第16話 ドラゴンステーキ

「──ま、まさかすでにアーマード・ドラゴンが討伐されているなんて……ウサチ、これは君がやったのかっ?」


マチネからの問いを、ウサチは首をフルフルと振って俺を指さした。

はい、そうです。

俺がやりました。


「あなたが……? すまないがお名前をうかがってもいいだろうか?」


「ムギ・ウォークマンだ。とはいっても名前を聞いても分からないと思う。ずいぶん前に引退していたからな」


「そ、そうだったのか。最近ご復帰なされたのだな? であればこれまで聞き及ばなかったのも頷ける」


マチネはそう言って納得げに頷いた。

詳しく捕捉するなら俺は冒険者として復帰したつもりはないんだけどな。

あくまで料理ギルドのギルド長になっただけで……

とはいえ、そんなことここで話してもややこしくなるだけだろう。

ゆえにお口チャック。


「感謝する、ムギ殿。あなたのおかげで無茶な討伐依頼をこなさずに済んだ」


「気にしないでくれ。俺たちも俺たちの都合があってやったことだから」


「うん……とはいえやはり気にはなってしまうな。アーマード・ドラゴンほどの強敵はあなたはいったいどうやって──」


マチネはそう追及しかけて、しかし。


「ぐぎゅるるるぅ~」


再び大きくその腹を鳴らした。


「あ、あわわわわ……!」


「腹……減ってるんだよな?」


「ちっ、違っ!」


「いや絶対腹空かせてるだろう」


「~~~! くっ、修行が足りないばかりに、恥ずかしい限りだ……!」


マチネは真っ赤な顔を苦悶にゆがめつつ、


「実はマグリニカ本部から出てここに来るまでほとんど何も食べていなくてな。ギルドを出てくる際、心ここに在らずの状態だったのが悪かったんだろう。携帯食の補充を忘れていたんだ」


「おいおい、じゃあ少なくとも2、3日は何も喰ってないってことじゃないかっ?」


それはマズい。

マチネは見た目的にまだ10代後半といったところだろう。

そんな成長期の少女が満足にご飯を食べていないなんて、今後の健康に差し障ってしまう!


「マチメに何か喰わせてやらんと……よしっ、もう"ドラゴンステーキ"をここで料理っちまおう」


「ドラゴンステーキっ!? さすがにそこまでのご厚意は私には受け止め切れないぞ! 私にも矜持はある。ドラゴン討伐をしていただいたあげく、さらにそのドラゴン素材を食材として振る舞ってもらうなんて厚かましいマネはしかねるっ」


「矜持? そりゃ君の勝手だが、腹を空かせてるヤツがいるならまず喰わせるっていうのが俺の主義だ。俺も勝手に作らせてもらう」


「……!」


マチメとそんなやり取りをしていると、グイっ。

下から俺の袖が引っ張られる。

ウサチだ。


「なあムギっ、それ私も食べていいヤツかっ?」


ウサチがじゅるりと口元からキラキラと溢れんばかりのヨダレを垂らしそうになっていた。

まあ、当然食いしん坊のコイツも黙っちゃいないか……。

俺はグッドサインを返す。


「今日くらいいいだろ。夜食を許す」


「ピスピスっ!!!」


ピョンピョンとウサチは歓喜に跳び上がると、滅茶苦茶デカい10キロブロック肉を馬車の荷台に被せていた布の下から取ってくる。


「これ、私の分っ」


夜食のサイズではないなぁ?

俺はそれを"ナイフ拳"で1キロサイズにスライス。

せいぜいこの一切れで抑えておくべきだろう。

いや、それでも多過ぎる量だと思うのだが。


「あっ、やっべ。鉄板無くね?」


そこまできて俺は大事なことを失念していたことに気付いた。

作りたいのはステーキなのに、焼く場所がない。


どうしよう?

竜の鱗を"肉叩き棒拳"で平たく伸ばし、簡易的な鉄板代わりとするか?

でも時間がかかるよなぁ……。


「もし、ムギ殿。僭越ながら意見具申をしてもよろしいだろうか」


マチメが真面目に挙手をして俺の許可を待っていた。

はいどうぞ、マチメさん。

教師のごとく発言を促してみる。


「私の持つこの盾はミスリル製だ。どうか鉄板代わりに使っていただきたい」


「え? いいのか? 盾は見るからに君の大事な商売道具……メイン装備だろ?」


「構わない。むしろ他にも私にできることがあれば何でも申し付けてほしい」


マチメは真摯な表情で俺の目をまっすぐに見ると、


「……先ほど私は虚勢を張ってしまっていた。ご馳走になりたいと直接伝えるのはあまりに品が無いのではないか、と。本当は直接この手を伸ばしたいくらい腹を空かせていたのに。申し訳なかっ……」


「いい」


頭を下げようとしたマチメを止める。

そんなことにカロリーを使う必要なんて1つもない。

腹を空かせてるヤツに飯を喰わす、それはコックである俺にとっての絶対的使命であり、頭を下げられることなんかじゃないんだ。


「それより盾を使わせてもらえるならありがたい。水を使って綺麗にして、火にかけておいてもらってもいいか?」


「……ああっ! 任せておいてくれ!」


マチメはすぐに布に水を浸してミスリル盾を磨くと火にかけてくれた。

熱せられたミスリル盾に1枚1枚、ドラゴンステーキを載せる。

途端、

──ジュワッ!

脂の焼ける音が夜の岩石地帯へ染みるように響く。


艶やかなミスリル盾の表面に透明な脂がにじみ出る。

1分ほどでひっくり返す。

中まで火は通り切っていない、レアの状態だ。

しかしそれでいい。


ドラゴン肉に寄生虫はいない。

ドラゴンは基礎体温が40~50℃と高く、寄生虫が棲み付ける環境にないのだ。

ゆえに俺たち人間にとっては生食のできる貴重な肉でもある。


「あとは塩と胡椒を適量振りかけて……"ドラゴンステーキ"の完成だ」


残念ながら人数分のナイフとフォークはなかったので、俺はみんなに2つに割った硬い平パンを配る。

これで肉を挟むように持って喰ってもらえたらいい。

肉汁でフヤけた平パンも美味しく喰えるだろう。


「いただきますっ」


さっそくウサチが両手に持った平パンで挟んだ肉へとかぶりつく。

ブリンっ!

肉の断片はひと噛みで食い千切られるとその口内へと消え咀嚼される。


美味ウミゃぁぁぁあっ!」


またウサチが子ネコのごとく鳴いた。

星でも散りばめたかのように目が輝いている。


馬車の御者をしてくれた2人も頬をほころばせて肉へとかぶりついていた。

そしてマチメも、


「いただきます」


ナイフとフォークがあるわけでもないのに、マチメはどこか品さえ感じさせる所作で肉を持ち口へと運ぶ。

そして、


「……嗚呼っ、美味しい……!」


マチメの頬に薄いピンクが差す。

……よかった。血色が戻ったか。

ずっとやつれた顔をしていたから心配だったんだ。


美味しそうに肉へと喰らい付くみんなの姿を見つつ、俺もひと口。


「おおっ……」


昔俺はソロで狩ってひとりで食べた切りだったけど、こんなに美味かったか?

いつになく旨みが舌に染み込むようだ。

このドラゴンがよほど良いモノを喰って生きてきていたのだろうか。

……いや、あるいは。


「良い光景じゃないか」


みんなでこうして笑顔で喰っているからかもしれないな。

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