第26話 男たちの正体と1人の少女

ウサチが人質に取られた室内で。

しかし、俺もオウエルもマチメも、人質の当人であるウサチですらも動じてはいなかった。

それどころか、ダボゼすらも小さくため息を吐くありさまだ。



「なっ、何を言っていやがる……!?」



ウサチを人質に取った男たちは、かえってむしろ追い詰められたようだった。

忙しなく俺たちの間に、その目玉をキョロキョロと忙しなく走らせている。

これから起こることを考えれば、不憫極まりない。



「おまえたちのことは近くの町の警吏に引き渡すことになるだろう。今すぐ武装解除してウサチを放せば、"少なくとも"痛い目にはあわないぞ?」



いちおう、最終通告をしてみる。

だが、



「おまえら、立場が分かってねぇのか? 見ろよ! ナイフをガキの首に当ててんだぞ? オレがその気になりゃあ、どんな取り返しのつかないことになるか分かるだろっ?」



リーダーの男は声を荒げた。

取り付く島もない。



「──なぁなぁ、ムギ」



その男に肩を掴まれた状態で、ウサチが少し眠そうなトロンとした目で言った。



「コイツら、ムギの友達か? 蹴っちゃダメか?」


「友達ではないな……蹴ってもいいけど、手加減はできそうか?」


「ん」



ウサチはコクリと頷いた。

まあ、ならいいか。

男たちの腹はすでに満たしてやっているし、最低限の助け舟ももう出した。



「オイッ! 聞こえてんぞ! オレを蹴るだぁ? やってみろよ! 少しでも動いた瞬間、このガキのウサギ耳を切り落として──」



──メシャリ。



ウサチの踵が、男の足の甲ごと床板を踏み抜く音が静かな山小屋をつんざいた。



「~~~ッッッ!?」



男が声にならない悲鳴に大口を開けている合間に、ウサチはしゃがみ込むと男の股下をくぐり抜けてその背中側へと回った。

そして、



「フンナァッ」



その無防備な背中へと兎人種の誇る必殺の、強烈な足蹴キックをお見舞いした。



「ゲフゥッ!」



男の体が地上に別れを告げ、海老ぞりになって水平に飛ぶ。

その向かう先は、マチメ。



「こっ、こっちに飛ばすのか、ウサチ!?」



マチメは壁に立てかけていたミスリルの盾を片手で引き寄せると、それを自分めがけて飛ばされてくる男の体めがけて、



「えぇいっ!」



ブンと盾を振るった。

衝突。

骨の折れる嫌な音が響いた。

哀れにも、まだ終わりではない。

男の体は地上に「ただいま」という暇もなく、再び今度は違う方向へと弾き飛ばされていた。

ポカンとした間抜け面を浮かべた、他の仲間が待っている方向へと。



「ぎゃあっ!?」



バリスタの矢のごとき勢いで飛んできたそのリーダーの男に、仲間の1人が弾き飛ばされて、2人もつれ合うように後ろの壁際まで転がっていく。

地面をのたうち回り、一向に起き上がる気配はない。

リーダーの男が特にひどい。

盾に殴られたのであろう顔面が平たく潰れてしまっている。



「……ムギ、私は手加減したよ。マチメがトドメを刺しちゃったけど」


「ムッ、ムギ殿! 違うのだ、私は効率を重視してだな……!」



2人があたふたと駆け寄ってくる。



「いい連携だったと思うぞ。結果として死人は出てないし」



俺が言うと、2人はホッとしたようだった。

