ナインテール・meet・ウエスト~ロリコン保安官は荒野の中心で愛を叫ぶ~

まさひろ

The 1st/ナインテール・meet・ウエスト(九尾、西部に出会うの巻)

第1話 妾こそ金毛白面九尾の狐!

 時は19世紀末アメリカ合衆国。

 新大陸に夢を求めた人々が、希望溢れる荒野へと開拓者魂を頼みに次々に進出していった。

 そう西部開拓時代である。


 そんな時代のカリフォルニア州(注1)のとある開拓町であるナスカッツにて物語は始まる。



 ★



「きぃやああああああ!」


 日差し眩しい荒野に絹を裂くような乙女の悲鳴が鳴り響く。

 西部には希望があるがそれと同程度の危険も溢れている。

 乙女の悲鳴。それが意味するものは――


「ちょっ! ちょっと待てッ!」


 乙女の悲鳴に追い立てられるようにカサカサとゴキブリのように逃げ惑う若い男があった。


「だれが待つかこの変態!」


 西部の女はじゃじゃ馬ぞろいだ、水浴びのために井戸にいた彼女たちはそれを覗こうとしていた変質者に向けて、そこらに転がっていた石を全力で投擲する。

 当たれば割とシャレにならない程度の被害を受けるだろうそれを、男はカサカサとかわしながら必死になって弁明する。


「だから俺は防犯のためにだな!」


 そう言う男の胸には金色に光り輝く五芒星があった、それが意味するのはただ一つであるのだが――


「アンタに防犯云々言われる筋合いはないこの変態!」


 罵倒と投石が激しくなり、男はあっさりと弁明を諦め逃げ出した。

 男の名はジョン・サイランド|(20歳)。

 ここナスカッツの町唯一の保安官(注2)である。



 ★



「ったくあの年増どもめ、キャンキャンとコヨーテみたいに泣きわめきやがって」


 追手から逃れたジョンは、ぶつくさとグチを呟きつつ保安官事務所へと帰っていた。


「だいたいテメェらみたいな駄肉の塊に用はねぇってんだ」


 骨折り損のくたびれ儲けとでも言いたげに口を尖らすジョン。

 そう、彼は飛び切りの変態であるのだが、その選美眼には独自の基準があった。


「やはり女は少女に限る!

 あどけない純粋無垢なその瞳!

 すらりと未発達なロマンあふれるbody!

