第14話 同伴出勤



路地を抜け、世田谷公園を横目にしばらく歩いて、交差点を渡る。


「ここだよ!」

美咲が立ち止まり指をさす。


先ほど美咲が提案した、巨大なハンバーガーが名物らしいカフェだ。

店内では、おしゃれ女子たちが目の前の料理をスマホのカメラに収めていた。


幸いにも、2名分の席はすぐに用意された。

二人で向かい合って座るのはまだ慣れない。

「美咲は来たことあるの?」

「ううん。初めて。玲奈は?」

「私も初めて。」

「私もこの辺は全然来ないからなー。」


美咲は壁際に立てかけられたメニューを取り出し、テーブルの真ん中に開く。

「メニュー何にする?」

「ツナサンドかな」

「ハンバーガーじゃないの?」

「こういうでかい系のやつ、食べ方わかんないし結局バラバラになるからバーガーにする意味がわかんないんだよね。」

「それ店内で言う?てか私ハンバーガーにするし。」

「たしかに。ごめん。」


少しだけ気まずくなったところに、店員が近くを通る。

「すみません。注文お願いします。ハンバーガーセットひとつ、ドリンクはレモネードで。」

美咲はこうやって切り替えるのが上手だな、などとぼんやり考えていると、

「お連れ様はどうなさいますか?」と店員に聞かれてしまった。


「あ、私はツナサンドで。」

「お飲み物はどうされますか?」

「えっと、アイスコーヒーで。あ、ガムシロお願いします、ミルクいらないです。」

「かしこまりました。」

店員の目もまともに見ずに、早口で注文を終える。

ひとたび昼間の街に出れば、私はできないことばっかりだと自覚する。



「そうだ玲奈、私が食べきれなかったら一緒に食べてね。」

「え?まあいいけど。」

さも当然かのような口ぶりで言われ、私は首肯するしかなかった。

美咲は私に落ち込む隙も与えないらしい。


そして美咲は、出された巨大ハンバーガーの写真を撮るとすぐにフォークとナイフで切り分け、半分以上を私によこしてきた。


「うーん。パテは焼きたてのハンバーグには劣るし、パンも別にもっと美味しい食べ方あるよね。」

そのうえ食べながらこんなことを言い出す始末だ。

「ちょっと美咲。さっき私に注意したのはなんだったの。」

「注文したからいいの。お客様は神様です。」

「現金なやつだな。まあ言ってることはわかるけど。」

私たちは、ハンバーガーをバラバラに切り刻み、あーだこーだ言いながら、結局は綺麗に平らげた。


「会計どうする?私出そっか?」

私が事務所に連れ出す道中だし、美咲に空気を読ませた上に、私もハンバーガーを半分以上食べている手前、そう美咲から言われると申し訳ない気持ちになる。

「いや、いいよ。私出すよ。」

「ほんと。ありがと。ゴチでーす。」

こうして私が支払うことになった。

まあ気にするような値段じゃないから別にいいのだが。


腹を満たした私たちは、新宿駅に向かう電車に揺られていた。


隣に座る美咲が、不意に話し出す。

「なんか、変な感じ。ずっと二人でいるね。」

「まあ、そうだな。」

「もしかして、同伴されてる客ってこんな気分なのかな。」

「同伴?」

「同伴出勤。キャバクラ用語だよ」


スマホで調べたらすぐに出た。界隈では有名な言葉なのだろう。

本指名を取りたいキャバ嬢が、出勤の数時間前から客と食事などをして、客と一緒に店に行くことらしい。

確かに言われてみれば、私も今まさに、客から指名をとって職場に向かっている。

仕事内容が違いすぎるけど。



「うーん。どういう意味で言ってる?なんか楽しくなかった?」

そもそも美咲を巻き込んでしまったのは私なので、少し不安な気持ちになる。


「ううん。すっごく楽しいってこと!」

美咲の満面の笑みが、とても眩しかった。



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