第27話 グルメ

「君、もしかして肉に興味が……」


「!」



うっかり俺が話しかけると、エルフの少女はハッと息を呑んでスープから後ずさってしまった。



「アッ、アホらしっ! そんなわけないやんか! ウチはエルフやでっ!? 肉に興味なんかあるわけないっ!」



チラチラと木皿を見つつ、しかし少女は自分を固く律するように腕を組んで動かない。

お腹は絶え間なく鳴っているようだったが。



「なぁ、ムギ。なんであいつスープ食べないんだぁ?」



しゃがみ込んでいた俺の背中によじ登るようにして、ウサチが不思議そうに聞いてくる。



「ああ、それは……エルフが"菜食主義ベジタリアン"だからだろうな」


「ベジタリアン……?」


「肉食を避けて、野菜や果物みたいな植物性の食べ物しか口にしないと決めて生活することだよ」


「えっ、えぇっ!? お肉が食べられないのかぁ? かわいそうだな……」


「いや、それは……」



俺が背中のウサチを振り返ろうとしたそのとき、勢いよくエルフの少女が立ち上がった。



「"かわいそう"なんかやないっ!」



エルフの少女は声を荒げる。



「殺生せんことが悠久の時を穏やかに生きる一番良い暮らし方やって、エルフはみんなそう言っとる! みんなそれで幸せそうに生活しとるっ! かわいそうなんかやないっ!」


「んぁ、ご、ごめん……」



エルフの少女の勢いに気圧されて、ウサチは耳を垂れ下げさせて謝った。



「悪く言うつもり、なかった……ただ、お肉は美味しいから、つい……」


「肉食なんて野蛮……」



エルフの少女はそこで喉がつかえたように間を置くと、



「野蛮や、って近所の姉さんが言うとった。お肉を食べるのは悪い子やって」



小さく言った。

それは、奥歯に何か挟まったような物言いだった。



「わ、私は悪い子、なのかぁ……?」



ウサチがオドオドしながら俺に聞いてくる。



「菜食主義者の中にはそう考える人もいるな」



よく聞く主張だ。

動物の殺生はいけないことだという考えが先立ち、肉食を批判する人がいるのは事実。



「でもな、ウサチ。主義っていうのは、あくまで自分の振る舞いを決めるもので、押し付けられるものじゃないよ。だから、肉食するから悪い子になるってもんじゃない……というのが俺の考えだ」


「そ、そっかぁ。それならよかった……」



ウサチはホッとしたように息を吐いた。

俺はそれから、エルフの少女へと向き直る。

少女は、グッと拳を握って、スープの入った木皿を見て押し黙っていた



「……主義は強要されるもんじゃない。それは当然、エルフであったとしてもな」


「!?」



エルフの少女が肩を跳ねさせた。



「あのさ、君、やっぱりホントはお肉に興味があるんじゃないのか?」


「そんなこと……」


「君のエルフの話がさ、俺にはどこか他人事みたく聞こえるんだよな」



エルフの少女は慌てたように目を逸らす。



「それに、エルフのみんなは幸せそうに暮らしてるだとか、近所のお姉さんが肉食はダメだと言っていたとか……その話をしてるときの君はなんかちょっと辛そうだったぞ?」


「……」



エルフの少女はしばらく、俯いて押し黙った。

しかし、



「……だって」



やがてボソリと。

口を開く。



「ウチが……ウチだけが変なんやもん」


「変?」


「ウチだけが焼いたお肉を食べるヤツを見て、『あ、美味しそうやな』って思ってしもうてん。他のエルフはみんな、嫌そうにしとるのに……」


「ああ、そういうことか」



つまり、自分の嗜好だけがおかしいと、そう不安に思ってしまったわけか。



「つまり、君は"グルメ"なんだろうな」


「……グルメ?」


「おう。食通とか美食家とか、そういう意味な」



ポカンとする少女へと、俺は続ける。



「エルフにもきっと色んなヤツがいるだろ? 建築家でも音楽家でもなんでもいいが、みんなが特別こだわらないようなものに、何かとこだわるヤツがさ」



少女はコクリと頷いた。

俺は言った。



「それは"個性"と呼ばれるものだ。同じように、料理なんて喰えればいいと思ってる人もいれば、もっと美味しいものがこの世にはあるんじゃないかって探求心がうずくグルメなやつもいる。で、その食事への探求心こそが君の個性なんじゃないか?」


「ウチの、個性……?」


「そうだ。だからみんな違って当然なものさ。ちなみに、」



俺は、自分を指さして、



「俺はモンスターを喰うぞ」


「え゛」



少女は顔を引きつらせる。



「に、人間って、牛とか鹿とか以外に、モンスターも食べるん……?」


「いや、人間のごく一部……というかこれまで食べる目的でモンスターを狩ってたのは俺くらいのものか。周りからは変人って思われてたことも当然あるし、周りと違うからってことで嫌な思いをしたこともある」


「……それって、ウチと同じ……」


「そうかもな。でも、俺は気にしない。だって俺は肉食主義でも菜食主義でもない、"俺が美味しいそうだと思ったものを美味しく食べる主義"だから」



俺は、まっすぐに少女を見る。



「そういう考え方じゃダメかな。自分の食べたいものを辛い気持ちで我慢するくらいなら、そうやって割り切ってもいいんじゃないかな」


「……うん」



エルフの少女は小さく首を縦にした。



「ウチ……ホントはお肉、食べてみたかった」


「うん。そうか」


「でも、普段は里にお肉はないし、野菜と果物しかなくて、ウチひとりじゃ狩りもできんし、」


「そうだな」


「でもみんな、わざわざお肉なんて取りにいかへんから……ウチが自分から食べたいとも、言い出せんくて」


「それは辛かったな」



俺は数歩、少女へと歩み寄る。

そして床、ハンカチの上に置かれたスープを持って改めて少女に差し出した。



「じゃあ、もし気が引けないなら、いま喰ってみないか?」


「……うん!」



エルフの少女はようやく、少し冷めてしまったスープを掬って口に運ぶ。

その目が見開いた。



「美味しい……味が、深い……!」



ひと口目からそのあとは、ひたすらに夢中のようだった。

息吐くのも惜しいかのように口とスプーンを動かし続ける。



「なんやこれ、これがお肉っ!? 噛んだらジュワッて美味しさが……! 美味しいっ、ホンマ、美味しいっ!」


「だろ? ちなみに美味いのは俺の腕が良いからでもある」


「美味しいっ、美味しいっ!」



俺の言葉などまるで聞こえないくらい、初めてのお肉は感動的だったようだ。

すぐに木皿はすっからかんになったので、鍋からおかわりを入れる。

ちょっと熱かったろうそれを、しかしやはりがっつくようにして、エルフの少女はきれいに平らげてみせた。

明日の朝ごはんに、と残しておいた分を食べ切りそうな勢いだ。



「これが……これがウチの求めてきたもんやったんやな……」



エルフの少女の目元に、薄く涙がにじんだ。



「奴隷商人に捕まってもうたときは後悔したもんやけど……ウチ、里から飛び出してきて、ホンマによかった!」


「……ん?」



里から飛び出して、って……ちょっと、君?



……もしかして家出少女かなにかなのか?

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