第19話 マグリニカ脱退者333人目

国内屈指の大手ギルド……だったはずのマグリニカ本部。

ガランとした広間、掃除されず砂埃の溜まった廊下を抜けた先、そのギルド長執務室にて。



「ダボゼ様……2ヶ月連続でギルド利益は大幅ダウンの見込みです」


「……ッ!」


「また今月のギルド脱退者は185名。所属者数はとうとう1年前の半分以下に落ち込んでいます」


「……クソッ!」


「それと、首都から招集命令がきております。なんでもギルド担当区域の縮小見直しをする必要があると……」


「クソッ! クソッ! クソッ! どうして、どうしてこうなったッ!?」



ダボゼのその叫びに、今やギルドにただ1人残ったその秘書は沈鬱そうに俯いて、しかし答えはしない。

全てが今さら過ぎる。


元々このギルドを支えてくれていたマグリニカ四天王のウサチが辞めたことでギルドの利益が下がり、立て続けにマチメが西の町で拘留されたことでギルドの評判も下がった。

もう誰の目に見てもマグリニカは落ち目のギルドだ。



「ダボゼ様、あともう1つご報告が……」


「なんだッ」


「例のギルド……"メシウマ"についてですが、今度は南部地域で高難易度討伐対象モンスター"グリフォン"の"討伐クッキング"を成し遂げたとかで、今後さらに"料理ギルドブーム"が過熱するかと」


「またヤツらか……! ムギめ……!」



ダボゼは憤りに任せ強くデスクを叩く。

マグリニカがここまで急速に力を落とした理由……

その要因はウサチやマチメの脱退だけじゃない。



「あらゆる討伐依頼がメシウマを始め、新興料理ギルドへ取られてしまっています。マグリニカの所属冒険者数が半分に減った現状でも仕事が足りません……」



今や空前の"料理ギルドブーム"。


自治体からの依頼でモンスターを討伐し、その素材を使った美味しい料理をその自治体の住民たちに振る舞う"討伐クッキング"は民衆の大きな娯楽の1つとなっていた。


その中でも最も有名なギルドが"メシウマ"。

メシウマの後に続こうと多くの中小冒険者ギルドが料理ギルドに方針転換し、今や料理人の手が足りない状況だった。



「クソッ……だが、まだだ! まだ手はあるッ!」



しかし、ダボゼに諦める気など毛頭ない。

マグリニカに来て5年。

ずっと今のギルド長という立場を待ちわびていたのだ。

滅びを流れのままにただ受け入れる気などサラサラない!



「これだ、これを受注する!」



ダボゼがデスクに崩れて山になっている書類の中から引き抜いたのは、ひと際目を引く赤い紐で綴じられた巻物スクロール



「ダボゼ様……それはッ!」


「この国内で3つある"達成困難依頼"、その内の1つの受注契約巻物スクロールだ。これを受け、いまウチに残っている冒険者を総動員する。達成できればマグリニカはまだ返り咲けるだろう……!」


