第1話

 魔法少女、シェーレキュロスについて知る者は少ない。

 といっても、魔法少女自体人々の目に触れることを嫌う者が多い。が、シェーレの場合は特にそうだった。


 華奢な体躯と白皙の細い腕は、およそ病人を彷彿とさせる物であり、彼女が健康な人間であるなどと思う者はほとんどいないだろう。白く長い髪に隠された真紅の瞳は、絵本の中のお姫様がつけていそうな髪飾りにも似た、宝玉のような煌めきを放っている。


 さらに、彼女の戦いを遠巻きに見たことがあるという魔法少女の一人は、敵であるはずの魔物が、いつの間にか彼女の元へと犬のように懐いたのだという話をする。

 他に彼女の戦いを見たことがある魔法少女がいないために眉唾とも言われているが、それでも、彼女が本当に魔物を懐かせているというのなら、彼女の戦闘情報がないのは当然だった。


 しかし、この世の物とは思えないその人形じみた見た目とは裏腹に、されど、大半の人間は彼女の姿を見たことがない。


 それどころか、彼女の同業者である他の魔法少女でも、普段の彼女の姿すら見た物は少ない。


 それはなぜか。


 ***


 リリスに最後に会ったのは、私がまだ新人として希望を胸に抱いていた時だった。新人教育の一環として彼女の行う魔物退治について行かされたことがあるが、彼女は、今の私でも同じことを思うくらいには怠惰でどうしようもないやつだった。


 その頃の私は、何かと野心があった。転生というより転移に近い状況でこの平行世界にやってきたことで、この世界なら全てをやり直して思うがままの人生を選べると思っていたのだ。


 その結果はこういう残酷にも腐りきった内情だったが、あの頃の私はそんなこと知らない。

 ただ、怠惰でどうしようもない、アラートが鳴っても魔物が出ても私に全て任せて後ろの方で本を読んでいるような性格の悪い女が、私は大嫌いだった。


 だから、最終日に小さなことから発展した言い合いの中、私は彼女に魔法を使った。


 もっとまじめになって、魔法少女として死ねといった内容で。


 それから彼女は、人が変わったかのように魔法少女としての責務に全力をもって望むようになった。列強に入ったのも、その頃だったと思う。

 もう何年も前の事だが、しばらくは彼女の討伐数が見る度に増える事と、本部での名声が徐々に高まっていくのをただ聞いているだけしかない日々が続いた。


 それからしばらくして、彼女が私に会いたがっているという話を噂程度に聞いた。既に魔法少女に対する希望などなく、腐り落ちる寸前の利権主義的な上層部の在り方に嫌気がさして、いっそ魔物側に寝返ろうかすら検討していた頃だった。


 当たり前にその誘いを断り、それからは全ての魔法少女との連絡を絶っている。

 私とて、自分の戦い方が決して余裕のあるものだとは思っていない。だが、どうしても会いたくないのだ。


 死ねという洗脳をかけたのに今まで生き残っているということはつまり、実力だけで言えば間違いなくトップクラスという事だった。

 

 だが、私の魔法は本人の性格までを変えることはできない。

 結局リリスは、どうしようもないやつなのだ。


「——あ、わたし、ネメシアって言います。最近新人教育を終えたばかりで、まだ新米なんですけど、」


 彼女は、今回のレベル4掃討が初仕事になる予定だったらしい。先週新人研修を終えて、しばらく休暇に入っていたところを直撃した警戒アラートだった。


「初めまして、私はシェーレ、もとい橘。よろしく」

「え……? 魔法少女って本名を教え合うのってダメなんじゃ」

「いや、非推奨なだけだよ。互いのリアルに干渉するのはよくないでしょ?」


 匿名インターネットで本名を公開するみたいなものだと思ってくれればいい。

 魔法少女同士のつながりも、本質はそれらとあまり変わらない。


「……なるほど、私は水瀬です! 楠木第三中学の、」

「あーいや、そこまでは言わなくていいよ、名前くらいで充分だから」


  基本的に、魔法少女間で交わされる個人情報の交換は、ツーマンセルを組んでいる時にのみ行われる。あまり生活に介入すると、ただの仕事仲間であることを忘れてしまうという良心からの制限だ。

