第13話 マグリニカ脱退者2人目
「ダボゼ様、今月の利益率ですが、ウサチ様の担当する予定だった討伐依頼が軒並みキャンセルとなったため、前月度から大きくマイナスが見込まれるかと……」
「チッ」
ギルド"マグリニカ"の本部、その広い執務室でダボゼは不機嫌さを隠さない。
その目の前には秘書代行の初老の男が3人、オロオロとした様子で書類を手に持ち立っている。
前任秘書のオウエルが辞めてから、数日。
早くもダボゼの業務に支障が出ていたため急きょ1人雇ったが……
思っていた以上に仕事が回らず、追加で2人雇ったのだ。
人件費は大幅マイナスだ。
「クソがッ……!」
オウエルは間違いなく優秀な秘書だったのだ。
その事実がさらに腹立たしさを助長している。
「次の報告をしろ」
椅子のひじ掛けに苛々ともたれかかり、不機嫌を露わにするダボゼに秘書たちは息を飲みつつ、
「つ、次は西の町のギルドについてのご報告です。こちらには次々にハラスメントを仕掛けているのですが……」
「まだ落ちんのか。ミルガルドめ。往生際の悪いヤツだ……だが、それについてはまあいい」
ダボゼはそこにきて口角を少し上げニヤリとすると、
「このままドラゴンが討伐されないままであれば、国の許可を得て正式に我々マグリニカが対処に乗り出せるように根回しは済ませてある。そうなればミルガルドへの信頼はガタ落ち、担当区域の剥奪も充分にあり得るだろうよ……!」
そう言ってほくそ笑んでいた、その時だった。
「──失礼、ギルド長はいらっしゃるか」
唐突に執務室のドアをノックして聞こえてきたのは若い女の声だった。
「チッ……マチメか。いったい何の用だ?」
「ギルド長に至急の用件があり、お時間をいただきたい」
「……ハァ」
ダボゼは大きなため息を吐く。
ドアの向こう側に立っている女は"マチメ・タンカー"。
マグリニカ内で"最堅"を誇るタンク職の冒険者であり、マグリニカ三天王のひとりでもある。
だが、ダボゼにとってマチメは面倒な相手だった。
「入れ」
「聞いてもらえるのだな。感謝する」
ドアを開けて現れたマチメは、入室後に礼儀正しくも一礼。
肩口で切り揃えられた黒髪を揺らした。
その背中には自分の体躯ほどの巨大な盾を背負っている。
マチメはタンク職ながら、その巨大な盾で1人でワイバーンやオーガなどを殴殺することのできる稀有で強力な冒険者だった。
「で、マチメ。まさかお前も『マグリニカを辞める』なんて言い出すんじゃないだろうな?」
ダボゼの言葉に、マチメは目を見開いた。
「なぜ分かった?」
「クソ真面目なお前のことだ。俺のやり方に辟易していたのは知っている」
ダボゼは苛々を肺から絞り出すように大きく息を吐くと天井を仰いだ。
その真っ直ぐな目を直接見たくなんてない。
このギルドきっての誠実さを持つ性格のマチメを相手にするのは、ダボゼにとってストレス負荷の高い面倒な仕事だった。
「ああ、その通りだ。いち冒険者の身でギルド運営に言及するのは大変恐縮なことだが、ギルド長の最近のやり方には特別に問題を感じている」
マチメはその元からのツリ目をさらにキツそうに吊り上げると、
「1年前から大半のギルド所属冒険者たちの待遇が悪化し、一部の冒険者とそれ以外での収入差が激しくなりつつある。それに加えて今回は食堂を大幅縮小しスタッフの解雇まで行ったとか……私はあなたのギルドにこれ以上在籍したくはない」
「そうか。まあお前ならいつかそう言って押しかけて来るのは分かっていたさ」
ダボゼは気に喰わなそうに鼻を鳴らしつつ、しかし、
「だが、あと1年は出て行けない。そうだろう?」
「……!」
押し黙るマチメへと、ダボゼは歪に口角を歪め笑った。
ダボゼにとってマチメの相手は面倒だ。
だが、それと"扱いやすさ"は別である。
「マチメ、お前にはすでに1年先まで討伐依頼の予定が埋まっているんだ。真面目で義理堅いお前にはそれを放り出して辞める選択などできはしない……違うか?」
「クッ……!」
唇を噛み締めるマチメを見て、ダボゼは「やはりな」と余裕の笑みを浮かべて椅子に背をもたれかけさせた。
これだからマチメは扱いやすくて助かる。
上下関係、礼儀作法、そして契約など。