 ああ! 天にまします我らが神よ! どうかこの哀れな子羊に、とびっきりのつるペタ美少女をお与え下さい!」


 通りのど真ん中で突如熱弁しだすキ印に、住民たちは嫌悪半分諦め半分の視線を向ける。

 ジョンは町唯一の保安官であり、銃の腕前だけならばこの町では並ぶものない存在なのだ。


「はぁ、まったくアンタはいつまでたっても……と言うか日を追うごとに酷くなるわね」


 ロリータ賛歌をノリノリで口ずさんでいるジョンに深々としたため息がぶつけられる。


「ん? なんだマーガレットか、なんか事件か?」


 ジョンへ声をかけて来た赤毛の女性は、彼の幼馴染でもあるマーガレット・エヴァーグリーンだった。

 彼女は頭痛をこらえるように頭を押さえつつこう言った。


「事件を起こしてるのはアンタでしょ、大概にしとかないとここから叩きだされるわよ」

「おいおい。俺はこの町の治安を預かる正義の保安官だぜ?」

「その保安官が率先して治安を乱してるのが問題なのよ。いい年した男が少女趣味なんて気持ち悪い」


 そう吐き捨てる彼女は女性にしては長身の5・6フィート(約170㎝)であり、誰しも|(ジョン以外)が見惚れるようなプロポーションをしていた。


「はっ、肉まんじゅうどもの嫉妬の声なんて聞こえないね」


 どこ吹く風と口笛を吹くジョンにマーガレットは何度目かのため息を吐きつつこう言った。


「まったく、アンタも昔はもう少しまともだったような気がするんだけどねぇ?」

「はっ! 知ったことか、俺は俺の信じる正義を信じる。それだけだ」


 そう言ってニヤリとほほ笑むジョンの耳に、これ以上なく分かりやすい異変の音が聞こえた。


「銃声?」

「……そうみたい、なにかあったのかしら」


 この町はカリフォルニア州の片田舎であり、厄介なインディアンたちが襲撃してくることもない平和な町だ。そんな町だからこそジョンでも保安官が務まってきたのだが……。


「何にしろ異常事態ね。アンタのでば――」


 マーガレットがそう言ってジョンの方を振り向いた時、彼女の目に映るのは銃声とは逆方向に全力疾走するジョンの後ろ姿だった。


「んっ――よッ‼」


 マーガレットは近くに置いてあったロープを素早く投擲し、逃げ出したジョンを捕縛する。


「まっ! 待て! 話し合おう! 暴力はいけない!」

「やかましい! 話し合いがしたいなら事件現場でして来なさい!」

「やめっ! やめろ! 死にたくなーい!」


 ジョンを簀巻きにしたマーガレットは問答無用に担ぎあげ現場へと連行する。

 そう、ジョンはとある理由から銃の腕こそ超一流なのだが、生まれ持ってのヘタレな性格が影響して人間に銃口を向けることが出来ないという保安官として致命的な欠点も抱えていたのだ。

