第12話
「高見沢に会いに来たとかですか?」
わざわざ、尼崎からここに来る要件。私はそれぐらいのことしか思い浮かばなかった。
それに対して、彼は首を横に振る。
「今、高見沢姉さんはどうせ寝ているだろ」
「はい」
「そんな場所に僕が行ったら殺されるよ」
と彼は苦笑いをした。
確かにその通りである。高見沢は他人から睡眠を妨害されることを誰よりも嫌う。
「それじゃ、どうしてこんな時間にこんな場所に?」
「それはだね。とある人物から少し妙な噂を聞いてだな」
「噂ですか?」
「そうだ」
その噂というのは死にたがり少女というものである。
一部のSNSなどでは話題になっている。
神戸の深夜の国道。車を運転すると突然、目の前から少女が現れる。当然、運転手は驚いてブレーキーを踏む。そして周囲を見渡す。するとその少女の姿はどこかへ消えていた。
また、これは三宮から少し離れた場所ではあるが、とある廃病院にて。廃病院と言っても経営困難などでその病院は潰れたわけではない。新しい場所に病院を移転するため。そこの古い建物が残されて、廃病院のようになってしまった。ただそれだけである。
しかし人は不気味な建物には、どうしても曰くをつけたがる。その病院も例に漏れず曰くをつけられてしまった。
巷では夜、ここに幽霊が出ると噂が立っていた。
そしてその幽霊を見ようと、怖いもの好きの不良メンバー。
夜にその廃病院を徘徊していると。いた。階段を登っている少女の姿があった。
その少女の横顔しか見れなかった。しかし黄味悪いうすら笑みを浮かべて階段を登っていった。
流石の、彼らもその少女を追うことは出来なかった。
しばらくして。ドサリ。何かが落ちた音がした。
さっきの少女が飛び降りた。
急いで外へ出て、廃病院の中庭に向かう。するといた。さっきの少女は何が起きたのか分からないような、キョトンとした表情を浮かべていた。そうしてしばらくして走り出し、彼らの前から消えた。
このような幽霊のような少女が死にたがっている。そんな噂が巷で広がっているらしい。
そしてその少女の姿を見る前に、決まって白装束の集団がいる。との目撃表現がある。
その白装束の人たちの正体は。
「成人会と呼ばれる宗教団体らしい」
「成人会ですか」
「聞いたことあるかい?」
「いや」
名前だけは聞いたことあるかもしれない。街の至る所で信者募集。成人会というポスターを見たことがある。しかしその団体が一体どんな信仰を持っているのかなど知らない。
「僕も少し調べた。だけれどもそれが神道なのか、仏教なのか、禅宗なのか、はたまたキリスト教が元なのか。さっぱりだ。誰が神様なのか、どういった教えなのかも分からない」
「そうなんですか」
「そう。だけれども少なくとも、その少女の周りに成人会がいることから、関わりがある可能性は高い」
「成人会……」
「うん。それともう一つ。その少女の正体。どうしてしにたがるのか。この謎を解決しないといけない」
「それは、その人が女性だからですか? 悩みを聞いておとそうとしているのですか?」
などという冗談を言ってみる。
「それもある。だけれども、さっきも言ったがこれは依頼だ。とある人から依頼されたのさ」
「そのとある人って」
「僕よりも年下で、とても怖い人さ」
「怖い人?」
「あぁ。あっ、でも誤解しないで欲しい。闇の組織とかそういう怖さではない。何というか。その人。千里眼を持っているのさ」
「千里眼ですか」
「そう。何でもお見通みたいな。そんな感じさ」
「そうなんですか」
それにしてもやはり珍しい。この男は事件を解決したことない。はっきりといえば、頼りない人である。そんな人にわざわざ依頼するなどとは。
「それでどうして、ここら辺を探索しているのですか?」
「そんなの決まっているだろ。ここら辺で出る可能性が高いからさ」
「出る可能性が高い」
「なぜ、それが分かるのです?」
「一部の目撃証言があったからだ。白装束を着た人がうろうろしていると」
「それって」
「恐らく成人会の奴らだろうね」
そうして私たちはゆっくりと歩いた。とても人がいる気配などないぐらい静かである。
「だからここら辺にその少女は絶対にいる」
そして私は迷った。このまま有馬探偵と同行していいものであろうか。
彼と一緒に同行する。つまりそれはこの事件に巻き込まれるということを指している。
更に。有馬探偵が言っている謎の少女。その正体は十中八九、茅野澪奈のことである。
茅野澪奈ともし出会ってしまったら。恐らく碌なことにはならない。だから会いたくない。
ここで、「そうなんだ。それじゃ、頑張ってね」そう言えば。私の物語はそこで終わる。全てが解決する。しかしそれを言えない。つまり。心のどこかでは茅野に会いたい。そう思っていることか。
そして、出来ることであれば。もう一度。あの頃のように、甘い世界を過ごしたい。
