第25話 冷える日にはスープを

「肌寒いときには、ショウガをたっぷりと入れたスープが良い」



トントントンと。

山小屋に戻った俺は、さっそくテーブルへ清潔にしたまな板を置いて、そこで一定のリズムでショウガを刻んでいく。


そのショウガをひと口大に切った他の根菜と共に、油を敷いた鍋に投入。

ジュウ、と。

熱の入る音が寒々しい山小屋の空間に染み渡る。


すると今度はキュウ、と。

子犬が寂しげに鼻を鳴らすような腹の虫を響かせたのはメシウマの面々だった。

取り繕うような咳払いの音が聞こえる。



「ム、ムギ殿、スープを作るのに野菜を炒めるのは何故だ? 最初から水といっしょに煮込んでしまった方が楽でいいのではないか?」



明らかに腹の虫を誤魔化すための質問だが……

まあ、それは聞かなかったことにしておくのがマナーだろう。



「野菜の旨味や栄養価を凝縮するためだよ。炒めることで水分を飛ばすんだ。加えて油が野菜の表面をコーティングしてくれるから、煮た時に旨味が外に漏れにくくなる」


「スープの野菜がグッと美味しくなるわけだなっ?」


「まあ、そういうことだ」



加えて、炒めることで野菜の表面に色がつけば、煮込んだときにスープが澄んだ薄茶色になるし、食欲を誘う香ばしい香りも立って一層美味しく感じられるようになる。


ウィンナーソーセージを加えてコトコトと煮込む。

鍋から立ち上った香しい湯気が山小屋を満たしていると、クイクイっと。



「なぁなぁ、ムギぃ。まだぁ? 私、お腹空いたぞぉ……」



ピィ~っと悲し気に鼻を鳴らしながら、俺の服の腰あたりの服の裾を引っ張っていたのはウサチ。

もう3日も何も食べていませんよ、と主張するかのように大きくきゅるきゅるとお腹を鳴らしている (なお今日は早朝と午前と正午と午後の4回、何かしら食べているハズなのだが)。



「もうちょっとだけ待ってくれ。最後に葉野菜を加えてから、また少し味を調えたい」


「えぇ~!」



ドサリ。

後ろで何かが倒れる音がする。



「ムギ様……私も、もう無理かもしれません……申し訳、ございま……せん」



くるるっ、と鳴る腹を押さえながら、背中を壁に預けて座り込んでいるのはオウエル。



「ムギ殿、すまない……どうやら私も、ここまでのようだ……」



マチメは膝をつき、やはり鳴り響く腹を押さえながら苦悶の表情を浮かべていた。

油断してS級モンスターのグリフォンの蹴りをまともに喰らった時もピンピンしてなかったっけ、君?



「む、むぎぃ~~~!」



ウサチはウサチで、ウルウルと瞳を潤ませて俺を見上げていた。

もうこれ以上1秒だって待てません、とでも言うかのように。



「わ、わかったから! 急いで仕上げるからっ!」



メシウマ所属の3人の俺の料理に対する耐久性が低すぎる!

まあ確かにジックリ調理をしてしまっていたから少し待たせ過ぎたのかもしれないけど……


テキパキと最後の仕上げをし、人数分の器にスープを盛り付けていく。

もちろん、行商人を名乗る3人組の男たちの分もだ。



「さあっ、完成だ。"野菜たっぷりショウガスープ"、召し上がれ!」


「「「いただきますっ!!!」」」



オウエル、ウサチ、マチメの3人が目にも止まらぬ速さで器を取りに駆け、そしてほぼ同時に器を確保する。



……あれ、オウエルさん、あなた非戦闘員ですよね……? 元マグリニカ四天王と2人と同レベルの体捌きなのおかしくない?



