第15話 邂逅



新宿駅構内のコンビニでマスクを買い、美咲につけさせる。

昨日の出来事はまだ誰にも嗅ぎつけられていないとは思うが、万が一には備えておくものだ。


駅からしばらく歩いて細い路地に入り、事務所の近くの交差点で、私と美咲は足を止めた。


「ここを曲がってすぐのビルの5階。看板に人材派遣センターって書いてある。」

地図アプリで場所を示しながら私は美咲に伝える。


「とりあえずそこに入ればいいの?」

「で、受付に人員削減の依頼があるって言ってくれればいいから。」

「なるほど。それが合言葉なのね」

「じゃあ、五分くらいしたら上がって来て。」

「はーい。じゃあコンビニ寄ってから行くね。」


気の抜けた返事を返す美咲をよそに、私はひと足先に事務所へと向かう。


雑居ビルのエレベーターはいつも、剥がれた壁のタイルに気を取られているうちにすぐ5階に着く。


通用口を開けて事務所に入る。

「おつかれさまです」

気怠げに、いつも通りに軽く挨拶する。


「お疲れ。昨日は大暴れだったね。」

「昨日?」

「いや、総会だよ。あのあと俺が全部尻拭いしたんだから。協調性大事よ。」

昨日という言葉に一瞬戸惑ったが、暑苦しい同僚・佐藤のいつも通りの小言だった。


「昨日はありがとうございました。助かりました。」

新人のまなみちゃんは、昨夜の総会で私が会長のセクハラから救ったことをちゃんと感謝してくれているようだった。


「よかった。まなみちゃんはいい子だねー。あんたとは大違いだよ」

「玲奈には言われたくないなあ。」

「は?だる。」

「まあ玲奈はそういうやつだもんな。いいよいいよ。」

「何その感じ。うざ。」


私は佐藤のウザ絡みを振り切るために、昨日の殺しの報告を上げることにした。

「あ、伊藤さん報告です。投資詐欺の男終わりました。」

「おお。そうか。お疲れさん」

「ありがとうございます。」


「まじか。もうちょい下調べかかりそうだったのに」

「さすがです先輩。」

「まあね。まなみちゃんありがとね。」

「俺のリアクションは無視かよ。おい。」

「佐藤くん、午前の仕事の引き継ぎだよ。このターゲットの身辺調査と、このデータの整理。よろしく。」

「うへー。」

わざとらしくうなだれる佐藤。そういうのは私は恥ずかしくてできない。


美咲が来るまでに伊藤さんとまなみちゃんが帰ってくれると助かると思っていたが、引き継ぎに微妙に時間がかかっているうちに通用口の扉が開いてしまった。


「すみませーん。」

「こんにちは。今日はどのようなご用件でしょうか。」

「人員削減の依頼なんですけど。」

「わかりました。奥の部屋にどうぞ。」


美咲は私に言われた通りにやってくれた。応対したまなみちゃんも怪しむ素振りはなく、美咲を面談室に案内している。


「私が面談行くわ。」

ここで自然な流れで面談役を勝ち取るのが今日最大のミッションである。

「へー、珍しい。お前もやっと人と関わる気になったかー。」

こういう日に限って、佐藤がいつもの倍うざい。


「いいでしょ別に。」

「俺の愛ある助言が効いたのかな?」

「うっさい。今度から代行してやんない。」

「いやそれは困る。ごめん。」

「代行?何ですかそれ?」

佐藤を静かにするカードを切れたと思ったら、まなみちゃんの純粋な疑問にぶち当たった。

「運転代行。こいつが車で出かけるのに飲むからさ。帰りに呼ばれるのよ」

私は急いでいるので最小限の情報を説明する。


「いや、違うんだよ。毎回じゃないよ。でかい仕事が終わった時とかだけよ」

「キャンプ場で仕事なんかあるかー」

私はついツッコんでしまった。時間がないのによくない。


「いや、仕事終わって、ソロキャンプして、ちょっと飲んでってのが最高なのよ」

「キャンプですか?」

「そう。こいつ車改造してキャンピングカーにしてんの。ハイエースなのに。」

「なるほど」

「で、たまに電話来て、タクシーで迎えに行って運転すんの。まあタクシー代と手間賃くらいは払わせてるけど。」

「でも領収書を投げつけて払わせるのはどうかと思うよ。」

「ふふ。仲良しなんですね。」


「「違うし!」」

声が重なってしまった。ベタすぎて恥ずかしい。

私と佐藤は二人して恥ずかしい思いをしている間に、しれっと私は面談室に入った。

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