第18話 タリュタリュショーシュ
「ただいまー」
「おかえりなさい、ムギ様」
俺が食材を買って部屋へと戻ると、オウエルたちはソファに腰かけてお茶を飲んでいるところだった。
マチメをオウエルとウサチで挟む形でだ。
……なんか不穏な絵面だなぁ。
真ん中のマチメに手錠がされていることも相まって、まるで留置場から監獄に移送されている最中の犯罪者に見える。
「ム、ムギ殿……これから私はいったい何をされるのだろう……」
「いや、そんなに怯えることはないと思うよ?」
マチメにそう答えたはいいものの、
とはいえまあ手錠をかけられたまま左右に居座られるというのがどれだけプレッシャーのあることかは想像に難くない。
マチメをこれ以上待たさないためにも、サッサとオウエルからリクエストにあった通りの調理をしてしまおう。
俺は部屋に備え付けのキッチンに立つ。
「まず一番時間のかかるタマゴを茹でて……と」
それからタマネギをみじん切りに。
水分をペーパーでよく取ってからボウルへと移す。
タマゴは半熟ゆで卵の状態でOK。
その殻を剥いてこれもボウルへ。
「そこにマヨネーズ、酢、塩コショウ、常温バター……さらに極めつけはコイツだ」
俺が取り出したのは"
本来の用途としてはポーションに加えることでその効果を増幅させるものであったが、試しに料理に入れてみたところ"魔力的旨み"が増幅することが分かったのだ。
それ以来俺は調理によく用いていた。
そして仕上げに俺はそのタマネギ、半熟ゆでタマゴ、マヨ、酢、塩コショウ、バター、
タマゴは完全に潰し切らず食感が残る程度に形を残しておく。
仕上げに乾燥パセリを散らせば……
「よしっ完成。"ムギ特製半熟タルタル"だ」
ちょうどよく、傍らのグリルで焼いていたトーストもできた。
タルタルを小皿へ移しトーストと一緒に持っていく。
「こっ……これはっ!?」
マチメが俺の持ってきたそのタルタルを驚きの表情で凝視した。
「マグリニカの食堂で出てきたものと同じ、まったく同じのタルタルじゃないかっ!?」
「え、まあそうだけど。これまでマグリニカの食堂で作ってたのも俺だしな」
「……ッッッ!?」
マチメはまん丸に見開いた目で今度は俺のことを見て、
「えっ、いやっ……んッ? すまない、混乱している。整理させてくれ。ムギ殿は冒険者ではなかったのかっ?」
「あー、そうか。その辺りの説明を少し省いてたんだったな」
ややこしくなるからと俺の経歴は詳しく説明してなかったんだった。
そりゃドラゴンを狩ってるヤツが冒険者じゃない、なんて信じられないだろう。
「実は俺の本業はコックで、今は料理ギルド"メシウマ"の代表をしているんだ。元々はマグリニカの食堂で働いていたがこの前クビになってな」
「ムギ殿がマグリニカのコックさんで……ということは、このタルタルが本当にあの食堂のタルタルということなのか……!?」
「──ええ、マチメさん。その通りですよ」
オウエルは口元に静かな笑みをたたえて、
「マチメさんがこれまでの2年間、毎朝食堂へと購入しに来てテイクアウトして行っていた"特製タルタルソース付きモーニングセット"に付いてくる"特製タルタルソース"で間違いありませんよ」
「っ! 何故そのことをっ!」
「フフっ、全て
オウエルはピンと立てた細指でメガネを持ち上げると、
「さあ、召し上がってはいかがでしょう?」
「いや、だがしかし……このように、人前でコレを食べるわけにはっ」
マチメは何故か渋った。
俺としては嬉しい限りなんだけど、リピーターになるほどにタルタルを好いていたことを恥ずかしく思っているのだろうか?
俺たちを見渡して顔を赤く染めている。
しかし、
「ウサチさん、やってください」
「ん」
あらかじめ何かしらの談合があったのだろう、オウエルの言葉に応じてウサチが動く。
──シュンッ!
その動きは常人には、いやベテラン冒険者であっても見逃すほどの高速だった。
さすがは"最速"を誇る元マグリニカ四天王の一角。
ウサチはそのスピードで小皿に盛り付けていたタルタルを小スプーンに掬うと、有無を言わさずにマチメの口へと差し込んだ。
カポリ。
タルタルがマチメの口内に入った音は後れてやってくる。
「ガッ……!?」
マチメは口内のタルタルソースを認識し、
咀嚼し、
喉を押さえた。
「ガッ……、
グッ、ハ……
はぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
劇物でも盛られたような反応の、その直後。
「おっ──
美味し
久しぶりのこのタリュタリュショーシュ
美味し
舌に染み込むまろやかマヨと
その上で踊るプリップリの白身が
美味し
頭メチャクチャになりゅぅぅぅぅぅっ!!!」
これまでのマチメの真面目でクールな一面からは考えられない、ありったけの感情を込めた食レポが室内に響き渡る。
「……ハッ!?」
数秒後、我に返ったマチメはその顔を真っ赤に染めた。
「あっ、あぁぁぁっ! やってしまった……! だから、だから人前ではタルタルを食べたくなかったんだぁ……」
「えっと、何いまの……?」
顔面を両手で押さえていてマチメは答えようがない。
その代わりに、
「マチメさんはですね、ムギ様特製タルタルが好きすぎて食べると脳破壊されてしまうのです」
オウエルが淡々と答える。
っていうか脳破壊ってなにっ?