 町の住人たちはその事をよく知っているので、このような人格破綻者であっても、飾り物の保安官として生暖かい目で受け入れていたという訳だ。



 ★



「トンプソンさん。何がどうしたんですか?」


 剣呑な空気を漂わせている現場へとたどり着いたマーガレットは荷物ジョンをそばに投げ捨てると、倉庫前で銃を片手に話し合っている一団の中心人物に小声で尋ねる。


「ん、あぁ。マーガレットちゃんか。ちょっとヤバいことになってな」


 貿易会社の社長であり目の前の倉庫の持ち主でもあるトンプソンは、倉庫から視線を逸らすことなくマーガレットに説明を始めた。


「――という訳だ。あの野郎この町に保安官がいないことを知ってたのか知らなかったのかは知らんが、上手く隙をつかれちまった」

「強盗犯……ですか」


 トンプソンが語った内容とは、近くの町で強盗を働き逃げて来たアウトローが人質を取り倉庫に立てこもったと言う話だった。

 この町はカリフォルニア州の港町から内陸に行く道すがらにある町の1つという訳で、港に水揚げされた貿易品などを保管しておく倉庫もちらほらと存在していた。

 アウトローが立てこもったのはそのうちの1つで、間が悪い事にその際に従業員である中国人の男が人質にされたという事だ。


「そうだ。まぁ人質に取られたのが白人おれたちじゃなかったのは不幸中の幸いではあるが……」


 と、眉間にしわを寄せるトンプソンを不安げに見つめる目があった。

 その視線に気が付いたマーガレットは優し気にこう言った。


「大丈夫よメイメイちゃん、貴方のお父さんは私が助けてあげる。荒野の女は荒事には強いのよ」


 マーガレットはそう言って腕まくりをする。

 しかし、今まで平和だったこの町で荒事と言ってもたかが知れている。未体験の危険を前に、その腕は小さく震えていた――が。


「どけ、マーガレット。この先は俺の仕事だ」


 いつの間にか簀巻きから抜け出したジョンは、マーガレットを押しのけると中国人少女の前に片膝をつきながらこう言った。


「大丈夫だ、麗しい黒髪のお嬢さん。君の瞳に悲しみの涙は似合わない」


 ジョンはそう言って不安げに瞳を曇らせる少女の頭を優しくなでた後、キリリと表情を引き締め立ち上がった。

 変態ジョンの今まで見たことの無い真面目な顔に、周囲の人間からどよめきの声が上がる。


 正義と法の具現者である保安官バッジほしを胸に抱くもの。

 町の住民はそんな彼の歩みを祈りと希望を込めて眺めていた……が。

 始めは堂々たる足取りだったが、それは一歩進むごとにオドオドと挙動不審なものになっていき、倉庫手前まで来ると生まれたての仔馬の様なものになった。


「なっ……なぁ。やっぱり帰っていいかな?」

「良い分けないでしょうが! そこまで行ったなら覚悟決めなさい!」


 ジョンが速攻でヘタレることなど先刻承知なマーガレットが、彼の背後から叱咤の声を飛ばすと、倉庫のドアが小さく開きそこから黒光りする銃口が顔を見せる。


「ひっ⁉」


 おびえ上がるジョンに対して、銃口の後ろからどすの利いた声が出る。


「んだてめぇ……保安官か?」

「あっ! いっいえ、はい、いやまぁそうでは……」


 ごにょごにょと口を濁すジョンに、アウトローはイラつきながら羽交い締めにした人質に銃口を突きつける。


「保安官ならコレを見逃すことは無いよなッ!」

「くっ! 卑怯よ! チャンさんを離しなさい!」


 不安でジョンに付いて来たマーガレットは、彼の背後からそう叫び――


「は? いや別に野郎なんてどう――」


 盾にされているジョンはそう言いかけたが、彼のロリータセンサーに少女の祈りを込めた視線が反応する。


「人質から手を離せッ! この外道がッ!」


 ジョンはそう言って腰につるした銃に素早く手をかける――が。

 カチリカチリと複数の撃鉄が上がる音が周囲から聞こえ恐る恐る周囲を確認すると、倉庫の窓と言う窓から複数の銃口がジョンたちに向けられていた。


「あの~。御一人様じゃなかったんですかね?」

「はぁ? 誰がそんな事言ったよ」

「あっはっはっはー。ですよね~。ちょっと自分用事を思い出したので今回はこれで」

「はっはっは、まぁそう言うなってアンちゃん。ちょっと寄ってけよ」

「ひっ! わっ分かりましたから銃は向けないでーーー⁉」


 ジョンはニヤニヤと笑うアウトロー達にあっさりと降伏し、彼らはとらわれの身となったのだった。



 ★



「おら! そこで大人しくしてるんだな!」

「ほげッ⁉」


 言われるがままに銃を手放したジョンは、彼の近くにいたマーガレットと倉庫内の小部屋へと押し込まれる。


「はっ! 腰抜け保安官で助かったぜ。人質がイエロー1人だと流石に不安だったからな!」


 小部屋に閉じ込められたジョンは、ゲラゲラと笑う声を耳にしつつ殴り飛ばされた頬をさすった。


「畜生が、俺が本気を出したらあんなクズ等……」


 ジョンはぶつくさと呟きながら自分のおかれた状況を確認する。

 相手が自分を甘く見ているのか、それもとも面倒くさかったのか、銃を取り上げられただけで手足は拘束されていないが、ドアの向こうには見張りがいて脱出できる隙は無い。

 遠くで逃走手段がどうとか身の安全がどうとかいう交渉の声が聞こえてくるが、銃を取り上げられた自分になすすべはない。

 やられっぱなしは趣味じゃないが、ない袖は振れないと言う状況だ。


「う……くっ」

「あー、大丈夫かマーガレット? てかなんでお前も来たん?」

「るっさいわね! アンタが何しでかすか分からなかったからに決まってるでしょ!」


 女性であるマーガレットも一緒くたに小部屋に押し込まれているのは、銃を持った町民が倉庫を取り囲んでいる状態でお楽しみタイムにしけこむ度胸が無いことの表れだろうが、それが分かった所で事態が好転するとは思えない。