「はふっ、あふっ……はぁ、ショウガの香りが効いて、美味しいですっ」


「んまぁ~~~っ!!!」


「あちっ、あっち! ふぅー、ふぅ~。これ、じゃがいも男爵の残りだろうか? 芯までホックホクで、幸せだなぁ……!」



まあ、みんな幸福そうだし細かいことは気にしなくていいか。

オウエルたち3人は口をパクパクとさせて熱を逃がしつつ、嬉しそうに口を動かしていた。

まったくもって、作り手冥利に尽きる光景だ。


ダボゼはそんな光景を尻目にしつつ、ため息をひとつ。



「やれやれ、感想を言いながらじゃなきゃ喰えんのかね。静かに喰うのがマナーだぜ」


「静かに喰わなきゃって場所もあるがな。食卓ってのは美味い美味いと互いに喜び合う場でもあるぞ」


「……まあ、それもそうか」



ダボゼはスプーンを咥え、小さく「うまっ」と呟く。



「塩味が少ないのに口いっぱいに旨味が広がっていきやがる……」


「肉の旨味だな」


「このスープか通った喉、胃袋からジンワリと体が温まってくのはなんだっ?」


「ショウガの効能だな。ショウガは生の時には殺菌効果や免疫促進作用が、加熱するとそれらに加えて体を内側から温める力が増すんだ」


「はぁ、なるほどなぁ。こいつぁ、冷える夜に良い……!」



血行のよくなった紅潮した頬で、ダボゼは器に口をつける。

行商の3人組の男たちも、恐る恐るスープを口に運ぶなり目を見開いたかと思うと、たちまちにがっつき始めた。

よかった。

どうやら口に合ったようだ。



……男たちの正体も、その善悪も知ったことではないが、まあ腹を満たせたならそれでいい。



俺の"料理人として"の責務はしっかり果たせたわけだから。

あとはどうなろうと、ことの成り行きに身を任せるだけだ。






* * *






そうして器いっぱいのスープを片付けるころには、みんな暑そうに手うちわで顔を仰いだり、服をパタつかせたりしていた。

スープでずいぶんと温まったらしい。


そんな中で、汗ばんだ額をこすりながら、



「オイ、アンタら、本当に冒険者なのか?」



3人組の男たちの内のリーダー格がおもむろに言った。

主に俺に向けてだろう。

その疑わしげな視線がこちらに釘付けだし。



「まあな。とはいっても、俺は料理人として働くのが主だけど」


「はぁ? 料理人?」


「俺たちはあちこちの街を回ってメシを作るのを主な活動にしてるんだ」



その俺の答えに、3人組は互いに顔を見合わせると、



「ク、クククっ、まあそうか。そうだよなぁ」



そう言って、リーダー格のその男はニヤリと歪んだ表情で微笑んだ。



「そりゃ男が2人に女が3人なんて珍しい組み合わせにもなるわけだよ。いま流行りの料理ギルドってヤツだろ?」


「ああ、そうだけど?」


「やっぱりか。なんだ、いっちょ前に冒険者なんて名乗るからよぉ、警戒しちまったぜ」



そして素早く手元に置いていた剣を抜いたかと思うと、手近にいたウサチの肩を掴んで引き寄せて、その刃を突きつけた。



「おい、何をするつもりだ?」


「ムギとかいう料理人に御者の男2人は、うつ伏せなって背中に手を回してもらおうか。さもなきゃこのガキの首を搔っ捌いちまうぜ」



どうやら俺たちは脅迫されているらしい。

ウサチはいまいちピンときていない様子で「んん?」と首を傾げている。



「冒険者っていうから大人しくしていたが、雑魚モンスターを狩ってメシにする程度の"お遊びギルド"の連中なら大したこともあるまいよ」


「お遊びギルド? 料理ギルドはそんな風に思われてんのか?」


「そりゃ"モンスター料理"なんてゲテモノな付加価値で売ってるだけのギルドだ、そうもなるだろ。弱いくせに金はたんまり持ってる"良質なカモ"だって、オレらの界隈じゃ有名だぜ」


「カモ、ねぇ……お前らのその界隈ってのは、盗賊や山賊のコミュニティか何かか?」



刃物をウサチに突きつけているその男は返事こそ返さなかったが、しかしその目が"イエス"と物語っていた。

ダボゼのにらんだ通り、行商人ではなかったわけだ。



「さあ、早くうつ伏せになって後ろに手を回すんだよ! そうすりゃ命までは盗らねーでおいてやる!」



リーダーの男が叫ぶ。

が、しかし。



「ムギ殿、もうやってしまってもよかろうか?」



マチメが小さく息を吐いて言った。



「食器、水で流しておきますね」



一方でオウエルはテキパキと器を回収していた。

誰の声にも態度にも動揺はない。


そんなもの、感じる必要もないから当然だが。



「オイ、勝手に動くな女! 状況が分かってねーのか!」



男が再度叫ぶが、しかし。



「状況が分かってないのはあなたたちでしょう、まったく」



オウエルが眼鏡の細い銀縁を押し上げて、レンズの向こうの冷え切った目を細めて言った。



「あなたたちの脅迫相手が誰で、あなたたちが人質に取っている"つもり"のその子が誰か分かっているのですか?」


「ハァっ?」


「何より災難なのは、もうあなたたちの"お腹が満ちている"ということでしょうね。救いはありません」



オウエルはよく分かってる。

そう、腹が満ちている人間にかける情けは俺には無い。

特にそれが悪事に走る類の人間であるなら、なおさらだ。

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