第3話 元冒険者の実力
オウエル・マルノウチャー。
そういう名前だったのか。
確か……親を亡くして食べるのに困っていた子供の彼女を、俺は食堂へと引っ張って連れて来たんだっけな。
風のウワサで、12、3歳の頃に都市部の高等教育学校の特待生になってこの町を出て行ったとは聞いていたが……
まさか戻ってきていたとは。
「そうか……元気だったんだな。よかったよ」
「はい。ムギ様の作ってくださったお料理の温かさに支えていただいたおかげです」
ニッコリと、オウエルが眩しい笑顔を向けてくる。
その笑顔は昔とまるで変わらない。
美味しい美味しいと言って俺の作る簡単な料理を頬張っていた子供の頃の彼女のままだった。
「これまでご挨拶に伺えず申し訳ありませんでした。ギルド経営陣の信用を得るために、気軽にムギ様に接触することができず……」
「え? 信用を得るためって……じゃあまさか君は……」
「ええ。ギルド加入後すぐにこの腐り切った内情を知った後の数カ月間は、今日という日をどのように上手く迎えるかについての権謀術数を巡らせておりました」
権謀術数を巡らせる秘書……恐ろしいな。
というかオイ、つまりは俺のクビを前提に数か月間も準備をしてたってことかよ。
……まあ、俺自身も1年も前から追放されるのではと薄々感じ取っていて何の行動しなかったわけだし、何を言える義理でもないのだが。
むしろ貰えるハズも無かったであろう俺の退職金までガッポリとブン取ってくれているわけだから、ただただ感謝だな。
「ありがとう、オウエル。君のおかげで助かったよ」
「……っ! いえ! これしきのこと、私がこれまで受けたご恩に比べれば些細なことですので!」
オウエルは照れたように謙遜してくる。
いや、全然些細なことではないと思うけど……
なんて俺が思っていると、
「何を勝手に話を進めてやがるッ!」
再び目の前のデスクを割る勢いで強く叩き、立ち上がったのはダボゼだ。
「それこそ立派な横領だぞ、オウエル……!」
「正式な業務として処理したことなので横領罪は成立しませんよ?」
「黙れッ! 数カ月このギルドで世話してやった恩を仇で返しやがって。ただで済むと思うなよ」
ダボゼが合図を出すと、これまでずっと突っ立っていただけの冒険者たちが剣を抜く。
「その書類と金を返せ。そうすれば少なくとも今この場で痛い目には遭わずに済むぜ……?」
「お、愚かなことを。私のツテを全て使えば、あなたの息のかからない都市部の警吏を動かすこともできるんですよっ?」
「フンっ、お前が被害を訴え出ることができればな。散々いたぶってやるとしたらどうだ? オウエルよ、これから自分が遭う被害を包み隠さず警吏に話せるのかぁ?」
「なっ……!」
冒険者たちがギラつく目でオウエルへの体に視線を走らせる。
なんつー下衆な。
俺はオウエルを背に庇いつつ、
「……はぁ」
思わずため息を吐く。
短絡的に過ぎる。
だいいちそういう力に訴える展開にしたらどうなるかなんてこと、俺より歳を食ってるダボゼなら分かりそうなもんだけどな。
「この流れは完全にお前らの"負け展開"だろうが」
魔力を込めた両手を、俺は鋭く前に突き出した。
冒険者は2人とも抜き身の剣を振るう間もなく俺の正面で床に這いつくばるようにして倒れる。
"人"を突いたのは久しぶりだ。
「なっ……何を、何をしやがった、ムギッ!?」
「何って、"フォーク拳"」
「……フォークケンっ!?」
分からんか。
分からんならいい。
わざわざ丁寧に種明かししてやる気はないからな。
しかしちょっと考えれば分かることだろうに。
そもそも俺がなんでこのマグリニカに創設時から居るのかを。
料理が上手いから?
いやいや、違うに決まってる。
創設し立てのギルドに料理人を招くヤツは居ないだろう。
俺が創設メンバーとしてこのギルドに居る理由は当然、創設者である俺の友人に俺の"実力"を認められたからだ。
俺は料理人に転向した"元冒険者"だ。
このギルドを成長させるため、創設メンバーの友人らと共に達成困難とされた討伐依頼などを進んでこなしてきたものだ。
だから当然、それなりの強さはあるさ。
「安心しろ。ソイツらは"
「ぐっ……!」
顔に血を上らせて赤黒くさせたダボゼに背を向ける。
さようならだ、マグリニカ。
10年間、本当に楽しかった。
「こ、このままで済むと思うなよ、ムギ……!」
後ろからダボゼが怒りに震えた声を響かせる。
「ウチの"四天王"が、必ずこの落とし前をつけるッ! 必ずだッ!」
四天王……?
この1年でそんな制度(?)ができてたのか。
知らなかったな。
……まあ、なんとかなるだろ。
ダボゼを残し、俺はあぜんとしているオウエルの手を引いて執務室を後にした。
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