第6話 侵入者たち
私と美咲は岡本を背に、死んだ吉田の家に向かう。
静まり返った路地裏に、二人の足音だけが響いていた。
「吉田の家、行ったことあんの?」
「吉田って?」
「あいつだよ、さっき殺したオッサン」
「あー。雄二さんとしか呼んでなかったから知らなかったわ。誘われたことは何度もあるけど、適当にあしらってたなー。そんなにお金ないくせに見栄っ張りでキモいから。」
目の前の女の、強かな処世術の片鱗に触れた瞬間だった。
「見栄っ張りの家か。それは気乗りしないね。まあでも、今はとにかくここから離れないとな。」
私達は少し早足で路地裏を抜け、新宿の大通りに出た。
そこで岡本が呼んでいたタクシーに乗り込む。こういうところまでケアしてくれるから、岡本は他の清掃員より信頼できる。
「てか、このタクシーも裏のやつなの?」
「車内で聞くことか。そうだとしたら乗客が知らないのは怪しいだろ」
「確かに。」
「まあ、岡本に頼んでこの車の情報は本部に流れないようにしてあるから大丈夫だけど。」
オフレコで、という指示。少し厄介な案件の時は岡本にそう頼んでいる。
私の少々無茶な要望も応えてくれる優秀な男だが、昔一度その理由を聞いた時、彼は「俺、玲奈さん推しなんで」などと妙なことを言っていた。
「え、他のタクシーの情報は流れてるってこと?」
「うちで手配する車はそうだ。運転手も車内カメラも、全て本部からアクセスできる。」
「へー。知らなかった。」
「ターゲットの追跡と、謀反者の炙り出しのためらしい。まあ、データが膨大すぎてほとんど見られてないみたいだけど。」
「そうなんだ」
「ただ、時々ランダムに抜き打ちで確認されているって噂だ。」
「ハワイの税関みたいなシステムだ」
「まあそうだな。」
美咲は時々、変な例えを出してくる。そんなちょっと抜けてるところも魅力的に感じてしまう私も、おぢたちのように彼女の手の内で転がされているのかもしれない。
世田谷公園の近くでタクシーを降りる。
「なんか喉乾いた。コンビニ寄っていい?」
「私もお腹空いてるし、買い出しだな」
近くのコンビニに寄って、ビールやおつまみを買い込んでいく。
「ポテチは要るよな、絶対。」
「なんでカルビーじゃなくてコンビニの安いやつなの」
「別に味一緒だろ。」
「発泡酒じゃなくてビールにしようよ」
「やだよ。高いじゃん。」
「ケチ。いいもん、私払うし」
「じゃあこれもよろしく」
「うわ、急に良いウイスキー選び出したよこの人。」
「うるせえ黙れ殺すぞ」
「はいはい」
コンビニを出て、交差点を曲がって少し歩く。
「住所は世田谷区下馬。確かこの辺だと思うんだけど」
「玲奈さんも行ったことはないのね」
「そうね。住所と外観の写真は持ってるんだけど」
しばらく歩くと、写真通りの古い木造の一軒家に到着した。
美咲がドアに鍵を差そうとするのを止める。
「え?入らないの?」
「家間違えてたら完全に不審者だから、一回確認するの」
インターホンを鳴らして反応がないことを確認する。若い女子二人に居留守を使う人間は基本的に居ないはずなので、反応がなければ留守だ。
「よし、開けていいよ。」
反応がないことを確認して、美咲にドアを開けさせる。
「どうぞどうぞ。」「どうも。」
美咲のわざとらしいエスコートに乗っかって中に入る。
「じゃあ、ルームツアーしちゃいますか!」
「そうね。」
かなり調子のいい美咲と私は、家の中を一通り見て回った。
玄関には、明らかに中年の趣味のフィギュアやオブジェの側に、取って付けたようにアロマディフューザーがあった。
リビングには小さなホームシアターセットがあり、プロジェクターとスピーカーが設置されている。家具はシンプルだが清潔感があり、見栄っ張りな性格が垣間見える。1階には広めのリビングとキッチン、 2階には寝室と小さな書斎がある。
私の調査では、吉田はかつて結婚していた時期に一軒家を購入し、離婚後も一人で住み続けていたという。
孤独な男は、美咲に執着することで希望を持とうとしていたのだろう。
ただ、彼がこの生活を続けるために投資話で騙した相手に私は殺しを依頼されたことを思えば、この男に同情はできない。
そんな考えを巡らせながら、美咲に続いて階段を降りた。
「うん。とりあえず、飲もっか。」
「ビールだな。」
「何か見る?私の趣味でいい?」
「…好きにして。」
私の複雑な心情などつゆ知らず、美咲は楽しそうに映画を選んでいた。
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