第11話
「そっか。それはよかった。それじゃお休み」
そうして再び高見沢は机に伏して眠りについた。
目、覚める。どうやら転寝をしていたようだ。
壁の上にまで積まれた本。空中に舞う埃。まるで星みたい。
先ほどまで飲んでいたお酒の酔いが今になって回ってきたのか。世界がグルグルと回っている。そんな気がする。
ふと、横を見る。未だ高見沢は寝ている。起きる気配などない。
今は深夜2時くらいであろうか。あの頃の夢を見ていた。
座敷童。そう自称する少女。あの人は本当に座敷童だったのだろか。
このような妖怪というのは事象が発生して初めてそのような名前が与えられる。ただ、畳の上でちょこんと座って、正座をしている童がいたとして。それはただの童である。そこに幸福を与える、不幸を与えるという要素が発生して座敷童に変化する。
そもそも妖怪というのは不可解な現象を説明するために与えられた言葉でもある。例えば夜、家が鳴る。その現象が実は自分の耳鳴りでしたなど原因がはっきりした場合は妖怪に名前がつくことはない。しかしその原因が分からない場合。その場合に初めて家鳴りという妖怪が存在として出てくることになる。つまりは妖怪は概念であり、存在であり、言葉である。
つまり自称座敷童と言うその少女。周りもそのように同調してしまうと、本当に少女は座敷童として生きていくことになる。
茅野は妖怪なのか。人間なのか。神のみぞ知る難問。
窓の外。煌々と輝いている。こんなにも明るければ、夜に電柱の光など要らない。
蛹から成虫に変わる蝶のように、この狭い部屋から飛び出してみたくなった。
椅子から立ち上がる。その時、ギーっと言う音が部屋中に鳴り響く。それでも高見沢は起きる気配などない。
そして外に出る。この部屋は常時鍵は開いている状態。だから施錠などは何もしない。
夜の街。先ほどまで輝いていた月の光はどこかに行ってしまっていた。いや、違う。ちゃんと天の上。まばらに輝く天のお星様とは格が違うんだぞ。そう言わんばかりに、一番目立つぐらいに輝いている。
だけれどもそれよりも街灯、ビルの光、自動車の照明。それらが月の主張を遮る。
こんな深夜でもこれほどにまで明るいんだ。
まるで心臓だ。寝ている間も、起きている間も絶えず働いている街。心臓は止まったら人は死に絶える。街の明かりは消えてしまったら。それも同じように死に絶えてしまうのだろうか。
「おう。こんな夜に誰や、誰や。怪しい人ありけりと思うたら、福島君ではないか」
と夜に明るい声が響く。
振り返ると、そこには中性的な男性が立っていた。髪は茶色で肩まで伸ばしている。眉毛はクルリと巻いている。遠目から見たらその人は女性にも見える。
「相変わらず、人1人殺してそうな薄暗い不気味な顔をしているな」
さらに声も男性にしては少々高め。両耳にはイヤリングをしている。
「有馬探偵」
「そうよ。我の名前は有馬探偵。金田一耕助の血縁者さ」
金田一耕助の血縁者。当然、自称である。そもそも金田一耕助など架空の人物だし。
有馬探偵。本名は有馬吉作。
高見沢と同じ大学に通っていたという。高見沢に有馬探偵との関係を聞いた時。
「僕と三宮との関係みたいなものさ。それは。つまり僕は三宮に住んでいる。だから決して三宮と僕と言うのは無関係ではない。だけれども関係性はと聞かれるとそんな深い関係などない。ただ三宮がそこにあるから関係をしてしまっているだけで。こちら本意の関係ではない。僕が灘の方に住んでいたら三宮との関係などないものなんだし。偶々何か三宮という場所があったら関係してしまった。有馬探偵とはそのような関係さ」
つまりは、偶々大学が一緒だっただけで、そんな深い関係ではない。そう言いたいのだろう。それに対して有馬探偵は高見沢との関係について
「川釣りをしていたら、マグロに出会えた。そんな奇跡だよ」
と。そう言っていた。
彼は高見沢という人物を尊敬している。そのせいか、有馬探偵は常に高見沢の周囲を付き纏っていて、その影響で私と知り合いになった。
その有馬探偵の現在の職業は探偵。ただし、殺人事件や暴行事件の依頼は受けない。何故なら彼は血などそういったものを見るのが苦手であるから。離婚事件や失踪事件なども取り扱わない。その手の法律に関しては面倒臭いから。
それでは彼はどんな事件を取り扱っているのか。深夜に変な女性の声が聞こえる。とか予言獣がが現れるだとか。そう言った妖怪類のものである。つまりオカルト専門の探偵である。
「グロは無理で妖怪は大丈夫なの」
と聞いたことがある。すると怪訝な目をして
「どうして君は妖怪とただのグロを一緒にするんだい。この二つは別物ではないか」
と言う。グロというのは言い換えれば凄惨だとか悲惨という言葉に言い換えることができる。それに対して妖怪というのは、実際起こった言葉では言い換えれない現象のことを指す。つまりはこの二つはイコールでは結びつくことがない。これが有馬探偵の主張である。
