第13話 支度を済ませて
私が美咲の話を一通り聞き終えると、時刻は10時半を回っていた。
言葉を尽くした私は、冷めたコーヒーを飲み干して言った。
「そろそろ行こっか。事務所。」
「そうね。でも私場所わかんないんだけど」
「新宿のこのビルの5階。近くまで一緒に行くから」
「そっか。一緒に入ったらダメだもんね。」
私の所属する殺し屋組織・黒蓮会は新宿に事務所を構えている。
黒蓮会は巨大組織であるため、リスク管理の観点からアジトは分散されており、第一事務所から第五事務所まで、新宿近郊のいくつかの雑居ビルに正体を隠して点在している。
私が所属しているのは第三事務所で、表向きは人材派遣センターのテイをとっている。まあ、人材(殺し屋)を派遣している場所なので、ある意味間違ってはいない。
第3事務所は上司の伊藤、同僚の佐藤、そして後輩の高橋と共に切り盛りしており、今日は伊藤と高橋が午前、私と佐藤が午後のシフトになっている。
「タクシーで行くの?」
「いや、手配してないから普通に電車。」
「え。大丈夫なの」
「意外と大丈夫だよ。なんかあったら私がいるし。」
昨夜は殺しの直後ということもあって現場から離れるためにタクシーを使ったが、殺し屋も基本的にはプライベートまで監視されてはいない。
いくら巨大組織と言えど、そこまでの余裕はないのだ。
「1時前には着きたいんだけど、お昼食べてから行く?」
「いいね。近くに美味しそうなお店あるけど行く?」
「どんなとこ?」
「ここ。ハンバーガーのカフェみたいなとこ」
美咲がスマホを見せる。地図アプリから見つけた店のようだ。
「へー。美味しそう。そこにしよっか。」
私がすぐにでも出かけようとしたその時、
「オッケー。じゃあメイクだけしちゃうね。」
と言って美咲はカバンからポーチを取り出し、洗面台に向かった。
私だけ手持ち無沙汰なのも癪だが、化粧道具は持ち合わせていない。
「玲奈はメイクしないの?」
「私今日リップしか持ってないの。ほら、昨日急に泊まることになったから。」
私がメイクにあまり興味がないのもあるが、フルセットで持ち歩いている美咲の方が特殊だと私は思ってしまう。
「そっか。じゃあ私の使っていいよ」
「ありがとう。助かる。」
美咲がファンデを丁寧に塗り、アイシャドウやアイライナーで目元を飾るのを横目に、私はBBクリームを適当に塗り、申し訳程度に目元を整えた。
それでもあまり変わらない時間で仕上がるのが不思議だった。
「玲奈はメイクそれだけ?」
「まあ、私は別にビジュアルで商売してないし。というか、美咲も別に今日は普通でいいんだよ」
「いや、私は普通がこのくらいよ。お店出る時はもっとしてるから。」
「それはすごい」
「ま、玲奈は元がいいからそのくらいでも十分素敵よ。」
「何それ。」
少し微笑んでから、私は洗面所からリビングに移り身支度を整える。
銃の弾数を確認し、革ジャケットの裏に仕込む。
「そっか。それが玲奈の仕事の支度だもんね。」
私が入念に道具を整える様子を見た美咲がつぶやいた。
午前11時。支度を済ませて私たち二人は部屋を後にした。
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