちとしても都合がいいし」
一旦そう答えておくことにした。
どんな都合がいいかはさておき、私の傍にいるのなら彼女が実戦で死ぬことはまあまずない。私が死んだ場合はわからないが、自分が死んだ後の事まで責任を持つ必要はないし、他の魔法少女のところにいるよりかは私の近くにいた方がいいだろう。
「……ありがとうございます。リリスさんは、最低限のルールだけを教えてあとは放置といった感じでしたから、ちゃんとした戦いはさっきの奴が初めてなんです」
「まだそんな適当なことしてるんだあいつ」
やっぱりか。
「そもそも任務に連れて行ってもらうとかもなかったってこと?」
「そうです。不満があるとかではないんですけどね。……何もしないでお給料もらえてましたし、」
水瀬ちゃんが小声で言った。流石に本部の中でそういう事を言うのはどうかと思うのだが、本人が気にしないならいいのだろう。多分。
誰だって楽して稼ぎたいものだ。
投資とかアフィリエイトが流行るのはそういう理由だし、そういう事を始めようとする層は決まって簡単に騙される。
本当に楽して稼ぎたいのなら、騙す側に回る方が効率がいいと思うのだが、本当の愚者は経験からすら学べないらしい。例えば、そう。リリスとか。
「大体の魔法少女はそんな感じだよ。ただ掃討作戦に行くだけで特別手当っていう多額の支給がもらえるとか言って意地でも参加したがる」
で、その結果死ぬ。
愚者は経験に学べないのだ。何故なら、愚かさが致命的だから。
「レベルごとに決まってるやつですよね?」
「そう。今日のはレベル5だし、一応は駆逐してるっぽいから、私たちの三人で山分けらしいよ」
「それ、いくらくらいになるんですか!?」
水瀬ちゃんの青髪が顔の近くで揺れる。
「……えっと、一人当たり50万いかないくらいだったような」
「ごじゅうまん……!?」
シャンプーのほのかな香りが鼻腔を撫でた。シャボンのような甘い香り。
どうでもいいけど、女の子の匂いというよりシャンプーとか柔軟剤の匂いの方が正しいよね。
「わたし、なんにち遊んで暮らせるんでしょうか……」
「長くて一カ月」
「よし、橘さん、遊びましょう!」
完全に浮かれ切っているのか、疲れを知らないのか。
休みというのは精神的な休養も含まれるのだが、魔物の息の根を止めさせたはずなのにダメージゼロのようだった。
「え、これから?」
「ダメですか……?」
別に構わないが、どちらかといえば疲れている。それに、あの魔物が空腹になるような原因が別にあるとしたら、油断して遊び惚けている場合ではない。
「……明日でもいいかな」
が、初めての特別手当と中長期の休暇で浮かれる気持ちもわかる。
最初の内だけだろうし、付き合ってやるのも悪くないかもしれない。
「もちろんです!! 行きたいところがあるんですよ! この前ひらいたって噂のカフェなんですけど、すごくおおきなパフェが――」
「あー、わかった。とりあえず詳しいことは今日の夜か明日にでも決めよう。もう夕方だしバス停目の前だから、一旦だまろう」
視界の端にバスが来ていることを確認して水瀬ちゃんを止めた。
給料につられたり、カフェに興味津々だったり、せわしない。
と思うのは私みたいな歳を経た人間の価値観で、少女らからすればこれが普通なのかもしれない。私が母の子宮に置いてきてしまった、あるいは、老いてきてしまっただけで。
「えぇ。あ、バス着てますよ!」
「ほんとだ。じゃあ私は行くよ、じゃあね水瀬ちゃん」
「はいっ! 夜ごろまた連絡しますね!!」
振り返ることなくバスに乗った。若者の流行という物にはついていけないものだが、着いていかない事には良好な関係というものも築けない。
この三年間、リリスのせいにして関係を絶ってきたツケが払われている気がする。しょうがないのだが、リリスのせいではあるか。
「ハエ」
『はい橘さん。レベル5の駆逐おめでとうございます! いつも人知れず努力してる橘さんだからこそできた偉業に違いありません! それで、何か御用ですか?』
こっちはこっちで浮かれているみたいだった。そりゃそうか。私を本部まで連れていけば報奨がもらえるし、今回はリリスではなく列強二位のセリカにまで恩を売った形になったわけだから、こいつはこいつなりにかなり得をしたのだろう。
クソハエが。はっきり言って不快だ。
「さっき水瀬ちゃんが言ってた新しくできたバカでかいパフェが食べれるってカフェの詳細探しといて、じゃおやすみ」
『え、あ、』
眠気に耐えられず、私はその場で目をつむった。ちょうどバスが走り出したようで、心地よく耳を撫でる走行音と、時折揺れる車体が深い場所へと連れて行ってくれる。
休暇など休暇と呼べるような物ではない。都市部に近づけば近づくほど魔物の脅威が減るとはいえ、彼らは低レベルと違い無差別に人を狩ったりしないだけで、都市部の方が危険度が高かったりする。
せっかくの休暇だ。彼女のために取ったものだとしても本心では家に居たい。
「あーそうそう。水瀬ちゃんの連絡先も追加しといて」
『起きてたんですね。……承りました』
ハエにすべてを任せて、今度こそ目を瞑った。
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