 小心者であるほど切羽詰まった状況では何をするのか分かったものではないからだ。


「さて……と。ここからどうする……か」


 何か脱出の手口がないかジョンが小部屋を見回すと、部屋の隅に古ぼけた木箱がポツンと置かれているのが目に入った。

 ここは貿易会社の倉庫である以上、木箱が転がっているのは奇妙な事ではない。

 どこにでもある少し小ぶりな木箱。

 その筈なのだが……。


「これは……」

「……なによ、その中に武器でも入ってるっての?」


 状況はこれ以上悪く成りようがない、取れる手段があるのならば全てやるべきだ。

 マーガレットにしてもそんな事ぐらいは良く分かっているが、その木箱から発せられる奇妙な雰囲気に少し及び腰になってそう言った。


「いや、分からん。幾らあいつらがアホでも武器の入った箱がある部屋に押し込めたりはしないだろう」

「まぁ、それもそうよね。アイツらがいつ此処に押し入ったのかは知らないけど、それ位のチェックはしてあるわよね」

「そうだな……」

「そうよね……」


 そうして2人は向き合って……


「「Rock! Paper! Scissors!」」


 同時に小声で掛け声を叫び手を出した。


「ぬぉっ⁉」

「よしっ!」


 勝負に勝ったマーガレットは小さくガッツポーズをし、ジョンは大きく開いた手のひらでそのまま顔を覆い跪く。


「さっ。勝負は絶対よ、とっとと開けなさい」

「……くそっ。これだから乳のデカい奴は……その分逆に器が小さいんだ」


 ジョンは勝ち誇るマーガレットを忌々しい目で見つつ恐る恐る木箱に近づき――


「なぁ、これってやっぱ開けなきゃダメ?」

「さっさとしなさい負け犬」


 木箱の天板に手が振れるギリギリで干からびたナメクジのような顔をするジョンの背を、マーガレットがじれったそうにケリを入れる。


「あがっ⁉」


 マーガレットの容赦ないケリによりジョンは木箱につっこみ――


「ってうお⁉」

「あら?」


 ジョンに体当たりされることになった木箱だが、見た目より劣化が進んでいたようで、バラバラとあっけなく崩壊した。


「つつッ……まったくこれだから乳のデカい奴は」


 木箱に頭を突っ込んだジョンがぶつくさと不平を呟きつつ、とっさに瞑った目をゆっくりと開く、木箱の中にあったもの、それは期待していた銃器の類ではなく――


「なん……だと……」


 それを見たジョンは体を雷が直撃したように体を硬直させる。


「え? なっなに……どうしたの……よ?」


 予想外のジョンの反応に、マーガレットは恐る恐る彼の背中越しに崩壊した木箱の中を見てみる。

 そこに有ったのは、否、そこに居たのは。身長およそ4.5フィート(約140㎝)程度の見慣れない服を着た金髪の少女だった。


(まさか……白人奴隷?)


 黒人奴隷ほどにメジャーではないが、白人の奴隷も確かに存在していた。

 しかし、奴隷制が終わった今、こんな幼子を奴隷として取り扱っている事が発覚すれば……。


 近所のおじさんが抱えていた底知れない闇に、マーガレットが顔を青ざめていた時。


「……た」

「……え? 何?」


 ポツリと消え去るようなジョンの声に、マーガレットが聞き返すと――


「神は……いた……」


 そこには祈りを捧げるように腕を組み、両の目から滝のような涙を流すジョンの姿があった。


「………………は?」

「いた! いや! 居るんだよ! 神は! ほら! 今そこに!

 見ろよマーガレット! この神々しいブロ~ンドヘアッ! 太陽の光を束ねて紡ぎあげたようなこの輝きは多少の埃などでは決して曇りはしないッ! そしてこの芸術的なBody! 清楚と蠱惑が人知の及ばぬバランスで両存している未完成な完成品! 膨らみかけの小さな胸には無限のロマンが! するりとした胴体には平和と安寧が! 薄くて小さな尻には未来への可能性と我儘な危険性が! 瞳を閉じて眠っちゃ――」

「正気に戻れこのスカポンタン!」

「ほげっ⁉」


 ほっておくと永遠に訳の分からない演説を垂れ流しそうなジョンをマーガレットは物理的に黙らせる。


「あんたアホなの⁉ バカなの⁉ 時と場所を考えなさいよ!」

「アホはお前だ! 目の前に理想のロリエンジェルが居るんだぞ⁉ 見ろ! この神々しさ……を?」


 と、改めてまじまじと少女を観察したジョンは、重大な異変に気が付く。


「あれ? この子……結構ヤバげじゃね?」


 雪のように透き通ったきめ細やかな白い肌、だが、その白は病的な白さであり、なおかつその薄い胸元は注視しなければならい程かすかにしか動いていなかった。


「おっ! おい! ヤバいってマーガレット! 誰か人を呼んでくれ!」

「人って言ってもどうすりゃいいのよ……」


 ドアの向こうにいるのはここを占拠したアウトローたちだ、病人がいるから医者を呼んでくれと言っても聞いてくれるはずがない。


(いや、そもそもこの子は何時からここにいたっていうの?)