しかし、30分ほど歩いても、私たちは誰ともすれ違うことがなかった。
それに対してホッとした自分がいた。残念だと思う自分もいた。
何だ。茅野はこの街にいなかったのか。
もし、ここで会ってしまったら。
私は一体どうしていたのだろうか。
と、その時だった。
有馬探偵が足を止めた。
「いる」
と彼は言う。
「はぁ、何がいるのですか」
「分からない。だけれどもこの先。きっと誰かがいる」
出た。有馬探偵の第七感である。
彼は幼い頃から、好奇心のあまり心霊スポットへよく行っていた。血などのそう言ったものには耐性がないくせに、このような不気味な場所に関しては耐性があるのは随分と不思議なものだと思う。
そうしてそのような心霊スポットによく行った結果。彼は第七感を誰よりも敏感に感じ取る能力を身につけてしまった。視覚、嗅覚、聴覚ではない。それを優越した感覚。気配と直感。何となく何かがあるという感じ。有馬探偵は人よりも敏感にそれが分かるらしい。
「女性だ。恐らく身長は150センチ。小柄。あっでも成人はしているね」
さらに有馬探偵はその気配の細かな部分まで把握が出来るらしい。これは決して出鱈目なものではない。高見沢のあの占いの館で遊びに来た時も、有馬探偵は
「ふむ。今日は珍しくお客さんだ。高見沢姉さん。そうだね。年齢は40代、細めの女性だね」
と言う。そうして実際に扉を開けると、本当にその通りの人物が立っていた。
高見沢曰く
「これは決して千里眼のようなものではない。例えば蟻などは眼が見えない。だからフェルモンなどで獲物の形などを把握していくんだが。有馬探偵はそれに近いかもしれない」
と言うことらしい。
だから有馬探偵の「誰かいる」という言葉はそこら辺の魚群探知機よりも遥かに信憑性がある。
「ふむ。中々の美人だ。その人は」
ただ、彼女の美人という言葉は信用が出来ない。極端な話、女、女子、女性、婦女子、淑女、貞女、毒婦、大女。下手をすれば、人間の女性のみならず、雌や牝。雌花にだって美人だとそう言ってしまうぐらい有馬探偵の女性に関するストライクゾーンというのは広い。
「恐らく福島君の好みではないか。そんな気がする」
「有馬探偵は僕の好みとか分かるのですか?」
「高見沢姉さんみたいな人じゃないのか」
と言われる。その瞬間、戸惑った。
高見沢は可愛い。どんなに女性に目を肥えた人だってあの人を不細工だとかそんな風には言わないだろう。またあの化粧っ気のない天然な感じは確かに私の好みそのものである。逆に化粧をしている女性は、私はあまり得意ではない。
だから有馬探偵のその推理は正しい。間違っていない。
だけれども不思議なことに私は高見沢に恋愛感情というものを抱いたことはなかった。好きになったことなどなかった。
「もし、高見沢姉さんのこと。好きじゃなかったら貰っちゃうぜ」
「そんなことを高見沢が聞いたら『私は誰のものでもない』と怒ると思うよ」
「ハハハ。そうだな。きっと怒るに違いない」
とはいえ。もし、この人が本気を出してしまったら私の立場は果たしてどうなってしまうだろか。いや、本気を出してもきっと高見沢は有馬探偵に振り向いたりなどしない。でも万が一、万が一振り向いてしまったら……
その時。果たして私は平常でいられるだろうか。取り乱したりしないだろうか。いや、取り乱すとは何か。私が好きな人は……好きだった人は……
「おや?」
と有馬探偵は間抜けな声を出した。
「どうしたのですか?」
「いや、何だろうな。その女の姿……赤い服を着ている」
「それじゃ、その女の人ってもしかして」
「うん。噂の幽霊の可能性。高いな」
この先の曲がったところにいる。そう有馬探偵は吐き捨てて走った。私もその後をついていく。その瞬間。私も感じた。どこか懐かしい匂いを。
この甘い匂い。どこかで……
深夜の三宮。鉄道の機能が全て停止しているこの場所にそんな女性がいるのであろうか。
「いたぞ!」
そして有馬探偵はそういう。私も追いついた。
角の曲がったところに、いた。赤い服の女性が。その女性はこちらを見ている。
目は半開き。体は枝のように細く、ゆらゆらとビルとビルの隙間風に合わせるかのように揺れている。肌は白く、パッとみれば幽霊である。しかし手や足はちゃんとあることから生身の人間であることが分かる。
さらにその少女。不気味でありながら妖艶な雰囲気を醸し出している。
私の心臓の鼓動が早くなる。決して怖いからではない。また決してその少女のことが特別タイプだからではない。いや、タイプだけれども。
ただ、その少女の姿を見て私は驚いたのだ。
そして後悔をする。混沌と忽と儵が出会ってしまった。
出会わない方がいいことだってきっとある。それが今の状況だ。
目の前にいた少女。それは茅野澪奈であった。
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