「し、しかしそれは四天王が全員健在の全盛期でも受注を避けていたものではありませんかっ! 今の状態でそれを受ければ、所属冒険者の多くが犠牲に……」


「うるせぇっ! もうこの望みに賭けるしかねぇんだよっ! さあ、そうと決まればさっそくコイツに署名して首都へ……」




──コンコンコンっ。




ちょうどそのとき、執務室のドアをノックする音が響いた。



「誰だ?」


「ワシじゃよ」


「! おおっ! ワイズかっ! 入れ!」



ドアの向こうのその声を聞くなりダボゼは招き入れる。


姿を現したのは白髪頭にたっぷりの白髭を蓄えて濃色のローブを羽織った70過ぎの老人の男。

マグリニカギルド最年長の冒険者にして"知"を司る四天王の1人、"最賢"の二つ名を欲しいがままにする魔術師ワイズだ。



「ちょうどよかったぞ、ワイズ。次の討伐依頼が決まるところだ」


「討伐依頼?」


「そうだ。このマグリニカを国内最大手ギルドにするための討伐依頼だよ。このギルド全ての冒険者を動員する。その陣頭指揮をお前に頼みたいと思っていたところだ」


「なるほどな」



ワイズは顎髭を撫でつつ、



「まだお前は性懲りもなく愚かな失敗を重ねようというわけか」



大きなため息を吐き、冷ややかな目でダボゼを見る。



「まあいいがな。どうせこうなる運命だった」


「運命……? ワイズ、お前いったい何を……」


「──お前たち、入ってこい」



ワイズが執務室の外へと呼びかけると、ゾロゾロと冒険者たちが入室してくる。

まだ本部にこれだけの冒険者が残っていたとは、と思うばかりの人数だ。


しかもその多くはダボゼがギルド長に就任する以前からマグリニカに所属していた古参の冒険者たち。

それぞれその目に呆れや怒りをたたえ、ダボゼをにらみ付けていた。



「こっ、これはいったいなんだっ!? どういうことだワイズっ!?」


「この期に及んで分らんか、救えんヤツめ。いいかダボゼ、今日限りでお前をこのギルドから追放する」


「……はぁっ!?!?!?」



ダボゼは目を飛び出させんばかりに見開いた。

ギルド長である自分が追放っ!?

あり得ない!

誰もそんな許可なんて出すわけが、出せるわけがなかった。

しかし、



「出せるさ。たとえギルド長であろうとも、その組織を破滅へ導いていると首都の監査機関から判断された場合はな」



ダボゼの心中を読んだようにワイズはそう言って、その懐から青紐で綴じられた巻物スクロールを取り出した。

それは先ほどダボゼの秘書が伝えてきた、首都への招集命令が記されていた巻物スクロールと同じ装丁が施されている。



「まさかっ、ワイズ……! 首都からの呼び出しは全部お前が仕組んだことかっ!?」


「その通り。マグリニカが落ち目になったことで、金儲けしか頭にない経営陣が見切りをつけて去り、高給目当ての粗暴な冒険者どもも去り、そしてとうとう最後の"シミ"であるお前の追放準備も整ったというわけだ」


「……そんなっ、そんなバカなことが! 俺がいま居なくなったらこのギルドは、」


「困らんよ。これからはワシがギルド長となりマグリニカを少しずつ復興させる。まだ加入して半年ほどの新参者ではあるがな、お前と違ってこの通りギルド古参の冒険者たちの信頼は充分に得ておる」


「くっ、くたびれ老人のお前が、いったいどうしてそこまで……!」


「おいおい、そのくたびれ老人のワシが何故この歳になってこのギルドに入ったと思う? 待遇や給料? まさか。老い先短いこのくたびれ老人にそんなものは必要ない」


「じゃあ何故…………まさかっ!? お前もっ!」


「ああ、お前の考えている通り。料理じゃ」



ワイズは目を細めると、



「あの食堂のコックは優秀じゃった。上手いコックとはああいう者のことを指すのだろうな。ワシの不器用な亡き妻が作ってくれた思い出の料理を、ワシの拙い記憶からそのまま再現して出してくれたんじゃ。


 きっとアヤツが本気を出せばもっと美味く作ることもできたじゃろうに……じゃがな、その配慮がどれだけ嬉しかったか」


「またムギかッ! あいつ、いったいどれだけ俺の邪魔を……!」


「邪魔なのはお前じゃよ、ダボゼ。ここに居る全員がそう思っておる」



ダボゼが辺りを見渡せば、誰も彼もがダボゼに仇敵を見るような目を向けている。

秘書もいつの間にかダボゼの横からワイズの後ろへと逃げていた。


ダボゼの顔から血の気が引いていく。

寒いくらいに冷や汗が出ていた。



「ま、待て。落ち着けお前ら……そうだ、給料を上げよう! 美味いメシも喰わせてやる! ワイズに騙されちゃいけねぇ! なあ、話し合おうっ!? 俺ならマグリニカをもっともっと高みへ導けるんだ……だからっ」


「聞いちゃおれん。支離滅裂とはこのことだ」



ワイズがダボゼへと手をかざすと、そのでっぷり太った巨体が宙に浮く。

そして冒険者たちが囲む中心へと落とした。



「さあ、お前たち。新制マグリニカとしての初仕事だ。この男ダボゼをギルドの外へ放り出しておいてくれ」


「おい、頼む、待ってくれよッ! オイッ!!!」



ダボゼに応じる者はどこにもいなかった。

冒険者たちはその巨体を乱暴に掴み廊下を引きずると、マグリニカ本部の外へと投げ出して戸を固く締めた。


それを執務室から見たワイズはひとつ頷くと、



「さて、あのコック……ムギくんといったか。そろそろ肉じゃがが恋しくて敵わんわい。今あやつが居ると情報があったのは確か……あの町か」



さっそく執務席に座ると便箋を取り出し、筆を取った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る