 マーガレットの脳裏にかすかな疑問が浮かぶ。

 貿易会社の倉庫内におかれた古びた木箱、そしてその中にいた少女。

 ここの持ち主であるトンプソンが危ない橋を渡ってまで奴隷商売を行っていた気配はないし、勿論こんな子が町にいた記憶もない。

 考え込むマーガレットを他所に、ジョンは行動を開始する。


「くそっ! こうなったら埒が明かねぇ! とりあえず人工呼吸だッ!」

「どさくさに紛れて何やろうとしてんのよッ!」


 と、マーガレットはつい反射的にジョンの後頭部をパシリと叩く。


 少女に人工呼吸|(疑)をしようとしてたジョンの後頭部に背後からベクトルが加わったことにより、当然の結果としてジョンはそのまま前に倒れる。


「‼」「あ」


 そこから導き出される結論はシンプルだ、ジョンは少女に血が出るような情熱的な口付けをかわす事となった。


「っいっつぅう⁉ けど幸福はここにッ!」


 思いっきりぶつかったことにより歯で口を切ってしまったジョンは血をにじませながらも至福の表情を浮かべる。

 それを見たマーガレットは一瞬生ゴミを見るような視線をジョンに向けるが、今はこの腐れロリコンの事などどうでもいいと気を取り直して少女の具合を確かめようと――


「くく……」

「「……ん?」」 


 何処からか響いて来た第三者の含み笑いに2人は顔を見合わせた。

 ここに閉じ込められているのは自分たちの2人だけ、他には――


「くく……かかか……」


 他にいるのは死にかけの少女だけ、そのイメージとこの老獪な声が結びつかずに2人はキョトンとした顔をする。


「かっかっか」


 それは少女特有の鈴の音のような声質ではある。

 だがその響きには、この世の悪意を煮詰めたような粘ついた闇を含んでおり、マーガレットは全身の毛が逆立った。


 薄暗い部屋の中、木箱の破片の中にいた少女は、口元を紅に色づかせながらとても少女のものとは思えない妖艶で凄惨な笑みを浮かべてゆっくりと起き上がる。


「あ……あ……あ……」


 その時、マーガレットの中にあったのは恐怖の2文字だけだった。

 客観的に見れば、少女が起き上がっただけなのだが、少女から発せられる雰囲気は表にいるアウトローどころではない、子供の頃に見た特大のハリケーン天災じみたものだった。


「か・か・か。わらわを呼び覚ませたのは貴様じゃな?」


 少女はそう言って釣り目がちな目を愉快そうに薄っすらと開き、その中心にある紅い瞳に熱をこもらせる。

 人の形をした地獄。

 そう形容する以外に方法がない未知の存在がそこにあった。

 少女は呆けた顔をしているジョンをねっとりと眺めつつく自分の唇についたジョンの血をぺろりと舐め上げる。


「くくく。貴様ら白人どもの血は初めてじゃが。味はさほど変わらんの。

 まぁよい。これにて契約は完了した。貴様はわらわしもべとなるのじゃ」


 そう言ってニタリとほほ笑む少女の口からは鋭く尖った牙が覗く。

 何時かおとぎ話に聞いた吸血鬼モンスター

 人知の及ばない伝承の生き物。

 架空の筈の存在が目の前に現れた事が、マーガレットには理屈ではなく魂で理解できた。


「……ひ」


 と、マーガレットは自分が化け物に見られているわけでないのに、その雰囲気だけで腰を抜か――


「喜んでーーーーーーー!」

「「………………ん?」」


 この場にそぐわないテンションマックスな声に、マーガレットと少女化け物はそろって小首をかしげる。


「んーーーー。あれかな? 貴様のような下等な人間には少し難しい話じゃったかな?