マチメがそれら全てにまっすぐ筋を通さねば気が済まない性格をしているということはこの数年の付き合いでよく分かっていた。
……だったらマチメをこの先の1年使い潰している間に、代わりとなる主要冒険者を発掘すればいい。
マグリニカがこの先もっとギルドの規模を拡大していければ強力な冒険者の十や二十くらい簡単に手に入るのだから。
ダボゼはデスクの引き出しから取り出した葉巻を咥えつつ脳内でそんな未来図を描くが、しかし。
「……私はッ……やはり、すぐにでもマグリニカを辞めるッ……!」
「……なっ!?」
葛藤に口元をわななかせ、唇を噛み切り血を流し苦しそうにしながらも、しかしマチメはそう言い切っていた。
「お、おいマチメっ? 何を言っている? そんなお前らしくもないっ」
「私らしくないことは重々承知の上だ……だがッ」
「それは仕事を任されている社会人として正しい行為だと思うか? お前は他人の迷惑を考えられないのかっ!?」
「……すまない、しかし迷惑をかけてでも……それでも私は辞めざるを得ないんだ……ッ!」
その苦悩に膝を着きつつも、マチメは意見を変えなかった。
……おかしい。
マチメはどんな理不尽な要求でも、それが正式に決まった依頼や契約の類であるならば決して破れない性格のハズなのに。
「……いや、待てよ? マチメ、お前いま『辞めざるを得ない』と言ったか?」
それはつまり、本人の性格うんぬんに関わらず辞めなければならない理由があるということだ。
「マチメ、答えろっ! 辞めざるを得ない理由とはなんだっ!?」
「詳しくは……言えない。私の尊厳にかかわる問題だ。だが強いて言うならば……」
マチメは顔を赤らめながら、
「わ、私はこの前辞めたコックさんが居てくれないと"生きていけないカラダ"になってしまったから、だ」
「……はぁッ!?!?!?」
ダボゼの頭に血が上る。
この前辞めたコック、つまりはムギのことだろう。
……あの野郎っ。ウチの冒険者に手を出していたのかっ!?
「クソッ、お前ら、俺の知らないところで
「爛れた関係?」
マチメは不思議そうに首を傾げはしたがそのまま言葉を続け、
「とにかく、私は1年も待てん。早くあのコックさんの元へ行かねば……!」
「チッ……所詮はお前も女か! このアバズレが!」
これ以上マチメの言葉を聞いていられず、ダボゼは叫んだ。
「辞めたいなら辞めちまえ! ただし、ひとつ筋は通してもらうぜ……!」
「筋? それはいったい……」
「ギルド都合の解雇ではない以上、お前には今日から2週間分の仕事は果たしていってもらう。社会人として当然のことだ」
「そ、そうだな。それは確かに雇用契約上の冒険者の義務だ。それでは私はいったい何をすれば、」
「"アーマード・ドラゴン討伐"だ」
即答するダボゼに、マチメは目を見開く。
「ドラゴン討伐……パーティーメンバーは?」
「居ない。マチメ、お前ひとりでやり切ってこい。なぁに2週間も殴り続けていれば倒せるだろ?」
「なっ!? 無茶だ! ドラゴンにダメージを通すほどの攻撃技など、タンク職の私には……」
「テメーが先に言い出した無茶だろうが、マチメッ! お前は1年先までの仕事を全部蹴って出て行くんだろ!? 自分は無茶を押し通しておいてオレの無茶は聞けないってかっ!?」
「う……」
「理解したらとっとと失せろ。ドラゴン討伐を果たすまでお前の退職は受け入れんからな」
「……分かった」
マチメは顔を俯かせつつ、悲壮な覚悟を固めたように執務室を後にした。
「ダ、ダボゼ様、よろしいので?」
ダボゼの秘書のひとりが恐縮しつつ、
「アーマード・ドラゴン討伐の担当ギルドは未だ"アラキス"のままです。マグリニカの冒険者に討伐に行かせては悪評が……」
「バカめ。マチメのヤツに討伐ができるもんかよ。返り討ちに遭って当然……それでいい」
ダボゼは不機嫌そうに鼻を鳴らして応じる。
「俺の元から去る冒険者なんぞ野垂れ死んでしまえ。クソったれが!」
ダボゼは結局火を点けそびれた葉巻を腹立ちまぎれに床へと叩きつけた。
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