コワっ!
「脳破壊とはつまり、言葉を選ばずに言えばバカになっちゃうということです」
「バカに……」
そういえばさっきマチメも自分で言ってたな、『美味しすぎて頭メチャクチャになる』って。
「そうだ。その通りなのだ」
マチメは恥ずかしそうに俯きながらもオウエルの言葉に首肯すると、
「私は幼少期からずっと、料理とは体を造るものであり、"減塩"・"低カロリー"・"栄養バランス"こそ料理に求められるものだと思っていた。しかしある日、"おからの煮物"と間違えてこのタルタルソースを口にして……
「まあ確かに、これまで薄味・低脂質に慣れていた人がこんな濃いもの喰ったらトぶだろうな」
「ああ。そして私は悟ったよ。実は私は味が濃いものが好きなんだって。知らずの内に自分にガマンを強いていたんだって。それを暴いてくれた思い入れ深い一品こそが……このタルタルソースなんだ」
マチメはその小皿を覗き込み、
「……ああ、改めて思ったさ。私は本当にこのタルタルが大好きだ。マグリニカを辞めてでも追いかけていきたいと思うほどに」
その瞳から涙を流した。
「ど、どうしたマチメ?」
「本当はもっと食べていたい。ダボゼの元になんか戻りたくはない。次に無茶な仕事を振られれば私は死ぬかもしれん。そしたら……もうこのタルタルを食べれなくなってしまうではないか。でも、私は……」
そうしたくてもできない。
それが
……ならば。
「俺が壊してやるよ」
俺はタルタルソースをスプーンで掬う。
そしてそれをマチメの口元へと差し出した。
「ムっ、ムギ殿っ? これは……」
「自分じゃその考えを壊せないんだろ? なら俺が壊す」
スプーンをマチメの唇へと押し付ける。
「マチメ、ダボゼから理不尽に課されたモノなんて全部バカになって忘れちまえ。それはお前が命を懸けてまで臨むことじゃないよ」
「だ、だが私は社会人だ。そんな身勝手が許されるハズが、」
「俺が許す」
「でも、義務が……」
「義務、他人への迷惑……それらはいったん全部置いておけ。結局どうにかなるもんだ……お前のひと回りは長く社会人やってる俺が保証する」
俺が食堂で働いている間は、自分が人にかけてしまう迷惑も他人にかけられる迷惑も数えきれないほどあった。
風邪、急な忌引き、不意の事故……
スタッフの手が急に足りなくなることなんて日常茶飯事だ。
でも、その経験があるからこそ断言できる。
特定の誰かが居なきゃ回らない仕事なんてのは、そりゃ仕事の方がおかしいんだ。
スケジュールや仕事の工程の組み方、そしていざって時のリスク管理が悪すぎる。
……というか、人員の穴埋めなんかは本来ダボゼのような管理職の仕事だろうに。
その責任全てをマチメになすりつけるなんて言語道断というやつだ。
ますますマチメが奮起する必要のないことだろう。
「それよりも何よりも、一番に大事なのはマチメがどうしたいかだよ」
「私が、どうしたいか……? そんなの……」
「決まってるか? なら、"こうしたい"って想いを叫んでしまえ。そうしてくれたら、俺たち"メシウマ"があとは何とかしてやる」
「……頼ってしまって、いいのか……?」
「当然。ギルド長の俺が言うんだ。任せろよ」
俺はそして再度スプーンを差し出した。
するとマチメはとうとうその口を開く。
小さく僅かなすき間だ。
しかし、確実に自分から俺を受け入れている。
俺はタルタルをその口内へ差し込んだ。
直後、マチメは目も口も大きく開き、
「わたしっ、もぉ辞めゆッッッ!!!
ギルド辞めゆっ!!!
これからもムギ殿のタリュタリュ食べゆ!
いっぱい食べゆのっ!
ムギ殿のタリュタリュしか勝たんっ!
タリュタリュ愛してゆぅぅぅッ!!!」
よし、マチメは無事バカになった。
──ミッションコンプリート。
ガシャンッ!
タルタルをたらふく食べさせた後、改めてマチメの両手に手錠をかける。
こうして"独断"でアーマード・ドラゴン討伐を行おうとしていたと自白したマチメを拘留……という建前で、マチメの西の町への滞在が始まった。
こうしてマチメもまたマグリニカを去ることになった。
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