第2話

「水瀬ちゃんは、死ぬ覚悟ってある?」


 アラートが鳴り響く中、私たちは商店街の隅の方に丸くなっていた。

 緊急地震速報のように、魔物が現れる気配を感じ取ってからなるアラートは、なってから実際に魔物が現れるまでに少しばかりタイムラグがある。

 その間を利用して、商店街の隠れられる場所に隠れて現れた魔物に奇襲を仕掛ける作戦だ。


「それは、どういう意味ですか……?」


 水瀬ちゃんの不安そうな声が耳の近くで響く。


 集団での掃討作戦では、大抵の場合、必ず誰かが死ぬ。

 画一的な技術や超越的な技能、力を持っていても、常に何人かの魔法少女はその場で死ぬ。

 仮に居合わせたのが列強だったとしても、彼女らが真価を発揮するまでの間時間を稼ぐのは、一緒に作戦に参加している他の魔法少女らだ。


 ならば、こういう見方はできないだろうか。

 列強は、他の魔法少女を殺すことで魔物を殺していると。


 水瀬ちゃんにその自覚がない限り、彼女はきっとリリスや、あるいは私にすら手駒として扱われて、あっけなく死ぬ。最初の仕事でだ。


「自分以外の他の魔法少女はみんな駒だと思った方がいい」


 だから、彼女には教えておきたい。集団で戦う時は、他の魔法少女を利用してでも生き残らなければならないと。

 生きていれば、その分蓄積された経験から必ずいつか次につなげる何かを得れる。


「もし君に死ぬ覚悟がないのなら、仲間を殺す覚悟は持っといて」

「……わかりました」


 その対象が私でも、だ。


 水瀬ちゃんが俯くのが見えて、口を閉じた。心音と息遣いが耳ではなく、体を通して聞こえてくる。

 誰だって、最初の仕事は緊張する物だ。だから入学式とか入社式とかをやるというのに。彼女の場合そんなものはなく、初めから集団掃討に参加させられている。


「私の後ろは基本的には安全だから」


 可能な限り水瀬ちゃんをなだめる。彼女の精神的な安静とこの掃討作戦の成功確率は直結しているといっても過言ではない。

 慣れない動きをされると、それに合わせて動き、無理した結果死ぬ魔法少女が出てくるのだ。


 彼女をなるべく普段の私たちの動きに取り入れる形で落ち着かせなければならない。


「なるべく死ぬな」

「……」


 彼女の返事を待たず、商店街の天上の一部が轟音と共に崩落した。

 砂埃が舞う中、アラートがノイズと共にやむ。スピーカーが壊されたらしかった。


 作戦では、最初に前に出るのはリリスだ。彼女の運動不足は、一回でも魔法を外すとすぐに追い詰められて殺されてしまう事を意味している。

 だとしても、そんなことはめったにおきない。


「今リリスが前に出たから、彼女の魔法が外れたらすぐに私が出る。水瀬ちゃんは私の後ろをついてきて」

「私にできることは……?」

「現場から離れようとしてる非戦闘員の魔法少女をなるべく殺させないように、私たちのすぐ後ろに防護壁を張ってほしい」

「わかりました」


 水瀬ちゃん、もといネメシアの固有魔法は防護壁らしい。

 込めた魔力に応じた耐久値の壁を張って、敵の侵入を防ぐことができるとかなんとか。


 ちなみに、リリスの固有魔法は糸だ。

 私の洗脳とは違い、糸に掛けた敵の動きを封じることができる。逃げ道を確保したり、敵をただの的同然にしたり。補助的な固有魔法で単純だが、その強さは私の物と完全な差別化が図られている。


