第10話 臓喰い

"臓喰いハラグイ"。

ソレは15年以上前に冒険者界隈を震撼させたソロ冒険者の二つ名だ。



「確か"臓喰い"って……生きたモンスターの"臓物ハラワタ"を抉り取って嬉々として貪り喰らい、血の滴る残酷な口元で笑みを浮かべながら『次ハオ前ダ』って指をさしてくるって伝説の……」


「それ嘘だから! 尾ひれ付きまくってるヤツだから!」



顔を青くして言うオウエルの言葉を全力で否定する。

だいたいそのイメージ通りの人物がいるとしたら、それはもはや冒険者じゃなくて殺人鬼じゃねーか。



「まあとにかく、ムギはそんな二つ名や伝説ができるほどの冒険者だったってワケだ。それに、ウワサの一部については本当のことだしな」


「おいやめろ」



それは俺にとっての黒歴史だ。

ミルガルドを止めようとするも、その懐かしげな語り口は止まらない。



「ムギはフラリと1カ月くらい姿を消したかと思ったら、この町の周辺の討伐依頼が出されてるモンスターを全部倒しちまって、その肉やモツを全部料理にして自分で喰ったり周辺の村の住民に振る舞ってたんだ。


 その後に討伐依頼を受けた他の冒険者たちが目の当たりにしたのは"可食部"を全て持っていかれたモンスターの死骸だけ……なんて事件に発展したっけなぁ」


「そうだったんですね……それが"臓喰い"の伝説のルーツですか……!」



オウエルは至極マジメそうにメモを取り始めるけど、絶対にそんな情報今後役に立たないぞ?

しかし、昔の自分がしでかしたこととはいえ……

いま聞くと恥ずかし過ぎるな。



「本当に先輩には世話になったよ……」


「お世話に?」



オウエルは少し疑問気に首を傾げたがすぐにハッと気づいたように、



「あっ、討伐依頼の横取りはご法度ですから……」


「そういうこと。若気の至りというヤツでな」



冒険者ギルドはどこでも同じだが、討伐依頼を受けた者にそのモンスターの優先討伐権が与えられる。

その権利を無視してモンスターを討伐し、あまつさえ素材も奪っていくというのは無法者のやることなわけだ。

当然、俺はそのルールを盛大に破ってしまっていた。



「悪意はなかったんだよ、ただ偶然珍しいモンスターに出会えたら味が気になっちまってな。ついつい次から次へと討伐をしてしまって……」


「で、ギルド追放されてたっけな。お前」


「ですね。その後に先輩のパーティーに拾ってもらって衣食住にありつけたというワケだ」



ミルガルドは当時で今の俺くらいの年齢で、俺のやってしまった所業を知った上で俺を受け入れてくれた。

それがなければ、俺は冒険者をとうに辞めてマグリニカに所属することも無かっただろう。

つまりミルガルドは俺にとっての恩人というわけだ。



「さてと。ムギ、そろそろ昔話は置いておいて用件を聞こうか。まさかまたギルドを追放されたなんて言うんじゃねぇだろうな?」


「まさしくその通りっすね」


「おいおい、マジでかよ」



呆れたように息を吐くミルガルドに俺はこれまでの経緯を説明する。

ひと通り俺の話を聞くとミルガルドは一転して、



「そりゃお前が正しいよ、ムギ。俺たちはギルドに繋がれてるわけじゃねぇ。人同士で繋がってんだ。それを無下にされてまで居座るこたぁねぇよ」



そう言ってガッチリと俺の肩を掴む。



「いいぜ、ムギんトコに俺のギルドにきた依頼を分けてやる。たまに市場に屋台を出店してほしいなんて依頼なんかも来るからな。そこでお前たちのギルド"メシウマ"の名前を売ればいいさ」


「ホントですかっ? 先輩、ありがとうございますっ!」



ミルガルドと固い握手を交わす。

やはり最初にこの町に来たのは正解だったみたいだ。


地道な作業になるかもしれないが、こうして徐々にギルドの名前と料理を広げていければ、いつか"メシウマ"を名指しで依頼してくれる人も出てくるだろう。


……なんて、考えていたところ、




「──チワーっす。ギルド長、今日は居るかい?」




ギルドの扉が開き、いかにも軽薄そうな男の声が響いた。


4人の男の集団……

装備からするに冒険者のパーティーだろう。

男たちは嫌な笑みを顔に貼り付けて、入り口から中を覗き込んできていた。

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