 それともわらわ亜米利加語間違えた?」


 船旅の間は暇じゃったから適当に聞きかじって覚えたんじゃが? と小首の角度をさらに切り込む少女化け物に、ジョンはずずずいと近寄りながらこう言った。


「何をおっしゃるマイエンジェル! 俺が何度も何度も何度も夢想していた理想のロリが目の前に存在し、それがまさに貴方なのですよ! その言葉に頷きはすれ断ることなど出来ようか! 否! 出来ない!」

「え……ああ……うん。」


 全力で気持ちの悪い圧力をかけてくる変態に、少女化け物は若干引き気味に頷いた。


「まっ、まぁいい。どのみち貴様に拒否権などありはせんがの」


 仕切り直しとばかりに、少女はニヤリと不気味に微笑むが、そのすぐ横に人類の下限とばかりのニヤケ顔を晒している変態がいるので、さっきまでの緊迫感などまるでなかった。

 そんな2人を見つつ、置いてきぼりとなったマーガレットは恐る恐る少女に尋ねる。


「貴方は……いったい何なのですか?」


 マーガレットの恐れに『これだよこれ、これがわらわが求めていたリアクション』と言わんばかりに少女は満足げに頷くが、隣の変態は『YesロリータNoタッチ』の原則と己の欲望の間で人生最大の葛藤を行っていた。


「かかかわらわの正体……とな?

 まぁよい、特別に教えてやろう」


 少女はそう言うと、もったいぶって咳払いしつつこう続けた。


わらわこそは天地開闢より生きる妖狐!

 数多の王朝を愉悦の元に滅ぼした彼の名高き大妖怪!

 恐怖と災厄の化身、玉藻の前ッ! 金毛白面九尾の狐なるぞッ!」


 そう言って小さな胸を大きく張る自称、九尾の狐? なのだが……。


「……………………」


 眉間に深い皺を刻み、ストレッチをしているのかと見間違うほどに小首をかしげるマーガレットに、自称大妖怪? は恐る恐る尋ねる。


「え? 何? 知らんのわらわ?」

「あのー……そもそも妖怪って何ですか?」

「………………え? そこから?」

「あ……はい……すみません」


 しょんぼりと首を垂れるマーガレットに、自称恐怖と災厄の化身はいじけながら説明を開始した。



 ★



「――つまり……精霊みたいな?」

「あーうん。まぁそれでよいわ」


 分厚く立ちふさがる文化の壁に、玉藻の前は大幅に譲歩してそう着地した。


「その偉い精霊が、なんでこんな所に?」


 マーガレットはそう小首をかしげる。

 ここは少女が最後にいたと言う東洋の島国から太平洋をまたいだ国のその片田舎である。

 マーガレットの疑問に、玉藻の前は憎々しく口をゆがめながらこう言った。


「日ノ本の国にてわらわは少し失敗してな、長きの間にわたり封印されておったのじゃ」


 説明をぼかされたマーガレットは知る由もないが、今よりおよそ700年前の日本の平安時代末期。玉藻の前は時の上皇が組織した討伐軍により成敗され殺生石へとその身を転じていた。


「人間どもの目をごまかし、少しずつ力を取り戻したわらわは、なんとかこうして実体化出来る程度までは回復した。

 さて、ここから本格的に人間どもを襲って本来の力を取り戻し、以前のように好き勝手やろうとしたその時じゃ。わらわの復活を察知した腐れ陰陽師めが襲撃してきおってな。その魔手から逃げ伸びるうちにここにたどり着いてしまったという訳じゃ」