ともあれ、事件を何一つ解決しないこの探偵。いや違う。解決をする気ない探偵は、探偵業としての収入はほぼ皆無である。偶にオカルト雑誌からに文章を寄稿してお金をもらっているらしいが、そんなもの。生活する上では微々たる金だ。
だから結局彼は探偵業だけではなく、朝はアルバイトをしている。何のアルバイトをしているかは知らない。有馬探偵曰く、それは合法的な便利屋。ということではあったのだが。
ともあれ探偵業と言うのは周囲からしてみれば、ただの趣味の範疇である。
そんな有馬探偵がこんな夜中にいるとは。
彼の家は尼崎の方と聞いたけれども。と言うことは何か事件を探っているのだろうか。
「どうしてこんなところにいるのですか」
と取り敢えず聞いてみる。
「何だい。僕みたいな男がこんな場所にいてはダメなのか」
「いえ。そういうことではないのです。ただ、こんな深夜の飲み屋とか全てしまった街に何の用があるのかなと思いまして。あっ、もしかし!」
この男。元来酒などそういったものには興味がない。だから深夜の三宮どころか、夜の賑やかな三宮にも興味がないはずである。娯楽にだってこの男興味ない。物欲というものがなく、買い物をほとんどしない。
ただし、この男。大の女性好きである。それも、決してキャバ嬢のような女性が好きというわけではない。街を歩いている一般的な女性が大好きなのである。
有馬探偵は、心が強いのか、街ゆく人に平気で声をかける。要はナンパをする。しかし成功率が非常に低い。というか成功することはほぼ皆無である。
顔立ちはいいのだから、後は会話の内容。それさえキチンとしていれば、成功する確率というものはグッと上がるだろう。そう思う。しかし彼はそれが出来ない。彼が女性と話す時は妙に理屈っぽい。決して彼は女性と話なれていないというわけではない。
ただ彼の話す内容が世間一般の女性には到底理解できないものばかりなのである。
しかしこの男。高見沢とは話を合わせることが出来る。
そして有馬探偵は高見沢のことを好いている。
有馬探偵曰く
「あの可愛らしさであの口調と知性。これは堪らん。ぜひ有馬家の嫁にしたい」
と話している。それに対して高見沢は
「あんな奴。次僕の目の前に現れたらホウ酸のみたらし団子でも口に放っておけ」
と言っている。完全にゴキブリ扱いである。
他の女性からも同様に、ストーカーだとか、変態だとか、大学在学中に罵詈雑言を浴びせられていたらしい。しかしそれでも彼はめげ無い。
「まぁ、子供って親心が分からないものさ。それでもずっと愛を伝えていけばきっと振り返ってくれるさ」
とこれまたストーカー特有の意味不明な供述をしていた。
しかしその中性的な顔は世間一般で言う「美男子」の部類に入るだろう。だから彼は決して「非モテ」というわけではない。むしろ一部の界隈では彼を「イケメン」はたまた、「神」と崇める団体まであるそうだ。個人ではない。団体だ。
だからこの男。普通に生きていたらそれなりの彼女を作って、無難な生活を送れるはずなのに。どうもその普通を過ごすことが出来ないらしい。
みなが右に進むのであれば、彼は左に進む。みなが左に進むのであれば、彼は右に進む。所謂、高見沢式の人生の送り方をしている。
「いやだって、みんなと同じ流れの方向に進んだら人混みで疲れるじゃん」
と。いや、そうである。しかし私の場合。鮭がみんな上流へ向かおうとしているけれども、自分は波に逆らう力がなくしたがなく、川の流れのまま下流へ向かっているだけなのに。この男の場合は、体力があるのに敢えて逆らっているのだから困る。
ともあれ、彼は黙っていれば普通に彼女は出来る。事実、
「あんなハッカ油を顔面にかけてやりたいほどの男に恋文を送る女が複数いるのが驚きだ」
と高見沢は言っていた。今度はハエ扱いだ。
つまりは彼は大学時代に幾度なく恋文をもらっていたらしい。その事実を有馬探偵本人にも確認とったことがある。それに対して
「大丈夫だ。その恋文は無駄になどしていない。ちゃんと古紙回収に出している。だからあの拙い文章で書かれた思いも、来世は島崎藤村の初恋のような甘い切ない文章の書かれた紙に生まれ変われるさ」
と。折角人からもらった恋文に対して何と酷いことを。
ともあれ、彼は学生時代何度も恋文をもらっていたことは事実である。だから本当はとっくの昔に彼女は出来ていたはずである。しかし彼の我儘な性格のせいで告白されたと言う事実が無に帰している。
「そんな簡単に手に入るものを手に入れて何が楽しいんだ」
と言うのが彼の持論である。つまり彼は向こうから告白してくる人をつまらない人と評している。女好きであるのだけれども、だけれども普通の女には興味がない。これもまた彼が風変わりなところである。
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