 本来ならただの補助魔法として敵を殺すことには向いていない糸だが、彼女が列強の末席にいるのには訳がある。


「リリスは、糸自体に後付けで魔力を込めることで、敵の体内に直接魔力を浸透させることができる」


 彼女が列強に入っているのも納得できる。

 が、状況はそんな単純ではない。


「……よし、リリスの糸が、行くよ」


 リリスの糸の耐久値は多分水瀬ちゃんが張れる防護壁より圧倒的に弱い。

 彼女自身が込めた魔力によって一瞬ではじけ飛ぶ程度には脆く、故に彼女一人でレベル4以上を相手にするのは難しい。


 魔物の触手が彼女の糸を振り払う。魔物からすれば、私たちがクモの巣に引っかかったくらいの不快感はあるだろう。それらが払われないうちに前に出る。


「結界!」


 水瀬ちゃんが防護壁を張るのと同時に、非戦闘員の魔法少女が、防護壁の前後から同時に商店街を脱出していく。


 が、防護壁が届かない商店街の上部から触手を伸ばし、逃げ出す何人かの少女の体を貫いた。


「リリス、敵の動きを封じろ」

「まって、魔力が、」

「嘘だろお前……! 影!!」


 運動不足が祟ったのか、リリスは既に魔力が枯渇しているようだった。

 仕方なく先ほど調伏した魔物を召喚する。


 こいつはどうせすぐに殺されるだろうが構わない。


敵の触手は六本、タコのように地に這わせているものと、クラゲのように対象を包囲する物に分かれている。


 つまりこの魔物は、触手を同時に三つ以上うごかせないらしい。


二本の触手が逃げる少女らの体を貫いている。肉体そのものが釣り針の返しのような意味を持つために、こいつは今残り1本の触手しか動かせない。


 これで何人かの魔法少女は逃げられるだろうが、既に魔力が切れているらしいリリスは完全にお荷物だった。


 水瀬ちゃんは私の後ろでしゃがみ込んでいる。その体制ではすぐに逃げられないだろうが、構わない。


 彼女の元まで魔物の触手を届かせる気はない。


「——影、来い」


 水瀬ちゃんには前しかみないようにしてもらっている。

 彼女の防護壁が意味をなしていない瞬間を視たら、すぐに瓦解して彼女自身も危うい状況に陥るからだ。


 リリスは、もう知らん。


 一匹目が瀕死の傷を負った時点で、二匹目を投下する。私の意のままに操れるという事は、私が命令を下さなければ所詮は置物という事だ。

 同時に二匹以上を操りながら盤面を把握するなど不可能に近い。

 何よりリリスが使い物にならない時点で私がこの現場のメンターなのだ。


「その魔力いつ回復するの?」

「多分もうすぐもう一回使えるけど、何人が逃げれた?」

「3人、他は死んだか瀕死。魔力がないなら彼女らを助けに行って」

「その間に触手に当てられたらどうするの!?」

「その時は、私の魔物のカテゴリーが1上がるってことで」

「食葬……? 相変わらず趣味が悪いわね!」


 赤髪が翻る。体力がないだけで割と動ける方ではあると信じているようで、疲れていても触手位なら避けれるらしい。さすがは列強か。


触手が蠢き、空中で貫いていた少女らを投げ飛ばしたのを見計らい、糸を使い彼女らを受け止めた。


「水瀬ちゃん、もう少し耐えてて」


 召喚した魔物が敵の触手を相手取っている。


 私はこの間に、この敵を無力化する方法を探さなければならない。最終的には私が洗脳を使えばいい。ただそれでは、私が瀕死になる可能性がある上、洗脳できないという最悪のシナリオが残る。


 なるべく洗脳は使わない方向でこいつを無力化する方法を見つけたい。

 使わざるを得ないとしても、なるべく弱らせてからの方が確実だ。


 敵は出現した場所から一切動くことなく、触手がすべてを完結させている。


 もしかしたら、敵の本体は体ではなく、触手なのかもしれない。

 だとすればさっきのリリスの糸に対してダメージを受けてなかったのにも説明がつく。


 右手を伸ばし、召喚した魔物に対して魔力を送る。

 敵の触手だけを狙うのだ。


 叩きつけるような動きをする一本と、貫くような動きをする一本。

 もう一本は、動かなくなった獲物をどこかに持ち去るような動きをする一本。


 なるほど、おそらくは、触手が本体だ。


 触手が捕食を担当しているために、そもそも触手に触れたら死が決定する。

 だとしたらわかりやすい。


「水瀬ちゃん、防護壁おろしていいよ」

「え、どうして、」

「みんな逃げ終わったから。その代わり、私の後ろから敵の触手の内の一本だけを狙って射撃しててほしい」


 リリスが帰ってきたのを確認してから、水瀬ちゃんに指示を出す。


「リリスも、誰も相手してない方の触手の相手だけをしててほしい。なるべく魔力は温存する形でお願い」

「いいけど、何するつもり?」

「多分触手が本体だから、触手に対して洗脳を使う」


 今のところ、私が調伏していた魔物に敵の三本ある触手の内の二本を相手にさせているから何とかなっているだけで、この読みが外れたら、もれなくここにいる全員が死ぬ。


 応援が来るとしても、リリスがいるなら、と後回しにされて30分くらいはかかるだろう。


 が、勝機は見えた。読みがあっているのなら、おそらくは勝てる。


「あと、お前の持ってるその剣みたいな奴貸して」

「え、ああ、わかったわ」


 狙うのは捕食用の触手だ。


 私はゆっくりと前に出た。

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