 そう言って頬を膨らませる少女。

 当人の一方的な話ではあるが、どう聞いても人間にとって害悪でしかない存在にマーガレットは頭を抱え込みたくなったが……。


「そいつは……敵、だな」


 マーガレットが玉藻の前の話に集中するあまり、すっかり存在を忘れていた変態ジョンが、真面目な顔をしてそう呟く。


「……え?」


 ついに自分が置かれた状態、すなわち人類の敵である玉藻の前悪い精霊しもべとなった事を理解したのかと、マーガレットがジョンを見ると、ジョンは口角泡立てこう叫ぶ。


「俺様の理想のロリに手を出そうなんてふてぇやろうだ! 陰陽師だかなんだかしらねぇが、ぶっ飛ばしてやる!」

「え? いや、アンタさっきの話聞いてた?」

「聞いてたからこう言ってんだろうがッ!」


 怒髪冠を衝くジョンバカに、マーガレットがあきれ果てていると、玉藻の前はカラカラと笑いながらこう言った。


「かかか。その意気や良し。少しばかりおかしなところはあるがわらわしもべとして合格じゃ。

 まぁ、今のわらわは全盛期からは程遠い。この国にて力を取り戻し、あの島国に舞い戻ってくれよう!」

「おお! リベンジですね!」

「うむ! やられっぱなしはわらわの沽券にかかわる!」


 そう意気投合するバカとロリに頭を抱えるマーガレットは、ため息交じりにこう言った。


「はいはい、そりゃ良かったですね? で? 全盛期から程遠いと言うあなたに何が出来るのですか?」


 話を聞くうちにすっかり玉藻の前を舐め腐ったマーガレットの言葉に、玉藻の前はニヤリと頬をゆがめてこう言った。


「かかか。確かに今のわらわにはそう大した事は出来はせん……じゃがな」


 玉藻の前はそう言うと、ちょいちょいと、ジョンを手招きする。


「へ? 何っすか?」


 何か内緒話でもあるのかと、ジョンが背を屈めたその時だった。


「貰うぞ? しもべ、初仕事じゃ」


 玉藻の前はそう言うなりジョンに口付けをした。


「「⁉」」


 突然の行為に目を白黒させる人間2人。

 だが、その片方である口付けをされたジョンは、天国から地獄へと落ちる。


「ッ⁉」


 今まで感じたことの無い感覚――

 自分の中から力がごっそりと吸い取られるような――

 あるいは何か巨大なモノが自分の中をズタズタに引き裂きながら通り抜けるような――

 そんな奇妙な感覚と共に、猛烈な倦怠感が沸き起こり、ジョンは立つことすら出来ずにべちゃりと倒れ伏す。


「ジョ……」


 糸の切れた人形のように倒れた幼馴染にマーガレットは駆け寄ろうとしたが、明らかな異変を目にしてその足はピタリと止まる。


「あ……貴方……は」


 マーガレットの視線の先、そこにさっきまでいた少女はいなかった。

 そこには身長5.6フィート(約170㎝)程度の、女の自分であっても目もくらむような美女の姿があった。

 しかし、変化はそれだけではない、彼女の頭部にはピンと尖った2つの耳が、そしてその腰からは1本の豊かな尻尾が生えていたのだ。


「かかか。先ずは……と言った所じゃの。これでも本来の力からは程遠いが、ゴミ掃除程度には十分じゃ」


 そう言って魂が吸い取られるような妖艶な微笑みを浮かべる玉藻の前。

 彼女から発せられる圧倒的な気配を前に、マーガレットは蛇に睨まれた蛙のように体を硬直させ――


「ふざけんなーーーーーーー!」

「「⁉」」


 突如発せられた怒号に、2人はビクリと体を震わせる。


「ふざけんな! ふざけんなよテメェ! 返せ! 理想のロリマイエンジェルを返してくれよ!」

「いや、お前なんでそんなに元気なの? わらわ結構適当に加減せずに吸ったのじゃが?」

「知るかそんなもん! 俺の夢を返してくれ! 

