第2話 撃つ手なし
ここしかない。
そう息巻いて放った鉛は、狙い通りに命中した。
しかし、その判断をすぐに私は後悔することになる。
その夜の私は、ひどく気が立っていた。
私、玲奈が所属する殺し屋組織・黒蓮会の総会を終えた帰りだった。
黒蓮会は新宿最大の殺し屋組織であり、その構成員が年に一度勢揃いする総会は、あるクラブを貸し切って行われた。とはいうものの、黒蓮会ではフロント企業の事業としてクラブ運営を行っており、単に自前の店を使っただけの話である。
私は昼間から探していたターゲットを見つけられぬまま、私なりの殺し屋としての正装である黒いレザージャケットとパンツで参加した。
「普段はいい女揃えてる店が、今日はむさ苦しいったらありゃしねえな」
ボスの黒崎が飛ばす笑えないジョークに、愛想笑いが響き渡る。
その”いい女”たちは、秘密保護の観点から、今日は出入り禁止となっている。
「女っ気の一つもないよなあ。おい玲奈、お前も色のある服を着ろよ。あと色気もあったら最高なのにな。ガハハハ」
酒が回るとこのザマだ。虫唾が走る。
ウチの経営するクラブは高級店らしく、勤める女たちはみな煌びやかな服や鞄を買って、あるいは頂いているらしい。
私からすれば、あんなのはケバい。職業柄、黒い服ばかり着ているうちに、私は愛着とこだわりを持ってモノトーンコーデを考えるようになっていた。
たまの休日に後輩の女を連れて買いに行く位には。
「おい、お前名前は、まなみっていうのか。細えし顔がいいな、お前こっちで働いたほうが稼げんじゃねえか。」
その可愛い後輩が、この店のオーナーでもある黒崎に絡まれている。
「この店に来るってんなら、俺が手ほどきしてやるから。」
手ほどき。私はその意味を深くは知らないが、察することは容易にできた。
「ボス、それには及びません。彼女は私が一流の殺し屋に育てます。」
カッとなった私が楯突くと、黒崎は
「ほう。面白いじゃないか。」
と、何も面白くなさそうな顔で言った。
その後、私より随分コミュニケーションに秀でている同僚の佐藤という男が、その場を宥め、裸踊りで場を盛り上げるのを、私は複雑な気持ちで見ていた。
そんな帰り道。路地裏でターゲットを見つけた。
昼間できなかった任務を完了させたい。
というよりもむしろ、とにかくむしゃくしゃする、殺し屋としてのプライドを取り戻したい、などの動物的理由が大きかったかも知れない。
気がついたら裏道からポジションを確保して、銃を放っていた。
すぐに死角からこちらを覗く女と目が合う。
このいかにも都会の夜が似合う風貌の女は、さっきからどうやら男の少し後ろにいたようだった。
殺しの現場を目撃されることは、殺し屋にとって致命傷だ。
こういった事態を避けるため、なるべく複数人で行動し、周囲を確認してターゲットだけを殺せる場所に誘導するよう指導されてきた。
「だから単独行動はするなって言ったろ。俺ら仲間なんだから、な!」
佐藤の暑苦しい苦言が今から想像できて、うんざりする。
引き金に手をかけたところで、先程のクラブの看板に、目の前の女に似た風貌の女が数多いたことを思い出す。私ら殺し屋とその女たちに面識はないが、一応は構成員同士であるため、間違って殺してしまうと多少問題になる。
この女はうちの女か?いや、うちにしちゃ安い格好なのか?
派手な服に疎い私には見当もつかず、どう処理するか決めあぐねていた。
その時だった。
「あ、あの!」
目の前の女が震える声で私を呼んだ。
「何。うるさくしたら撃つよ。」
私は彼女に銃を向け、つとめて冷静に言った。
「服、すごく、カッコいいですね。」
こちらを真っ直ぐ見つめるその目に、嘘や媚びや命乞いは無いように見えた。
「こんな状況で言うことかよ?」
真正面から褒められるのは初めてで、少々面食らう。
「この人のこと、殺してくれてありがとうございます。スカッとしました。」
「そっか。」
金で買われていた、というより自分から買わせていたのか。
この手の男が若い女を連れているのは、えてしてそういうことだ。
「なんで撃ったんですか?あなたも何か恨みがあったとか?」
「いや、ただの任務。」
「任務?」
しまった。完全に詰んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます