第17話 最堅の四天王

アーマード・ドラゴン討伐を果たしドラゴンステーキを食した後の翌日。

俺たちはマチメも連れて西の町へと帰って来ていた。

アーマード・ドラゴンの肉、それにその頭まで馬車の荷台に載せて持ち帰ったものだから、町は馬車を囲んでかなりの大騒ぎだ。


「ムギ、お前に助けられちまったな。ありがとう」


ミルガルドはすぐに俺の元へやってくる。


「別に大したことなんかしてないよ、先輩」「んなわけあるか! ドラゴン討伐だぞ?」「前にもいっしょにやったことあるじゃん」「お前が居たからできてただけだバカ」


なんて押し問答の挙句、大げさにハグをされてしまう。

男同士の、それも中年同士のハグなんか誰にも見せられたもんじゃないんだがな。

まあミルガルドがそれだけ喜んでくれているということなので何よりだ。


「ともかく、誰ひとり欠けずに帰ってきてくれたこと嬉しく思う……と言いたいところではあるんだが、むしろなんで1人増えて帰ってきてるんだ?」


チラリ、と。

ミルガルドは俺の隣に立つマチメを見やる。


「しかも巨大なミスリルの盾を持ち、如何にも実直そうな立ち振る舞い……コイツは近頃ウワサで聞く、"最堅"の二つ名で有名なマグリニカの冒険者じゃなかったか?」


「ご挨拶が遅れてすまない。ギルド長、ミルガルド殿。あなたの仰ったとおり私はマグリニカの冒険者だ。今はまだ、な」


「今はまだ?」


ミルガルドが首を傾げたので、そこからは俺が説明を巻き取った。

ミルガルド率いるアラキスとマグリニカがギスギスとしてしまっている現状、マチメ自身が語るよりも第三者である俺が説明した方が信じてもらいやすいだろう。


そうして俺がマチメを連れて帰るに至った経緯をひと通り説明を話し終ると、


「そりゃあずいぶんと酷い無茶ぶりをされたもんだな、この嬢ちゃんも」


ミルガルドはマチメに敵意も悪意もなく、俺たちと同じダボゼの被害者であるということを正しく理解してくれたみたいだ。

これならマチメも気兼ねせずこの西の町に滞在できる。

そう思ったのだが、


「ムギ殿、ここまで世話になった。私はマグリニカへと帰ろうと思う」


「……えぇっ!?」


「アーマード・ドラゴンの討伐依頼を私は結果としてこなせなかった。であれば、次の業務が私を待っている」


マチメは毅然とした表情でそう話す。

そこには昨晩ドラゴンステーキを目の前にした時のような心の揺れは無い。

決心し切った顔だ。


「おいおい……正気かよ。単身でアーマード・ドラゴン討伐を言い渡されたんだぞっ? このままダボゼの元に帰ったら、次にどんな無茶な仕事を割り振られるか分かったもんじゃ、」


「だが、それが社会人としての義務だ。退職を宣言して2週間はマグリニカのために働かなくてはならない。それを無視することのできる人間もいるだろう……だが、そこまで私は柔軟にはなれないんだ」


淋しそうにマチメは微笑んだ。


「ムギ殿、ミルガルド殿。こちらのギルドは、町は……人々がとても温かいな。願わくば次はこのようなギルドで働きたいものだ」


「マチメ……」


理不尽が蔓延る場所に戻る必要なんて無い。

そう言ってマチメを止めてやりたいが、しかしマチメの考えは"契約上は"正しいものなのだ。

それを今は無関係の俺が横から無理に曲げさせることはできない。

いったいどうすれば……


……なんて思っていると、ガシャン。


「えっ」


鉄の錠が閉められる音がした。

いつの間にか俺の隣までやってきていたのはオウエル。

そのオウエルがマチメの片手首へと鉄製の手錠をかけていた。


「なっ、なにを……!?」


突然の事態に目を見張るマチメに対してオウエルはニコリと微笑むと、


「マチメさん、この一帯を管轄するアラキスの冒険者ではないにも関わらず、"独断"でアーマード・ドラゴン討伐をしようとしていたのであればそれは立派な違反行為。現行犯で逮捕です」


「なっ……!? いや、独断っ? そんな、私はダボゼからの業務命令で、」


「"独断"という主張をすればいいのです。そうすればマグリニカを介することなく、この町は取り調べという"建前"であなたを任意の日数だけ拘留できます。つまり、」


オウエルが位置を直したそのメガネがキラリと光る。


「退職までの残りの日数をマグリニカに帰らずに済むというわけです」


「……!」


なんという奇策だ。

オウエルは唐突に出てきたかと思えば一気に場の流れをひっくり返してしまった。

有能すぎるだろ、この子。


そんなオウエルは手錠のもう片方を手に持ちつつクルリと俺の方を向くと、


「おかえりなさいませムギ様。やはり私のにらんだ通り"メシウマ"には無限の伸びしろがございましたね。まさかさっそくマグリニカ四天王がひとり、マチメさんまでをも連れ帰ってきてしまうとは」


「えっ……この子も四天王だったのか」


それは初耳だったな。

まあだけど納得はできる。

ミルガルドもマチメのことを知っていたみたいだし、ダボゼに明らかに無茶な討伐依頼をけしかけられたことといい……

ひとえにその強さゆえ、というわけか。


そんなマチメはしかし、内に秘めているのだろうその強さを表にはおくびも出さず、むしろ、


「……皆さんの気遣いに痛いほどの感謝の念を覚えている。だがしかし、このようなズルをしてしまうのは、私には……」


手錠のかけられた自らの手首を見ながら辛そうに俯いている。

真面目で、頑なまでの実直さが仇となっているようだ。

オウエルはそんなマチメを見て困ったような顔を……しなかった。


「まあ、予想通りですね。マチメさんは"真面目"、"堅実"、"誠実さ"を体現している方ですから。対策は考えていますとも」


かと思えば俺に近づいて、その顔を近づけてコソコソっと耳打ちをしてくる。


…………え?


「俺は"あのソース"を作るだけでいいのか?」


「はい。よろしくお願いいたします」


それからオウエルはマチメに向き直って、


「マチメさん、いったん軽食でもいかがでしょう? 決断はお腹を満たしてからでも遅くはありませんよ」


「いや、しかし私は……ちょっ!?」


反論を許さず、オウエルはマチメに繋がれる手錠を引っ張る。

向かう先は俺たちの借してもらっている宿屋の一室。

ウサチもその後へとついていく。


さて、と。

俺は食材の調達をしなければ。

俺がオウエルから任されたのはとある簡単な調理。

それがこの事態をどう解決するのかは分からないが……。


「まあ、舌を巻くくらいに美味いものを作ってやるとするか」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る