その後ろで、何やら密かに小さな影がコソコソと動いている。

俺はウサチとマチメの間から足を前に突き出した。



「ひっ……ヒィッ!」



ゴテン、と。

俺の出した足につまずいて、床に男が転がった。

賊の残された最後の1人が肩を縮めて山小屋の外へと逃げようとしていたのだ。



……これぞ敵の足元に段差を作る料理拳・<まな板の型>だ。もちろんウソだけど。



「さ、おまえもいい加減おとなしくしておけよ。他のヤツらみたいな目にあいたくはないだろ?」


「なっ……何者なんだよっ、あんたらっ!」



男がおびえたように叫ぶ。



「りょっ、料理ギルドだなんて言っておいて、ウソだったのかっ!?」


「ウソじゃねーよ。俺たちはメシウマ。正真正銘、料理ギルドとして活動してる」


「は……メシウマ、だとっ……!?」


「おう」


「ドラゴンをステーキやらハンバーグやらにして喰っちまうイカれギルドの……?」


「正常だろ。美味かったぞ?」


「そ、それならそうと、最初に言ってくれよぉ……」



男は、梅干しのすっぱさに耐えられないような情けない顔でうつむくと、特大のため息を吐いた。



「そんなバケモノが相手だったら、こんなこと……」


「『こんなことしなかったのに』ってか? そもそも誰にもするんじゃねーよ」



男を後ろ手にしてロープで縛るとデコピンを喰らわせておく。



「で、おまえたちは本当は何者なんだ?」


「……」


「答える気はなし、か。なら勝手におまえたちの荷物を探らせてもらうよ」



俺は男たちの手荷物を集めると、中身を床に広げていく。

携帯食、水、てぬぐいに硬貨袋、そして変な紋様の描かれたくず紙。



「商人ギルドの組合証も無し。やっぱり盗賊の類か」


「……」



男はやはり答えない。

まあ、俺は警吏に引き渡すだけでいいんだけど。

警吏の人たちが苦労しそうだな。



「さて、じゃあ俺も皿洗いを手伝って……」


「お皿洗いは完了しております、ムギ様」


「おうっ?」



いつの間にか、俺のすぐ隣にシャキッと背筋を伸ばしたオウエルが立っていた。

そのオウエルが指し示す先のテーブルの上、しっかりと水気のぬぐい取られた木皿が重ねられていて、その上にスプーンが載せられていた。



「助かるよ。さすがオウエル、手際が……って、アレ?」



辺りを見渡す。



「ダボゼは?」



本来、皿洗いはダボゼの担当にしたはずだ。

ほとんどこれまで下働きをしたことのなかったダボゼを鍛えるためにも、そういった日常の片付けなども任せていこうと決まったはずだったのだが。

別に他の人がやったらいけないというわけではないけど、しかし片付けをほっぽり出していったいどこへ……



「ムッ、ムギッ!」



バン、と。

勢いよく山小屋のドアが開かれた。

吹き込んでくる雨風とともに現れたのは、ダボゼだ。



「びちょびちょじゃないか。何をしてんだ?」


「コイツらの幌馬車の中身を漁ってたんだよ!」


「ホントに何してんだよ。相手が賊だからって、その持ち物を盗んでいいわけじゃないんだぞ?」


「いいから聞け! オレは布の掛けられていた荷物をかたっぱしから調べ上げてたんだよ。そしたら、ひときわデカいと思ってた荷の正体がおりで、その中に"ガキんちょ"が捕まってやがった!」


