第35話 千年狐狸精
タマモを吸収し、9尾となったタマモの本体――千年狐狸精は体からあふれ出しそうな力に、多幸感で体をぶるりと震わせた。
元より、千年狐狸精と言う
そこそこに強く頭も回るが、例え反旗を翻しても、どうにでも処理できる。
故に女媧は千年狐狸精を使い捨てる事にし、故に千年狐狸精は女媧に抗う事にした。
とは言え相手は創造神、最強の存在である。今の己ではどうやっても敵わない。
そんな中で訪れた機会が、自分が使い捨てたと思っていた、
千年狐狸精は女媧の目が及ばないはるか遠くの大陸に、タマモを陰から導いた。
その目的は、タマモにその大陸の創造神とコンタクトを取らせることだった。
その試みは、ある意味では成功したが、ある意味では失敗した。
タマモがコンタクトを取れた
当が外れたと。最初は直ぐにでもタマモを吸収しようかと思った千年狐狸精だが、これまで何度も己の予想を裏切ってきたタマモの意外性に、最後の機会を設けてみる事にした。
『この分け身は追い込まれれば追い込まれる程にその力を発揮する』
そう考えた千年狐狸精は、殺生石より復活したタマモを追っていた陰陽師を
「しかし、まぁ瑞獣の力までも取り戻せるとは思いませんでしたわ」
千年狐狸精はコロコロとそう笑い空を見上げる。
その結果があの天気雨であり、そのおまけとしてタマモは瑞獣の力を取り戻した、否、獲得したのだ。
そして今、己はそのタマモを吸収した。
「うふふふ。嬉しい誤算とはまさにこのことですわ。そうですわねせっかく授かったこの能力……、んーここは分かりやすさ重視で吉凶結界とでも名付けましょうか。どう思いますジョンさん?」
千年狐狸精はにっこりと笑って、コソコソと自分の背後から奇襲を試みていたジョンにそう言った。
「あっ……はい……良いんじゃ……ないでしょうかね?」
「あら嬉しい♪」
そうやって顔をほころばせる千年狐狸精からジョンは即座に逃げ出した。
「ひえっ! やっぱばれてるじゃねぇか!」
「うろたえるな友よ! 元より神に奇襲など通じん!」
ハカンはそう叫びながら真正面から千年狐狸精に向かっていく。
タマモの踏み込みによって生じた衝撃波によって、一旦は皆、吹き飛ばされた。
だが、その程度の理不尽ならば、ジョンとハカンは今まで何度も味わってきた。
2人は、いまだに目を回しているタマモ被害者の会・新入会員はほっておいて、なんとかしてタマモを千年狐狸精から奪い返すべく、隙を狙っていたのだ。
「くすくす。ええそうよ、兄さん。今の私は神になったの。それもバコタール等と言うマイナーゴッドではないわ。
グレートスピリッツへと通じた私は、この
黒瑪瑙の少女へと変化した千年狐狸精はそう笑う。
「きさ……」
「まっまて落ち着けハカン! あんなもの分かりやすい挑発だっ!」
「だとしてもッ! 我が血、我が神、我が大地ッ! 愚弄され黙っていられるものかッ!」
血がにじむほどに歯を食いしばり、ナイフを片手に突撃したハカンであるが――
「うふふふ。あわてんぼうの兄さんね。今の私に抗えるとでも?」
「がっ⁉」
ハカンが踏み込んだ大地が、不運にも、タマモの衝撃波によって脆くなっており、それに足を取られたハカンは転倒する。
「これしきッ!」
ハカンは転倒した勢いをそのままに、くるりと前転しながらナイフを投擲しようとしたが、不運にも、柄が壊れ、刀身だけがあらぬ方向へと飛んでいった。
「だとしてもッ!」
無手になったハカンはそれでも千年狐狸精へ立ち向かおうとした。
だが、不運にも風に流されてきたタンブルウィードが地面の凹凸により大きく跳ね上がりハカンの視界を塞いだ隙に、ハカンは逃げ遅れていた暴れ牛に突き飛ばされた。
「がっ⁉」
「味方には吉兆を、敵には凶兆を。瑞獣の力が創造神と結びつけばこれほどの事が起こるのですねぇ」
無様に突き飛ばされたハカンを見ながら、黒瑪瑙の少女から元に戻った千年狐狸精はコロコロと笑う。
「だっ、だめだ。こんなもんどうしようもねぇ……」
味方だったときは頼もしい事この上ない能力だったが、それがそのまま自分たちへと降りかかって来たのに対して、ジョンは嫌な汗を流しつつそう呟く。
その時だった、タマモが作ったクレーターの底からピシリと何かがひび割れる音が響いて来た。
「へ?」
また何か、瑞獣の力とやらの影響だろうかと、恐る恐る振り向いたジョンの視線にはクレーターの底に走る一筋の亀裂が目に映った。
ピシリはグラリと音を変え、亀裂の底へと向かって周囲の地面が落ち込んでいく。
「えっ? ちょっ! ちょっと!」
このまま周囲の地面が全て落ち込んでしまうのではと恐怖にかられたジョンだったが、暗い裂け目から赤が見えた事で、
そして、その記憶と現在が一致した。
『てめごら、あたしの庭でなにさらしてくれとんのじゃ?』
亀裂から噴き出した溶岩は長い前髪で目元を隠した成人女性の姿となり、その女性はゴリゴリと拳の音を鳴らしながら、千年狐狸精にガンつけたのだ|(もっとも以下略)。
「おやおや、どこのどなたかと思いきや――
滅亡しかけの部族に奉られた哀れで惨めで矮小な地方神であり、
『よーし潰す、今すぐ
こうして、第二次怪獣大決戦の幕が上がった。
★
「うっおおおおお⁉」
