第5話 清掃のプロ



岡本は、モップや霧吹き、ビニールシートや黒い袋などの道具を、まるで学校の掃除当番のようにダラダラとハイエースから出した。

モップで血だまりを軽く掃除してから、死体を袋詰めして車内に運び込む。それから地面にこびり付いた血痕を落としていく、というのがいつもの流れだ。

ゴム手袋をつけ、モップを手に取って作業を始める。


「あのさ。今日総会だったんだけどさ。ボスがまじ最悪なの。」

「玲奈ちゃんそれ去年も言ってたよ」

「まじか。でもそんな気するわ。でも今年は例年以上。ここ10年で最悪の出来。」

「逆ボジョレヌーボーだ。てか10年前って玲奈はもういたんだっけ」

「え、どうだろ。ちょうど微妙くらいの時期かも。」

「そっか。俺はここ数年の玲奈ちゃんしか知らないからなあ。新人の玲奈ちゃんも見たかったなー。可愛いんだろうなー。」

「うっさい。仕事しろオッサン。」

「はーい。」


岡本が相手なら何故か愚痴も軽口になる。

偶然が重なったとはいえ、今日会えてよかった。


「そんでさ、後輩のまなみちゃんに最低なこと言ってんのよ。だから私言ってやったの。私が立派な殺し屋に育てますって。」

「おーかっこいい。」

「でしょ!」

「でも立派な殺し屋っていないけどね。人殺してる時点で立派じゃないし。」

「それはそうね。」


モップを片手に話していると、いつも頭をよぎることがある。

もし私が岡本と同い年で、ここが小学校の裏庭だったら。

近所に住んでて、同じ小学校で、こうやって毎日話す友達だったら。

私と岡本は今も日の当たる世界にいられたかもしれない、と。


「よし、血はそこそこ吸えたから袋詰めしちゃおう。」

岡本の声で我に返る。

「はーい。」

死体を黒いビニールに詰める。この作業でいつも私は闇の住人だと実感する。


「じゃあ持つよ、せーの」「重っ。なんだこいつ」「そっちちゃんと持ってる?」

あーだこーだと言い合いになるのも恒例行事だ。死体を前にしてこんな感じなのは、我ながら感覚が麻痺していると思う。


どうにか死体を車に押し込むと、岡本は軽く息をつきながら、私と美咲に微笑みかけて「よし、あとはやっとくから。お疲れ様。」と言った。


血痕を残さないための細かな掃除、必要に応じて防犯カメラの加工や関係者との折衝など、岡本の仕事はこの後も続く。

幸い今回のターゲットは親も死に離婚済みであり、身元を案じるような友人も調べた限り居ないので、そんなに難しい処理はいらないだろう。


スポンジと霧吹きを手に、気合を入れ直す彼は、どこか職人めいていた。


「じゃあ私たち行くね。あとはよろしく。」

「おう。また何かあったら言えよ。」

「お待たせ美咲。じゃあ行こっか。」


私は美咲を連れて歩き出した。


「なんか楽しそうでしたね。すごい喋ってた。」

「そうかな?」

「そうですよ。今もさっきよりテンション高いままだし。」

「うっさい。」


清掃のプロは、私の心まで洗ってくれたのかもしれない。なんてね。

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