「……はぁっ!?」


「しかも何だかやつれていてよ、腹を鳴らしてるんだっ」


「っ!? 子供が腹を空かせているのか……!? 一大事じゃねーか! すぐに行くぞ!」



俺はダボゼの後に続いて、急いで外に飛び出した。






* * *






「──いっ、イヤやっ! 離せっ、離さんかぼけぇっ!」



山小屋へと、俺はひとりの少女を米俵こめだわらのように肩に担いで戻った。少女はおそらくウサチと同年代くらいだろうか、体は小さく、とても軽い。

軽いのだが……。



「ウチを売り飛ばす気やなっ! そうはさせんっ、そうはさせへんでっ!」


「いや、違……いたっ、イタタッ」



これでもかと暴れまくるので、しっちゃかめっちゃかに動く小さな足が絶え間なく俺の頬を打ち、これまた小さな両手は俺の背中をポコポコと叩きまくっている。

さて、どうしたもんかな……。



「ムギ様、そちらの子は……」



ソロソロと、少女を刺激しないようにとゆっくり近づいてくるオウエルへ、俺は頷いて返す。



「ダボゼの言ってた通り、檻の中に閉じ込められてた。鍵を無理やり壊したら怯えられちゃってさ」


「……"エルフ"ですか」


「うん。そうみたい」



俺の肩の上、犬歯を剥いて気丈な態度で暴れ回るその少女の両耳は鋭く尖っていた。

薄いねぎ色の髪に白い肌、両目は綺麗なエメラルドグリーン。

森の奥に住む亜人種……典型的な森人種エルフそのままの姿だった。


ただ、エルフであれば清潔さを好むはずだが、その体に纏っている服はずいぶんと汚れている。



「"奴隷"、でしょうか」


「そういうことだろうな。コイツらが口をつぐみ続けるわけだぜ。王国法で明確に禁止されてる奴隷売買に手を染めていやがったんだ」



俺が目を向けると、縛られた男たちはいっそう黙り込み、あるいは舌打ちをした。



「年端のいかない子供にご飯も与えず、檻に監禁したままにするなんてな。今すぐ蹴飛ばしてやりたいところだが……」



その前にやらねばならぬことがある。

少女はお腹を空かせているのだ。

ならば、満足するまでご飯を食べさせてやらねばならぬ。



「さっきの残りのスープを温めよう。頼めるか、オウエル」


「はっ。必要かと思いまして、すでに準備済みです」


「すげぇっ!」



俺が山小屋を駆け出すと同時に準備を始めてくれてたのだろうか?

なんという用意周到さだ。

オウエルが鍋の蓋を開け、モクモクと湯気の立つスープをよそい始めてくれる。



「さ、メシだぞ」



俺が肩の上の少女を床に下ろすと、少女はリスのようにすばしっこく、たちまちに山小屋の角隅へと逃げていく。

そしてアチコチを見渡した後、縛られて横になっている男たちを見つけ、



「なっ、なんやねん、おまえらっ! 仲間割れかっ!?」



警戒心をありありとさせて、俺をにらみつけてくる。



「ウチを……どないするつもりや!?」


「メシを喰わせるつもりだ」


「……はっ?」



決して自分からテーブルに近づこうとしないエルフの少女の近くの床に、オウエルはハンカチを敷くとスープの入った木皿を置いた。

そしてその場を離れた。

俺もまた遠ざかる。

たぶんいま俺たちが近づこうものなら、警戒心マックス状態の少女は食事どころじゃなくなるだろうから。



「……な、なにが狙いなんや」



少女はやはり、近づこうとはしなかった。

しかし、湯気の立つ木皿に目は釘付けだった。



……ならば、こうしてやる。料理拳・<ウチワの型>。



俺はしゃがみ込んで、パタパタと手のひらでそよ風を起こす。

料理の湯気が、エルフの少女の元へと流れていく。



──きゅるるるぅ。



せつなげに、少女の腹が鳴った。



「どっ、毒やないやろうなぁ……!」



少女がジリジリと木皿に近づき始めた。



「危害を加えるつもりなら、こんなに回りくどいマネはしないよ」


「……それは、そやろけども……」



少女はキョロキョロと俺やオウエルを交互に、警戒を解かないままに木皿のスプーンを取って、スープをひと掬いする。

そしてそこに乗ったウインナーを見て、目を見張った。



「こっ、これ……!」



その瞬間、俺は失策を悟った。



……しくじった。エルフは"菜食主義ベジタリアン"が基本と聞いていたのに!



あらかじめ確認を取っておくならまだしも、お腹が空いているときに食べられないものを出してしまうなんて。



「あの、すまん! 今すぐ肉抜きで作り直して──」



と、俺が言いかけて。

しかし。



「じゅるっ」



エルフの少女は、まるで宝石図鑑を眺めているかのようにキラキラとした視線をウインナーに注ぎ、口いっぱいにヨダレを溜めているようだった。



……ん? まさか、肉食に興味があるのか……?

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