 あんまりだ……あんまりだよこんなことって……。

 さっきまで……さっきまでは確かにそこにあったんだよ、ついにゴールにたどり着いたと思ったのにそれが消えるなんてあんまりだあああああああ⁉」


 そう言って全力で号泣するいい年をした男の姿に、2人は静かにドン引きする……が。


「やかましい! 何騒いでんだこのクズどもッ!」


 ドアの向こうからかけられてきた怒号に、玉藻の前はこれ幸いといったんこの変態の事は忘れる事にしてドアに蹴りを入れる。

 マーガレット視点では大して力が込められていない風に見えた玉藻の前の蹴りは、凄まじい衝撃音と共に見張りをドアごと吹き飛ばす。


 倉庫中に響き渡った衝撃音はアウトローたちへの警告音としてこれ以上なく機能した。

 銃を片手にワラワラと集まって来たアウトロー達が目にしたのは、全く見覚えのない絶世の美女だった。


「な……なんだ、てめぇ……は」


 彼らの中心人物は恐る恐るそう尋ねた。

 見た目だけならば、目の前の女は彼らが一度も目にしたことの無いレベルの美女である。

 だが、その妖艶な笑みからは、魂を腐敗させるような猛烈な色気どくが匂いたち。

 なにより彼女から漏れ出す圧倒的な強者としての気配は、彼らが出会ってきた数多のアウトローたちとは比べ物にならないほどに濃密だった。


「か・か・か。貴様ら程度ならば準備運動にすらならぬが、貴様らはわらわの復活を寿ことほぐ贄として供される供物である。

 ならば精々堪能させてもらうとするかの?」


 およそ10個の銃口が向けられているのにもかかわらず、美女はそう言ってにちゃりと口をゆがませる。

 彼女が何を言っているのか、彼らには理解できなかった。

 だが、言葉ではなく魂で理解することは出来た。


 ――これを殺さなければ自分たちが殺される――


「うっわあああああああッ!」


 緊張に耐えられなかった者たちからトリガーを引き絞る。

 倉庫内には銃声が溢れかえり、硝煙によって視界はあっという間にゼロになる。

 恐慌状態に陥った彼らはあっという間に全弾撃ち尽くし、カチカチと言う音(注3)があちこちでなり始めた。

 そして、彼らにとって無限とも思える時間がすぎ、美女ばけものの姿を覆い隠す白が薄れた室内にいたのは。


「か・か・か。やはり主等相手じゃと準備運動にすらならぬのう」


 そこにあったのは、先ほどと全く変わらぬ美女ばけものの姿だった。


「なんぞの仕掛けが施されているわけでもないただの鉛玉がわらわに効くと思うてかえ?」


 美女ばけものはそう言って凄惨な笑みを浮かべる。

 それが最後のきっかけだった、アウトローたちは泣き叫びながら脱兎のごとく散り散りに逃げ出していった。


「か・か・か。逃がすと思うて……おろ?」


 意気揚々と負け犬狩りをしようとしていた玉藻の前は異変に気が付く。


「ん? んんん~?」


 5.6フィート(170㎝)はあった体が、みるみるうちにさっきまでの4.5フィート(140㎝)代の少女の体へと縮んでいくのだ。


「ん……ん?」


 本気のホの字も出していないにしては消耗が早すぎる事に、小首をかしげていた玉藻の前だったが……。


「いっ! やっっっっっとぅあぁああああ! 帰って来てくれたんだねマイエンジェルぅうううう!」

「ふごっ⁉」


 全力で抱き着いてきて頬ずりをしだすバカに押し倒される。


「こっ! こら! アウト! アウトよこのバカ! いくらタマモさんが人間じゃないからと言って、その行為は社会的にアウトよ!」


 玉藻の前に抱き着くジョンを引きはがそうと、マーガレットが彼に手をかける。

 いつもの2~3倍正気を失っている自分の幼馴染ならば全力で抵抗するかと思いきや。


「ってあれ?」


 マーガレットがちょっと力を籠めると、ジョンは壁にくっついたまま死んでいる虫のようにあっけなく玉藻の前から剥がれ落ちる。


「……ってあっあれ? じょ……ジョン? 大丈夫あんた?」


 玉藻の前に抱き着いた格好のまま、ころりと床に転がるジョンを見て、抱き着かれた張本人である玉藻の前は心底あきれ果ててこう言った。


「こやつ……精神が肉体を凌駕しておったのじゃな」


 硝煙の香りが色濃く残る倉庫に、静かな言葉が響き渡る。

 玉藻の前に何かをされたジョンは、本来ならばその場で気絶していた筈だった。

 だが目の前で理想のロリを失った怒りと嘆きと悲しみにより、彼の精神は動かない筈の体を無理やりに動かしていたのである。


 ――そう言ったイベントはここでこなすものじゃないだろう――


 白目をむき泡を吹くジョンを見ながら2人の心に荒野の風が吹いたのだった。



注1:カリフォルニア州はアメリカの西の果てで太平洋に面する州です、ロサンゼルスやサンフランシスコはここです。

注2:保安官には2種類ありまして、上級職の連邦保安官は選挙(ほとんどは郡単位)で選ばれて、その下の保安官補が実働部隊って感じらしいですが、妖怪が出てくる西部劇です、細かいことは気にしないでください。

注3:実際に撃鉄を空撃ちしてカチカチ鳴るのはダブルアクションリボルバーだけで、西部劇を代表とする銃であるコルト・シングルアクションアーミー(SAA)等のシングルアクションリボルバーやウィンチェスターM73ライフル等ではカチカチ言いませんが……カチカチ! 分かりやすいですよね!

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