第15話 出会い
「少し離れてな、ウサチ」
俺はウサチを後方へとさがらせると、眠りを妨げられたことに憤怒した様子のアーマード・ドラゴンを見上げた。
しかしずいぶんと久しぶりだな、コイツの相手は。
油断はしない。
魔力を体の内側で練り上げていく。
指を曲げて手の平で浅いお椀型を作り、"料理拳"の内もっとも滑らかな"スプーン拳"を形成した。
「さて、まずは地面に伏せてもらおうか」
ドラゴンが前腕を突き出しその手を広げ俺を捕まえようとしてきた。
俺は"くの字"に折り曲げた手の甲と手首……
つまりは"スプーン裏拳"でドラゴンのその前腕へと優しく触れる。
すると腕の向かう先は俺から逸れ、なにもない空を掴んだ。
勢いをいなされバランスを崩したドラゴンは派手に転びそうになる。
俺はそのまま地面を蹴り出して前方に駆け出し、
「"
そのままスプーン拳で狙ったのはバランスを崩したアーマード・ドラゴンの下半身。
さすがの体重差だ、掬い上げることはできない。
でも、
「倒れかけの大木の地表に出た根を蹴り上げるようなもんだ」
俺のスプーン拳はドラゴンの、すでに地面から離れた方の脚をさらに上へと持ち上げさせた。
グルン。
ドラゴンは体を半回転させ、仰向けに地面に叩きつけられる。
それと同時にちょうどいい具合に顔がこっちを向いた。
ドラゴンは何が起こったか分からないと混乱するように仰向けのまま動かない。
よしよし、チャンスだ。
俺は右手を大きく後ろに引くとその拳・肘・肩、3つの力点に魔力を集中させる。
……これで終わりだ。
「命に感謝。美味しくいただく」
ドラゴンのその眉間に叩き込むのは、俺が編み出した料理拳の中でも至極の1つ──"奥義・
鉄の杭が岩盤に打ち付けられるがごとき音と衝撃が辺りに波打つが、アーマード・ドラゴンに外傷はない。
しかし、ドラゴンは白目を剥いたかと思うとそれきり動かなくなった。
「ムギ……!」
ウサチがピョンピョンと飛び跳ねて隣に来て俺の服の袖を掴んだ。
「ムギ、すごい……私の時はビクともしなかったのに……」
「言ったろ? 殴る場所が違うって。狙うべきは一番脳に近く、衝撃の行きやすい目と目の間の眉間なんだ」
解説しつつ、俺は都合よく仰向けになってくれたドラゴンの上へと登り、
「心臓から放血させる。首からは硬すぎて出来ないから手間がかかるのが難点だな。ウサチ、血が苦手だったら離れてな」
「ん、大丈夫。私も手伝うっ」
俺たちはそれからドラゴンの簡単な血抜きをし、ウロコを剥ぎ、肉を切り分け……
気付けばあたりはすっかり夕暮れ。
「仕方ない、今日は野営かな」
手ごろな場所を探すべく、俺たちは詰めるだけの肉 (と討伐証明のドラゴンの頭)を馬車に載せると帰路へと着いた。
* * *
野営の準備が終わり軽食も食べ、すっかり辺りが暗くなった頃。
スゥ……っと。
岩石地帯の遠くの暗闇に火の玉が飛ぶのが見えた。
「……野盗じゃないだろうな」
火の玉だから幽霊? とはならない。
一番に警戒しなくてはならないのは山賊・野盗の類だからだ。
確実にこちらの命を狙って来るだろう人間ほど恐いものはこの世に無い。
俺とウサチ、それに御者2名は焚火を囲みつつ、いつでも動けるようにそれを観察していた。
それはだんだんとこちらに近づいてきて、その姿が明らかになっていく。
「女の子、か?」
歩いているのは肩口で綺麗に切り揃えられた黒髪の少女だった。
火の玉に見えたのはランタンの灯りのようだ。
どうやらその少女はこんな真っ暗闇で、独りその灯りだけを頼りにこの岩石地帯を歩いていたらしい。
「もし。少しよろしいだろうか」
その少女は焚火の明かりに目を細めながら、俺たちに話しかけてきて──
「ぐぎゅるるるぅ~」
──盛大にその腹を鳴らした。
「~~~!!!///」
「腹が……減ってるのか?」
「ちっ、違っ!」
俺が問うと少女は顔を真っ赤にして否定しようとしたが、しかしその間にも腹は鳴り続けていた。
そんな彼女を見て、
「……マチメ?」
俺の隣でウサチがボソっと呟いた。
かと思えば、その声に反応した少女はハッとしたように目を見開く。
「ウサチ……ウサチじゃないかっ」
「ん」
コクリとウサチは頷いた。
なんだ?
もしかして知り合いなのだろうか。
「マチメは"マグリニカ"の冒険者」
ウサチのその説明に俺と、それに御者をしてくれていた冒険者たちは一斉に反応してしまう。
なにせ今は西の町のギルドとマグリニカはほとんど敵対しているようなものなのだから。
「いや、ウサチ。実は私はマグリニカを辞めることにしたんだ」
マチメは軽くそう言って笑いつつ、
「まあまだ最後の仕事が残っているんだがな」
「ふーん……仕事って?」
「この辺りに居るという"アーマード・ドラゴン"の討伐だ」
「ふーん……、んー……?」
「無茶な仕事だとは重々承知だがな、私も突然辞めるなどという無理なことを言っている。ならばやらざるを得ない……」
マチメの表情は重たく、辛そうだった。
ウサチはそんな彼女に対して頷きかけて首を傾げると、
「ドラゴンって、アレ?」
俺たちの後ろに置いてある馬車を指さした。
積み重なる肉の上にズゥーンと存在感のあるアーマード・ドラゴンの首から上が載せてある。
「…………えぇっ?」
一瞬の沈黙のあと、上がったのは素っ頓狂なマチメの声だった。
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