第4話 はすのね清掃社
「私、美咲。これからよろしくね!」
彼女が右手の銃をポケットにしまうのを確認して、私から名乗った。
「……私は玲奈。よろしく。」
目を逸らしたまま、彼女はぶっきらぼうに言った。
自己紹介をぎこちなく終えると、玲奈はおもむろにスマホを取り出し電話をかけた。
「もしもし、岡本です」
電話口から漏れ聞こえるのは、柔和そうな男の声だった。
「住所送るからすぐ来て。オフレコでお願い。」
「わかった。すぐ行く。」
それだけ話すと、玲奈はすぐに電話を切り、私に言った。
「今から岡本が掃除に来るから、ちょっと待ってて。」
私たちは暗い路地裏で岡本という男の到着を待つことになった。
しばらく無言が続く。玲奈が何度かこちらをチラチラ見てくるのは、私が逃げないか確認するためだろう。
意を決して話しかけてみる。
「あのさ、さっきの話だけど……」
「言っとくけど、この協力体制は完全に私の独断だから。本当なら、組織の決まりでは構成員以外に機密情報を漏らした奴は粛清されるの。」
「え、そっか、それはそうか。ということは?」
「この関係が上にバレた時点で、私もあんたも終わり。悪いけど覚悟しといて。」
玲奈が口にした残酷な事実に、私は改めて肝が冷えた。
「今から死体処理係が一人くるけど、そいつは組織の人員とかあんま知らないから誤魔化せるし、バレても口止めできる。」
先ほど通話していた岡本のことだろう。
「え、その人が裏切る可能性はないの?」
「1ミリもない。言い切れる。」
「オカモトだけに?」
「やめてよ。そしたら0.01mmあることになるじゃん」
「守ってはくれそうじゃない?」
「まあ確かに岡本は紳士的だよ。だから怖がらなくて大丈夫。」
「心配してくれるんだ。ありがと。」
シャレが通じて、少しだけ気持ちが和らぐ。
「これ片付けたら今日は解散?」
「いや、秘密を知られてみすみす帰す殺し屋がどこにいる。これからは基本的に私と行動を共にしてもらう。」
「まじか。しんど。」
「ただ私の住んでる社宅には連れて行けないし。どうしよう。」
「じゃあウチ来る?たまに担当くるけど」
「あー絶対だめ。ホストは大体どっかの組織に繋がってるから。」
「え、まじ?」
和らいだ気持ちがまた落ち込む。
途方に暮れて俯くと、間抜けな面をしたおぢ。
家?家に誘う?
私は肉バルでの会話をふと思い出した。
「じゃあコイツの家行く?絶対誰もいないし。なんかホームシアターあるらしいよ」
この男が私を連れ込もうとしたダサい口実を、そのまま使ってしまった。
玲奈は一瞬考えた後、うなずいた。「分かった。行こう。場所は私も調べてあるし」
思いもよらない形で、ずっと避けていた部屋に行くことになった。
しばらくして、一台の車が路地裏に入ってきた。
『はすのね清掃社』とプリントされたハイエースは、この街では頻繁に見かける車で、私は非日常から現実に引き戻される感覚に襲われた。
咄嗟に身を隠そうとする私をよそに、玲奈は車を近くへと誘導した。
殺害現場のすぐ近くに停まった車から、小太りの男が1人、にこやかに降りてきた。
「お待たせー。」
「おう岡本。」
一瞬わけが分からなくなったが、どうやらこの男が岡本らしい。岡本が現れると、玲奈は軽く笑みを浮かべて挨拶を交わした。
「玲奈ちゃん、いつも急に呼ぶよねー。で、お隣の子はどちら様?」
岡本が軽く冗談めかして言うと、玲奈は微笑みながら私を紹介した。
「美咲。最近入った相棒だよ。」
「ほら美咲、これが岡本。死体処理のプロだから、安心して。」
玲奈の言葉に、私は小さく頷いた。
「よろしくね、美咲ちゃん」
岡本が親しげに微笑みかけて言ったので、私も微笑んで会釈した。
「それにしても玲奈ちゃんは嘘が下手だねー。」
突如、その場に緊張感が走る。
「は?うるさい。何?」
「詳しいことは聞かないし、美咲ちゃんの存在は誰にも言わないよ。それでいいでしょ?」
「さすが。わかってるじゃん。」
「そりゃわかるよー。俺玲奈ちゃんのこと大好きだし。」
「は?うっさい。死ね。」
「はいはい。」
緊張したのがバカらしく感じるほどぬるい会話で私の身の安全がひとまず確保されたところで、死体処理の作業が始まった。二人の和やかな会話に加わる気にもなれず、私は静かに立ち尽くし、放心状態のままハイエースを見つめていた。
『清掃のプロ どんな汚れもお任せください! 綺麗な街づくりを応援します』
車体に書かれたキャッチコピーが、実は恐ろしい意味を持っていたと悟った。
しかし同時に、その言葉が今は頼もしかった。
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