第12話 取り調べ
私の依頼に応じると決めた玲奈は、取り調べのように私に男の詳細を聞いてきた。
「じゃあ、まずはフルネームから教えて。」
「鈴木秀雄」
「年齢は30代だっけ。」
「そうね。」
「仕事は?」
「不動産関連の会社に勤めてるって言ってた。」
「ふーん。名刺とかないの?」
「渡されたことあるかも。ちょっと待って、探すわ。」
私は鞄から名刺入れを取り出す。
「うわ、すごい量。これ全部客なの?」
「そうね。もう来てない人も結構いるけど。」
もらった順に入れてある大量の名刺から、彼と出会った時期を遡ってお目当てのものを見つけた。『四ツ井不動産 経理部 鈴木秀雄』
「出会いはどこでいつ頃?」
「働いてるキャバに客として来たのが最初で、一昨年とかかな。私がちょっと色恋営業かけたのがきっかけで、だいぶ入れ込んでお金使ってくれたんだけど、去年の秋くらいからつきまとってくる感じになってきちゃって。」
「ってことは、今が5月だから、半年以上になるのね。」
「そうね。さすがにどうにかしないとって感じ。」
「見た目の特徴は?」
「背は高めで、痩せてる。髪は短くて黒い。いつもスーツを着てて、目つきが鋭い。無表情かと思えば時々急にニヤニヤしだして、なんか怖い。」
「写真とかある?」
「向こうが送ってきたキモい自撮りで良ければ」
私はスマホを開き、スーツを着た男が鏡前でポーズを決めて、スマホを鏡に向けて撮った全身写真を見せる。
「成人式の大学生か、入社式の新入社員しか許されないタイプの写真ね。」
玲奈の顔が歪む。
「だよね。」
「30代でこれはイタい。」
「それな。」
少しだけ空気が軽くなる。
「あと、普段の行動パターンとかなんか知ってる?」
「平日は普通に仕事してるみたい。残業が多いって愚痴ってたっけ。あと、なんか朝ジョギングしてるって言ってて、これも写真送られてきてるわ。見る?w」
「気乗りしないけど一応見る。」
過去のトーク画面から写真を出す。あまりにもひどいメッセージの数々に耐えかねてブロックしたが、かつては適当にあしらえていた時期もあったのだ。
「はいこれ。なんか、ザ・おじさんの自撮りって感じ」
「そうだな。場所は烏山のあたりか。」
「すご、なんでわかるの。」
「背景とか見れば一応ね。」
玲奈の情報収集能力に、プロの仕事の片鱗を見て、私は改めて感嘆する。
「で、ストーキングの詳細は?」
「最初はお店にお金がなくなって来れなくなった、みたいな話を聞いてて、お店来て欲しい、会いたいな、って言ったら仕事終わりに店の前で待ち伏せされて。」
「来て欲しいの意味を取り違えたと」
「そうね。その時点で向こうは私に気があると思ってるから。」
「で、そういうのが何回か続いて。やめてほしいって注意して、それがなくなったと思ったら、自宅の前にいて。そのあとはSNS全部ブロックしたら今度は郵便受けに手紙入れられたりして。オートロックだから入ってくることはないんだけど」
「なるほど。今はブロックしてるけど自宅は特定されてる状態と。」
「そう。それで一回ブロック外して話してみたんだけど、結局こじれちゃって。そこら辺からなんか殺したい的な感じになってきてて」
「なるほど。危ないね」
「うん。でも誰にも相談できなくて。」
あなたしかいない、という目線と言葉を忘れない。
彼女が殺しのプロであるように、私も頼み事のプロなのである。
「話してくれてありがとう。今日は私は午後出勤だから、そこに合わせて午後イチで事務所に行こう。私が応対するから、そこでほぼ同じ話をしてくれればいいから。」
「うん。」
「で、言いにくい話にはなるんだけど、こっちも依頼金をもらわないと仕事を受けれなくて…」
「それはそうだよね、全然当然だよ。」
正直タダで頼みたいが、こういうときには理解を示す方が好感度が高くなる。
「お金ある?」
「うーん。作れるは作れるけど、そんなにはないよ。すぐ出せるのは200くらい。」
本当はもっと出せるけど、全ての手の内を明かさない方が得だ。
「本当は1件500からなんだけど、いくらか私が出すにしても、さすがに半額以下にはできないからなあ。もうちょっと出せない?」
「どのくらい?」
「私の取り分とか差し引いても、400は出してくれたら嬉しいかな。」
「え、それは玲奈には入らないお金ってこと?」
「そうね。組織とか清掃とかに分配されるやつ。それがあるから安全なのはわかってるけど、さすがに中抜きが多すぎる。」
「そっか。どの業界も一緒だね。」
「そういうもんなんだろうね。」
ここでケチって玲奈に負担を強いても、私に対する玲奈の信頼や好感度は上がらないだろう。それに500なら用意できない額じゃない。
「いいよ。頑張って全部出す。」
「本当に?」
「うん。おぢに買わせた鞄とか、ちょっと気に入ってたやつも売れば多分いける。」
「そっか」
「その代わり、絶対私のこと守ってね。」
私は玲奈の目を見て、一呼吸おいて言う。
「この仕事が終わっても、だよ。」
「わかった。」彼女は小さく頷いた。
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