ジョンは怪獣大決戦の巻き添えにならないように、気絶したままのマーガレットとヘレンを小脇に抱えたままに素早くその場から退避した|(もちろんハカンは置いて来た)
「こっこんなもん唯の人間にどうしろってんだよ⁉」
バコタールが上手く誘導したのか、それとも千年狐狸精がハンデとして
「どっ……どうなんだ? 勝負になってんのか?」
上空に目をやれば、金色の光点に、赤い線が何度も何度も突撃していく軌跡は見えるが、余りの遠さと速さに、何をやっているのか唯の人間であるジョンに判断は出来なかった。
そんな風に、上を眺めながら走っていたジョンは何かに躓きすっころぶ。
「ぶげらッ⁉」
小脇に抱えた2人の女性を辛くも軟着陸させた代償として、自らは顔面から地面に激突したジョンが、何に躓いたのかを確認すると、そこには放心状態でぼんやりと空を見続ける智の姿があったのだ。
「おっ! おいお前! そんな所に居ちゃ巻き込まれちまうぞ!」
「――――――」
「おい! 聞いてんのか⁉」
「――――――」
「そんなに隙だらけだと~悪い狼さんに襲われちゃうぞ~?」
「この非常時に何やっとんのかこのド変態!」
「たわばッ⁉」
智の背後から手をわきわきさせつつ忍び寄っていたジョンは、投げ出された衝撃で目を覚ましたマーガレットから後頭部を強打され再度顔面から地面に激突した。
マーガレットはそんなジョンなど無視して、放心状態の智を引っ張り起そうと手を握るが――
「……
「何言ってんの! 今はそんな場合じゃないでしょ⁉」
上空で行わているのは人知を超えた怪獣大決戦だ、ちっぽけな人間同士のいがみ合いなど関係ない。
そう言おうとしたマーガレットに、智はこぼれ落ちる涙を拭う事もせずにこう言った。
「
「……それ……は」
「
「そん……な」
「
研ぎ澄まされた刃のような少女の面影など、最早どこにも存在していなかった。
そこに居たのは、真なる悪に舞台装置として使い捨てられた、1人の哀れな少女だった。
手を伸ばせば容易く壊れてしまう繊細なガラス細工のような少女に、マーガレットは何と声をかければよいのか戸惑っていると――
「ほーら。悪い狼さんだぞー」
「この不埒者ッ‼」
「おがっ‼」
羞恥に頬を染めた智に全力でビンタされたジョンは、その勢いでぐるりと一回りした後、なんとか踏みとどまり、智の目をしっかりと見据えた後、上空を指さしこう言った。
「アレを何とかする、手伝ってくれ」
「何とか……って」
「何とかは何とかだ。だが、俺たちにはアレに対する知識も手段も何もかも在りはしない」
「…………」
「なぁ。アンタはああいうのの専門家なんだろ? 何とかならないか?」
そう言ってしっかりと自分を見つめてくるジョンの視線に耐え切れず、智は目をそらしながら問いかける。
「何故……そこまで?」
震える声でそう呟いた智に、ジョンはカラリとした笑みでこう答えた。
「前にも言ったろ? アイツ
その余りにも余りな答えに、しばしあっけにとられた智は、堪えきれぬ笑みに肩を揺らしながらこう言った。
「まったく……貴殿はどうしようもないド変態にござるな」
「はっ! 知った事かよ! こればかりはしょーがねぇ! 誰が何と言おうと好きなもんは好きなんだよ!」
そう言って頬に手形を付けながらキラリと歯を輝かせるジョンに、智は真剣な面持ちでとある可能性を提示した。
「今の
だが、その力の源は九尾狐……貴殿らがタマモと呼ぶ方にあるでござるよ。
しかし、タマモはまだ本体に吸収されたばかり、今ならばまだ引きはがせる可能性はあるでござる」
「それは分かる、だが手段はどうする?」
「カギとなるのは、貴殿でござるよ、ジョン殿」
「俺?」
「左様。
恐らくはこの場の、否、この大陸のどの様な存在であろうとも、今の
グレートスピリッツに繋がり力を得た千年狐狸精は、瑞獣の力をフル活用し、自動的にで自分に敵意を持つ者の行動を阻害できる性質を得ている。
故に、グレートスピリッツの力が及ぶ範囲において、千年狐狸精は無敵の存在へとなり上がったのだ。
皆に言葉が届いたことを把握した智は言葉を続ける。
「その唯一無二の例外がジョン殿にござる。
貴殿は瑞獣の力の中枢であるタマモと深い契約で結ばれているでござる。故に、貴殿だけは敵とみなされないにござる」
「俺……だけが……」
ジョンはそう呟き上空を見上げ――
「で? 俺にどうしろと?」
そう言って小首をかしげるジョンから、智はそっと視線をそらす。
「え? いやいやいや。アレよアレ。あの怪獣大決戦に、唯の人間である俺が何をどうしろと⁉」
ジョンは片手で智の肩をがっしりと掴みつつ、何度も何度も上空を指さした。
「しっ! 仕方ないでござろう!
「おいこらてめぇ! 開き直ってんじゃねぇよ! 俺はアレを何とかしろって言ってんの!」
そうやってギャーギャーと醜い争いを始めた2人の耳に、聞き覚えがない声が響いて来た。
『何とか……なるかもしれないよ?』
「「ふが?」」
お互いの頬を引っ張り合っていたジョンと智は、声の方へと同時に振り向く。そこには、長身瘦躯でなよなよとした、いかにも頼りなさそうな金髪の男が立っていたのだ。
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