 ッ―マンセルの場合は、むしろそれを忘れた方が結果として効果が高いから教えた方がいいよねという暗黙の了解があるだけで、広くは非推奨となっている。


「そう、ですか。——あ、もうすぐ着きます! ここが例の複数人の死者が確認された商店街です」


 青い子――もとい、水瀬ちゃんが指し示した方向には、神隠しに遭ったみたいに、人がいないだけの気味の悪い商店街が広がっていた。


 ***



「報告します! 平沢団地前に向かったところ、魔物は確認できず、同じく、先に平沢団地前に到着していた、シェーレキュロスと共に調査に加わることに致しました!」

「そう、上出来。初仕事だというのにレベル4なんてね。居合わせたのが君でよかった」


 赤髪の少女がこちらを見つめる。ふわふわとした長髪と、気の強そうなつり目。何を言ってもいい返してきて、不利になったら暴力に走りそうな見た目の魔法少女。


 列強末席、リリスだ。


「久しぶりね。三年ぶりかしら、シェーレ」

「久しぶり、リリス。私の洗脳は解けた?」

「……とっくに解けたわ。あんな最悪な気分になったのは後にも先にもあれが最後でしょうね」

「それはよかった」


 聞いたところによれば、彼女の立ち振る舞いは、私が洗脳をかけてから半年後にもとに戻ったという。ただ、その頃には彼女は既に列強の末席に加わっていて、彼女的には取り返しのつかない状況にあった。


「えっと、調査の状況はどんな感じなんですか……?」


 水瀬ちゃんが恐る恐るといった様子で割って入る。険悪にも見えなくないからしょうがないだろうが、実際私たちの中は険悪そのものだ。


「見ての通りだ。こちらでは魔物を見つけることはできていない。が、出現した現場に赴いたのは君たちで、君たちが彼らを殺したであろう魔物を見つけることができなかったのなら、おそらくは完全に逃げられたんだろう、な?」


 リリスがこちらを睨んでくる。言いたいことはつまり、私が手駒にしたのなら話は別だという内容だろう。

 答える気はない。


「はい、私たちが見た限りでは、アラートは誤作動の可能性が高いという結論に至ったのですが、」

「だとしたら、この死体は一体だれが何のためにやったモノになる?」

「それは、」

「……その辺にしときなよリリス。部下に任せきりなアンタが文句言う資格はないよ。そんな見つけたいなら自分で平沢団地に行けばいい」


 あからさまな挑発にリリスが乗ることはない。だが事実だ。おそらくここにいる全ての少女らが同じことを思っているだろう。誰も指摘できないのは、彼女と同じく指摘する資格がないからだ。


 魔法少女は縦社会らしい。位が上位の物の言う事は絶対であり、必ず従わなければならない。暗黙の了解ではあるが、私的にはクソくらえだ。


 それに、一度私の洗脳にかかっているリリスは、既に私より弱いことがわかっている。

 そんなやつの言いなりになる気はない。


「別に私が行かなくとも、ここに動かぬ証拠がいるじゃない」


 私を指さすリリスの言葉に水瀬ちゃんが首を傾げる。


「……それは、どういう事ですか?」


 受け取られようによっては、私が魔物そのものであるともとれる言い方だ。やめてほしくはあるが、天然ではない。おそらくは狙ってやってる。


「知らないのか?……ああ、そうか。まだ新人なのか。なら教えるが、こいつは、魔物を洗脳して使役することで他の魔物を駆逐するっていう洗脳の魔法を使えるんだよ」

「ってことは、つまり、シェーレさんがレベル4の魔物を使役しているから、姿が見えないのは当然ってことですか……!?」


 新人かどうかに限らず、この場にいるリリス以外の魔法少女は私が魔物を使役できることを知らない。

 別に私の手の内がバレることは構わない。どうせここでリリスにあっている時点で、私が近いうちに列強の会議に参加しなければならないことは確定している。


 だとしても、まるで私が嘘をついているみたいな言い方をするのはやめてほしい。

 洗脳を使う身として言うのはおかしいかもしれないが、人の印象を操作するような言い方を好んで使う。つくづく、私の嫌いなタイプの人間だ。


「だとしたら何かあるの?」

「だとしたら? お前ならこの死体共の傷跡から、お前が使役している魔物がやったかどうか判断できるんじゃないのか?」

「なら、そんな嫌味な言い方しないで最初からそうお願いすればいいのに」

「まさか。あんな真面目そのものだったお前が本部の規則をないがしろにするとは思わなかったものでな」

「……あ、わたしもいきます!」


 話を聞き終わるより早く、死体に近づく。その後ろをネメシアが小走りで寄ってくる。

 現場付近は血生臭く、入った瞬間にネメシアがえずいていたが、実際に死体のそばに寄ってみても、もう何も感じることはない。こんなことに慣れたくはなかったと思うのは、既にて遅れだ。


「ちょっとどいてもらえる?」


 死体の傍でノートに何かをメモしていた少女に声をかける。

 彼女は集中していたようで、見ない顔が来ていることに驚いていたが、すぐにその場を離れてくれた。


 彼女が見ていた死体には、肉を抉り取られたような跡があった。


というより、肉があったその空間ごと消え去ってしまったかのような、綺麗な傷跡だ。私がさっき洗脳した魔物は、狼のような見た目をしている。獣のおおきな爪と牙。それらでは、この傷跡を付けることはできない。


 ならば、この傷跡を残したのは一体誰なのか。


 頭に、最悪の想像が過ぎった。おそらくは、現実に最も近しいであろう想像だ。


「リリス、現場を封鎖しろ」

「……は? 待って、一体何があったのかだけ説明して」

「いいから、早く言う通りにして」

「わ、わかったわよ、」


 不服そうに後方へと走り去ったのを見送ってから大きく息を吸った。


 ここにいる約15人の内、何人が生きて帰れるかわからない。短期間で30人程度を殺してはいるが、その傷跡に抵抗痕は見られない。つまり、全員、一瞬にして殺されているのだ。そんな力を持った魔物が、昼間は人でにぎわっていたはずのこの商店街での殺人をたかが30に留めるわけがない。


 つまり何が言いたいか。


「リリス」


 ちょうど封鎖を終えて帰ってきたリリスを呼び留める。

 彼女は長年の運動不足からか息切れを起こしていた。浅くなった呼吸からは、彼女が本当に列強なのかを疑ってしまいたくなるような貧弱さが垣間見える。


「——なによ、」

「私が洗脳した魔物と、ここで30人余りを殺した魔物は違う。それが何を意味するか分かるよね」


 言い終わるより前に、リリスの顔に絶句が貼り付けられていく。


「いい、これは多分罠だ。おそらくは、私たち魔法少女を封殺するための陽動作戦」


 レベル4を先に別の場所に行かせておけば、強い魔法少女はそっちに行き掃討に当たる。非戦闘員の魔法少女は現場検証に赴く。


 魔法少女の普段の動きを逆手に取った、賢い狩りの仕方だ。


「私たちはハメられたってこと……?」

「……おそらくは。敵はきっとそれなりの時間を私たちから逃げ回ってる個体のはず。傷跡を見る限りでも、レベル4を陽動を使わせたことからでも、それらより強いことははっきりとわかる」

「つまり、何が言いたいの?」


 もう考える容積が残っていないのか、リリスは半分思考放棄していた。

 それでもかまわない。結局、ここから先私たちの中の何人かが死ぬことは確定しているのだ。


「つまり、レベル5相当のお腹を空かせた敵が、私たちを捕食しに、もうすぐここに来る」

「え……?」


 水瀬には申し訳ないが、彼女の初仕事はレベル3でも現場検証でもなく、レベル5の集団掃討になる。

 私がいくら手駒を使ったところで、到底勝てる相手ではないし、普段は列強と上位の魔法少女が10人規模で相手しているレベル帯だ。


 現場検証の魔法少女と、しばらく現場に入っていない列強末席のリリスとでは、明らかに分が悪い。


「簡単に言えば、私たちに勝ち目はない。今の内から、なるべく多くの魔法少女を連れてここから逃げる方法を考えて」

「だったら、今すぐに逃げた方が効率いいじゃない!」

「さっき私たちが引っかかったように、陽動っていうのは脳を持つものを簡単にだますことができるんだよ」


 全員で戦うなら、おそらく勝ち目はない。どれだけ空腹で弱っていたとしてもレベル5だ。

 仮に今逃げても、魔物がすぐにその場に現れて全員が叩き潰されるだけだろう。

 それなら、戦闘員数人だけの少数精鋭で戦い、非戦闘員に応援を読んでもらった方がいい。

 話がまとまった風に感じて、私はみんなの前に向き直った。


「……いいか、みんな。これは罠だ。もうじきここにはレベル5相当の魔物が現れる」

「まってください、それってどういう意味——」


《警戒アラート レベル5~未知数——危険度最高 住民の皆さんは、直ちに非難を開始してください》


ネメシアの言葉を遮るように、耳を覆いたくなるようなけたたましいアラートが作動した。


*****


一日二話ほど投稿していきます~。

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